第4話 再会
今度こそ天国へ行くんだわ、と思えるほど、
エレベーターは高く上っていった。
一体何階建てなんだろう、この建物。
いや、エレベーターのボタンは39階までなんだけど、
案内役の女性が押したボタンは、「39」のボタンの上にある、
カバーで隠された謎のボタンだった。
まさか本当に天国行きじゃあ・・・
ここへ来る前に豚骨ラーメンを食べとくんだったと後悔していると、
エレベータは音もなく止まった。
案内役の女性に促されてエレベーターを降り、
分厚い絨毯に足を取られそうになりながら歩く。
「この部屋になります」
女性は、金のドアノブが付いた木製の重々しい扉の前で立ち止まった。
どうやらV.I.Pルームらしい。
思わず背筋を伸ばして3回ノックをする。
すると中から「どうぞ」という声がした。
聞き覚えのある声だ。
この声は・・・
「やあ、来たね」
部屋に入ってきた私を、先ほどより優しげな声で重役風の男性は迎えた。
重役「風」ではなく本当に重役らしい。
差し出された大きな右手に比べると、私の手なんか子供の手みたいだ。
それにしてもこの部屋は凄い。
家具類は全て木製の一流品。
それがシャンデリアの光を浴びて、艶やかに輝いている。
ちょっと不似合いだけど最新のデスクトップが3台も完備されているのは、
さすがソフトフェアの会社、といったところか。
物珍しげにキョロキョロしていると、
ようやく部屋の中に重役さん以外の人間がいることに気が付いた。
一人はソファに腰を下ろしている優雅なマダム。
この部屋の雰囲気にはピッタリだけど、ここがジュークスという会社の中だと考えると、
なんか場違いな感じがする。
そしてもう一人は・・・
「ディカプリオ!」
私は思わず叫んだ。
そう!私を病院に運んでくれた500ドルのディカプリが机の脇に立っていたのだ!
幻かと思って目を擦ったけど、
ディカプリオは消えなかったし、狸にもならなかった。
こんなところで再会できるなんて・・・
運命としかいいようがない。
私は目をハートにしながら、
渋いスーツ姿のディカプリオを見つめた。
でも、ディカプリオは私を見ても眉一つ動かさない。
それに、なんだか冷たい目をしている。
前見た時は、腹痛で死にそうになっていたからはっきり覚えてないけど、
こんな目じゃなかった気がする。
もっと優しい目をしていた。
・・・本当に、あの時のディカプリオ?
そう思うと、なんだか別人みたいに見えてきた。
こんな目をした男の人が、見知らぬ人間を病院に運ぶとは思えない。
「ディカプリオ?なんのことだね?」
重役さんが首を傾げる。
「い、いえ!失礼しました!知り合いと似ていたもので・・・」
知り合いって言うか、ディカプリオだけどね。
幸い重役さんは気を悪くした様子もなく、私にソファを勧めてくれた。
遠慮なく、マダムの向かいに座らせてもらう。
「おい、お前も座れ」
重役さんはディカプリオ・・・いや、ディカプリオもどき(なんかよく分からなくなってきた)にそう声をかけたけど、ディカプリオもどきは「ここでいい」と言って動かなかった。
重役さんがため息をついて、マダムの横に腰を下ろす。
「私はルーク・コルテスだ。君はハルミ・サカガミだったね。
Ms.サカガミと呼べばいいかな?」
「いえ、ハルミで結構です」
ん?
ルーク・コルテス?
私は目の前の重役さんを改めて見た。
・・・どうして気付かなかったんだろう。
ニュースや新聞でしょっちゅう見る顔なのに。
「!!!ジュークスの社長さん!!!」
青くなる私とは対照的に、重役さんはニヤッと笑った。
「名前と顔だけで分かるなんてさすがだね、ハルミ」
「だって、テレビや新聞で・・・」
「私は経済関係のメディアにしか顔を出さない。
ゴシップばかり見ている若者は、私の名前も顔も知らないよ」
そうかもしれない。
ルーク・コルテスは自分を安売りするような人ではないから。
「日本の海光学園出身で、交換留学でアメリカに来て、現在はR大学の学生。
君は今日集まった女性の中ではずば抜けて優秀な経歴の持ち主だ」
「ありがとうございます」
私は素直にお礼を言った。
ここは謙遜が美とされる日本ではない。
ルーク・コルテスは、後の2人のことは敢えて紹介するつもりはないらしい。
「ではハルミ。フリートークと行こうか」と言うと、いきなり日米経済について話し始めた。
むむむ。
さすがはルーク・コルテス。
話の内容はもちろん、話術も素晴らしい。
生来負けず嫌いでプライドの高い私は、
知識を総動員してルーク・コルテスを迎え撃った。
「はあ!すっきりした!」
「便秘でも治りました?」
「バカ言わないで」
一応食べ物屋なんだから、遠慮すべき内容の会話だけど、
日本語だからいいだろう。
あ、でも、日本人客が結構多いな・・・
豚骨ラーメン屋だからかな。
私は油とチャーシューを追加したラーメンと、にんにくたっぷりの餃子を、
かわるがわる口へ入れた。
香ばしい油の香りが口全体に広がる。
ああ・・・幸せ・・・
「熱い物の後は、冷たい物よね。後でどっかでアイス食べようよ」
「・・・どんだけ食べるんですか」
意外に小食な湊君は、何にも追加してない普通のラーメンの汁をレンゲで飲んだ。
「リザさんが急用で帰っちゃったからって、代わりに俺を呼び出さないで下さいよ。
俺、結構忙しいんだから」
「だって、女の子一人でラーメン屋なんて入れないじゃない」
「春美さんなら入れると思いますけど」
「なんか言った?」
「いえ」
私は地獄耳なんだぞ。
アイスは奢らせよう。
「何も無理して今日ラーメン食べなくてもいいじゃないですか。
今度リザさんと一緒に来ればいいのに」
「今日はもう口もお腹もラーメンの気分になってたの!ラーメン以外はありえない!
それにもし明日死んだらどうするのよ!死んでも死に切れないわ!」
「全く、春美さんは・・・」
湊君が苦笑する。
湊君は海光時代から、私と比べ物にならないくらい頭が良かったけど、
アメリカに来てからはますます頑張っている。
今「結構忙しい」のも、高校卒業のための論文を書いているからだ。
だけど私が呼び出せば、文句を言いながらもこうやって必ず付き合ってくれる。
「姉には逆らえないわよねー」と私が言うといつも、
「妹の面倒見てるだけです」って反論されるけど。
「で、何がすっきりしたんですか?」
「それが聞いてよ!今日、例のオーディションへ行ったんだけど、
なんとルーク・コルテス自ら面接してくれたの!」
「え?ルーク・コルテスって、ジュークスの社長の?」
「そうなの!しかも経済討論までしてきちゃった。
久々に思いっきり頭をフル回転させて、すっきりしたわ」
湊君が箸を止め、目を輝かせる。
「ルーク・コルテスと討論!うわあ、いいなあ!俺もやってみたい!」
「でしょ!?面白かったわよ!」
普通の18歳と19歳の男女が喜ぶ話じゃない。
でも、湊君と私は所詮こういう男女なのだ。
まともな恋愛関係にならなかったのも、無理のないことかもしれない。
迷惑なことに私達は、その後2時間以上もラーメン屋に居座り、
ルーク・コルテスの話で盛り上がった。