第25話 待ち伏せ
マックスが東京に「仕事半分、プライベート半分」で出張。
なんだろう、プライベートって。
私の親に会いに行ったのかな?
でもそれなら私に一言そう言うはずだ。
それに私の実家は東京じゃなくて静岡だし。
じゃあ、ただの東京観光だ。
うん、そうに決まってる。
私は自分を納得させて、
まだ正午になったばかりだというのにベッドに潜り込んだ。
いつもは隣の部屋にいるユリアちゃんも、今日は朝からいない。
湊君のアパートの住人全員で、クリスマスパーティがあるそうなのだ。
ユリアちゃんは私も誘ってくれたけど、
「あ。イブなんてマックスとデートに決まってますよねー」と、
私が返事をする前に1人で勝手に納得してしまった。
でも、お陰で助かった。
今日は1人でいたい。
マックスが日本に行った目的。
そう、それは観光なんかじゃない。
マックスは初恋の男の子に会いに行ったんだ。
どうしてそう思うのかは分からない。
だけど私の第六感が間違いないと告げている。
そして、昔自分を散々傷つけた男の子に今更会って、マックスが何をしようとしているのか。
それもなんとなく分かる。
きっとマックスは、もう一度その男の子に罵倒されようと思っているのだろう。
男の子に昔のように罵倒され、
やっぱりゲイじゃダメなんだ、と自分に言い聞かせて、
私との結婚に踏み切ろうとしてるんだと思う。
でもその男の子も、今はマックスと同じ24歳の大人の男の人だ。
マックスと再会したからといって昔と同じようにマックスを罵倒するとは限らない。
その人は、マックスを見てどうするだろう・・・
大人げなく、また罵倒するだろうか。
マックスのことなんて忘れているだろうか。
それとも、マックスの気持ちを察して、敢えて罵倒するだろうか。
いや、多分・・・普通に接するんだ。
マックスがゲイだということには一切触れず、
愛想良く「やあ、久しぶり。会えて嬉しいよ」とか言って、
でも内心じゃ「何しにきたんだ、こいつ」とか思ってるんだ。
それが普通だ。
普通の大人だ。
でも、その人がどんな態度を取ろうとも、マックスが傷つくことに変わりはない。
・・・そんなの嫌だ。
私は布団を巻き込むようにして丸くなった。
今この瞬間にも、遠い日本でマックスが傷つけられているのかもしれないと思うと、
胸が締めつけられる。
マックスが私に対して恋愛感情がないのは明らかだ。
それは最初から分かってることだし、私も求めていない。
ただ、私と家族としてやっていけると思ってくれるだけで充分。
だって、私は偶然マックスに一目惚れしたけど、
これはお見合い結婚だ。
だったら、こういうものでしょ。
だけど、もし湊君の言葉でマックスが、私と家族としてもやっていく自信をなくしたのなら・・・
布団に丸まったまま身体を起こし、ベッドの上に座る。
顔だけ布団の間から覗いているから、
傍目には大きな天ムス状態だ。
もし本当にマックスが私と家族としてやっていく自信をなくしたのなら、
例え日本でわざと辛い思いをして私との結婚に踏み切ろうとしても、
私は嫌だ。
だって、普通の恋愛関係は成立しえない私とマックスの間から、
家族愛まで取ってしまったら、一体何が残るというのだろう。
今、マックスがやろうとしているのは無駄なことだ。
家族愛がないなら、私との結婚をやめればいい。
無駄に傷つくことはない。
マックス、早く帰ってきて。
話をするなら、初恋の男の子とじゃなくて、私としようよ。
私は再びベッドに転がり、目をギュッと閉じた。
午後になってついに雪が降り出した。
ホワイトクリスマスイブ。
どんなに寒くても、この日ばかりは苦にならない。
実際、待ち行く人達も、
扉から木枯らしが入り込み暖房が意味をなさない空港のロビーにいる人達も、
一様に幸せそうな顔をしている。
到着ゲートから、大きなスーツケースを転がしながら、
サラリーマンっぽい日本人の男の人が出てきた。
手には、成田で買ったのであろう、日本語がプリントされた紙袋を持っている。
その彼の元に、奥さんらしいアメリカ人女性とハーフの女の子が駆け寄った。
英語の会話の断片が聞こえてくる。
『おかえり、パパ!お土産買ってきてくれた?クリスマスプレゼントは?』
『ただいま。クリスマスプレゼントはサンタさんがくれるものだろ?』
『何言ってるのよ!サンタさんなんていないのよ。お隣のミラが言ってたもん』
男の人が困った顔をして奥さんを見る。
奥さんも苦笑いだ。
『わかった。じゃあ今からクリスマスプレゼントを見に行こう』
『自転車がいいなあ』
『自転車だな、よし』
3人は女の子を真ん中に、手を繋いで扉の方へと歩いていった。
・・・幸せな家族そのもの、って感じだなあ。
私もあんな普通で暖かい家庭を持ちたい。
できれば、マックスと。
そしてできれば、子供と。
私は手袋の上から息を吹きかけた。
もう空港に来て5時間が経つ。
クラウディアさんに、マックスが今日の午後帰ってくると聞いたからやって来たのだけど、
うっかりして何時の便かを聞き忘れた。
だから、成田からの午後の到着便の一つ目の時間に合わせて来てみたものの、
敢え無く空振り。
こうして次の便を待つことになった。
外はもう真っ暗だ。
もちろんずっとここに座っていなくたっていい。
でも、今マックスは飛行機の中で何を考えているんだろうと思うと、
立ち上がる気になれなかった。
扉の方を見ると、もうさっきの家族連れはいない。
バスか車で家へ帰って行ったのだろう。
あ。違うか。自転車を買いに行くって言ってたっけ。
それから帰るんだ。
我が家へ。
さっきベッドの中で、私は必死に思考回路を動かした。
もしこのままマックスと結婚したとして、
私とマックスは本当に幸せになれるのだろうか、と。
正直、分からない。
マックスは結局辛い思いをするのかもしれない。
そんなマックスと一緒にいても、私も辛いかもしれない。
でも、一つだけ確かなことがある。
それは、私はマックス以外の人と結婚しても幸せになれないってことだ。
だってマックスが好きだから。
私は、
マックス以外の人と結婚して幸せになれる確率が0%なのなら、
1%でも幸せになれる確率のあるマックスとの結婚に賭けてみたい。
そして、その賭けに勝つか負けるかの鍵を握るのは・・・
到着ゲートから出てくる人の間に、綺麗な金髪が見え隠れする。
私は冷たいプラスチックの椅子から立ち上がると、
人波に逆らい、ゆっくりと歩き始めた。