第28話 元カノ
「えー!?じゃあ、湊さんも結婚しちゃうんですか!?」
家に帰ってユリアちゃんに、湊君のジュークス内定と結婚について話したら、
ユリアちゃんは心底ガッカリしたような声を出した。
「私の結婚は素直に喜んでくれたじゃない」
「そりゃそうですよ。でも湊さんはユリアの初恋の人なんです。
単なる憧れみたいなものですけど・・・結婚しちゃうのは、やっぱり寂しいな」
しょんぼりとするユリアちゃん。
男の子だと知らなければ、世の男性諸君は思わずぎゅっと抱き締めたくなるところだろう。
「でも、まだプロポーズした訳じゃないんですよね?」
「うん。まだよ」
「じゃあ、もし湊さんがその先輩に振られちゃったら、ユリアが湊さんと結婚します!」
無理じゃない?
「だって、せっかく借りた社宅が無駄になっちゃうじゃないですか!」
「無駄になる可能性があるなら、私も湊君に社宅を借りるように勧めたりしないわよ」
私が澄ましてそう言うと、
ユリアちゃんはますます落ち込んでしまった。
「あ、そっか・・・お姉様はその先輩とちょくちょく会ってるんですよね。
それで、その先輩も湊さんのことをまだ好きだって知ってるんですね?」
「そういうこと」
なんとなく癪に障るから、湊君には言ってないけどね。
「なんだ・・・じゃあもうプロポーズの返事は決まってますね。いいなあ、その人。
ユリアのファーストキスは絶対湊さんと、って思ってたのに、
実現できそうにありませんね」
「ああ、頼んだらしてくれるんじゃない、あの奇行師なら」
「奇行師?貴公子じゃなくて?」
いや、絶対貴公子じゃないだろ。
だけど私はふと、湊君にキスされたことを思い出して、
思わず赤面した。
「あー・・・お姉様、もしかして湊さんと・・・?」
ユリアちゃんが横目で私を睨む。
女の嫉妬は恐ろしい。
「知らないわよ!向こうから勝手にしてきたんだから!」
「・・・お姉様、その後マックスとキスしました?」
「してない。そもそもマックスとキスなんてしたこと、」
言い終わらないうちにソノ異変に気が付き、
私は、日本のように絨毯がひかれている床の上を、
座ったまま退いた。
でも、私が退いたのと同じ距離だけユリアちゃんが近づいてくる。
長いまつげの瞳を閉じ、唇をんーっと突き出しながら。
「や、やめ・・・」
むちゅっ
抵抗する間もなく、グロスがツヤツヤと輝くユリアちゃんの唇が、
私の唇に押し付けられた。
グロスがついちゃう!
「うふっ」
ながーいキスの後、
ユリアちゃんが満足気に私から離れる。
「うふっ、じゃないわよ!」
「これでユリアと湊さんは、間接キスをしましたー!」
「私を間接に使わないで!」
これだから最近の若い子は!
何考えてるのよ!
「直接湊君にやってって頼んでよ!」
「頼んだことあります」
「へ?」
「夜中に湊さんの部屋に押しかけて、『キスしてください!』ってベッドに押し倒したら、
首根っこ掴まれて部屋の外に放り出されました」
「・・・」
さては湊君。
それでユリアちゃんを私に押し付けたのね?
それにしても、湊君がユリアちゃんを猫のように部屋の外に放り出してる図って・・・
笑える。
「でも!これでユリアも湊さんとキスできました!」
「あっそ」
さっきの湊君のように万歳をするユリアちゃん。
勝手に解釈してちょうだい。
今頃湊君は悪寒を感じていることだろう。
・・・それにしても。
私は人差し指で自分の唇にちょっと触れた。
グロスの感触がする。
ユリアちゃんは性別は男だけど、
私の中では完全に女の子だ。
なんか、女の子にキスされた気分。
「気持ちいい、またしたい!」とは思わないけど、嫌な気分じゃない。
間接キスのためとは言え、ユリアちゃんも私を嫌いならキスしたりしないだろうから。
ふーん、同性からキスされるって、こういう気分なのね。
・・・ふーん。
「猪突猛進って日本語、知ってる?」
「ハルみたいな人のことでしょ?」
さすがマックス。
日本語も私のことも良く分かってる。
お馴染みのランチデートを終えてジュークスへ戻る途中、
私は猪突猛進娘らしく、猪突猛進することにした。
でも、漫画のようにスマートには行かない。
私はマックスに、かがんで、と言うように、
ちょいちょいっと指を曲げて見せた。
そしてマックスが「何?」と言う前に、
チュッと音を立ててマックスの唇にキスをする。
「お仕事、頑張ってね」
「あ・・・うん」
ゲイとか関係なく、アメリカ人はこんな事慣れてるだろうに、
それでもマックスは照れたようにはにかんだ。
「本当に猪突猛進だね、ハルは。
日本育ちの日本人はこういうことあんまりしないんでしょ?」
「アメリカ人みたいに、親しい人全てにする訳じゃないけど、
彼氏とか夫にはするわよ」
ほんと言うと、
口にキスするか頬にキスするか、一瞬悩んだ。
でもここは猪突猛進の名に恥じぬよう(?)、
口を選ばせて貰おう。
「マックス。先を急ぐ必要はないよ。私待ってる」
「・・・うん」
「でも、キスだけは私の愛情表現だと思って許して」
「うん。それはいいんだけど・・・」
マックスが身を起こして、左の方を向いた。
私もつられて同じ方を見る。
そこには、ランチから戻ってきたジュークスの社員らしき人たちがたくさん。
道端でのキスシーンなんて、珍しくも何ともないだろうけど、
その片方が自分の会社の専務となると、やはり気になるらしい。
いろんな色の目が興味津々に私達を見つめている。
あら、みなさん。
何か御用?
って、恥ずかしいし!
私は赤面し、マックスが苦笑する。
と、その野次馬の中から1人の女性が笑顔で私達の方へ歩いてきた。
「仲がよろしいことで」
「あ、クラウディアさん!」
ジュークスの人事部の美女、クラウディアさんである。
仕事絡みのこともあるので、私達の結婚式の手配をお願いしている。
「色々とありがとうございます」
「いいえ。専務、お日取りですが、3月22日に決まりそうです。よろしいでしょうか?」
「ああ。ありがとう。もう少し早いほうが良かったけど、仕方ないね。
それで進めてくれ」
「かしこまりました」
もう少し早いほうが良かった?
どうして?
私がそう思ってマックスを見ると、マックスは軽く頷いた。
「僕達の結婚式で、ミナトは彼女と再会してきっと寄りを戻すだろ?
3月中旬から4月までの間なら、
ミナトは高校を卒業してるし、まだ入社もしてないから時間もあると思って」
「・・・それで式をその頃にしたの?2人にゆっくりできる時間をあげるために?」
「ああ」
マックスがわざとらしく肩をすくめる。
「ミナトはハルの弟分だからね。ちょっとは恩を着せとかないと」
「・・・っぷ。なるほど。ありがとう、マックス」
「どうしてハルがお礼を言うの」
「湊君の姉貴分ですから」
「そうか。そうだね」
やっぱりマックスは優しいなあ。
ほんわか恋人モードに入っていると、
横から咳払いが聞こえた。
あ。クラウディアさんのこと、忘れてた。
「ところで専務。私もパーティに参加させて頂いてよろしいのでしょうか?」
「え?もちろんだよ。どうして?」
「いえ、昔の恋人に来られるのはお嫌かと思いまして」
なぬ?
一気にほんわか恋人モードが吹っ飛ぶ。
「サカガミ様、ご安心ください。専務はちゃんと女性経験がおありですから」
「・・・」
「ク、クラウディア、それは・・・」
口ごもるマックス。
もしや、サリーさんが言ってた、
昔マックスに強引に言い寄った女って・・・
「では、失礼致します」
クラウディアさんは私にウインクすると、
魅惑的な腰を振りながらビルの中へ入って行った。
「・・・マックス・・・」
「な、なに?」
「・・・マックスの・・・」
「うん?」
「バカー!!!!」
この後結婚式の日まで、
いや、結婚式の後も、
私は「ジュークスのビルの前で専務をバカ呼ばわりした女」として、
広く知れ渡ることになるのだった。
次回最終話です。