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第24話 クリスマスイブ

クリスマスって、クリスマスイブまでが一番盛り上がるんだよね。

肝心のクリスマスの朝はなんかもう「祭の後」って感じで、

12月26日に至っては「クリスマスかー。そんな事もあったな・・・」状態。


だから、クリスマスを楽しむには、やっぱイブでなきゃ!

っていうのは、余りにも俗っぽいかな。


でもそこはお国柄は関係ないらしく、

アメリカでも毎年、クリスマスよりクリスマスイブの方が盛り上がる傾向にある。


その理由はやっぱり、クリスマスイブの夜にサンタからプレゼントが届くから、だろう。


と、色々理屈を捏ねてはみたけど、とにかく私はクリスマスイブの今日、

プレゼントを手にジュークスを訪れた。


袋の中にあるのは、柄にもなく手編みのマフラー。


一生に一度くらいこんなベタなことしてもいいじゃない?

時間がなくて、予定よりちょっと短いマフラーになっちゃったけど。

(且つ、ユリアちゃんとリザにも手伝ってもらったけど)


私はジュークスのビルの前で立ち止まり、

天高くそびえるそれを見上げた。


普段でも高く見えるビルだけど、

今日の私には灰色の雲を突き抜けているようにさえ思える。


湊君の奇行(としか言いようがない)から3日が経っていた。

マックスからは何の連絡もない。

私からしようかとも思ったけど、

マックスが何か考えているのなら、そっとしておいた方がいいと思い直し、やめた。


湊君がマックスに言ったことは確かに極端ではあった。

でもまるっきり的外れな発言という訳ではなかったのだろう、

だからマックスは言い返せなかったんだ。


悲しくはない。

マックスは辛い思いを沢山してきたから、

結婚について考えることがありすぎて、

湊君が言ってたようなことまで頭が回らなかったんだと思う。


そりゃ湊君が言ってたのは大切なことだけどさ・・・

ショックなんて受けてないけどさ・・・


じゃあ、どうして私はこのビルに入るのを躊躇っているんだろう。

どうしてマックスに何も言わずにここまで来てしまったのだろう。


私は、マフラーの入った紙袋を胸に抱き締めた。


やっぱり帰ろうかな。

そもそも、今日はほとんどの会社は休みだ。

ジュークスだってそうだろう。

マックスはここじゃなくて自宅にいる可能性が高い。


それなのに、マックスの自宅ではなくこっちに来たのは、

心のどこかでマックスに会うことを怖れているのかもしれない。


マックスに会って、「やっぱり結婚はやめよう」と言われることを・・・



「あら。サカガミ様」

「・・・え?」


顔を上げると、目の前にナイスバディな美女が立っていた。

この人、確か・・・


「オーディションの時の秘書さん、ですよね?」


そう。あのオーディションの時、ルーク・コルテスの横で書記役をしていた秘書風の女性だ。

どうしてこんなところに?


秘書さんが優雅に頷く。


「こんにちは。私、人事部のクラウディア・ウィルソンと申します」

「秘書さんじゃないんですか?」

「ええ。あの時は、一応『採用面接』ということで、社長のお手伝いをしておりました。

ご婚約、おめでとうございます」

「・・・ありがとうございます」


と、言っていいのだろうか。

でも、確かに婚約中だし。

まだ、破棄と決まったわけじゃないし。


私の微妙な返事に気付いてないのか、

それとも敢えて気付かない振りをしてくれているのか、

クラウディアさんはちょっと小さな声で楽しげに言った。


「しかも、サカガミ様のお陰で、予定外にもう一人『採用』候補ができました」

「え?」

「ミナト・マセギさんです」


湊君?

ってことは!


「決まったんですか!?」

「いえ。採用試験は来月ですから。でも、エントリーシートを見る限り、

学歴、問題解決能力、人間性など、とても優れていると思います」

「そうなんです!」


私は思わず手をグーにして、クラウディアさんに向かって一歩踏み出した。


「湊君、中学時代からずっと成績トップで、アメリカに留学してきたんです!

働く気も満々ですし!」

「そのようですね。

でも、エントリーシートの印象からして、彼は大企業向きではないと思うのですが」


さすがジュークスの人事部の人だけはある。

湊君に会ったこともないのに、湊君の本質を見抜くとは。

と、私は感心したのだけど、

クラウディアさんは苦笑しながら首を横に振った。


「違います。エントリーシートに書いてあったんです」

「へ?」

「経営能力を身につけたいから、教育プログラムを受けてみたい。

でも、1人でやっていけると思ったらジュークスを辞めるかもしれない、と」

「・・・」

「凄く正直な方ですね。そんなこと、みんな思ってても絶対書かないのに」


そ、そうきたか・・・。

そりゃあそれが、湊君にとってはベストだけど・・・。


私は湊君のあまりの馬鹿正直さに呆れて物も言えなかった。


「でも、そういう考え方なのは当然です。MBAを狙うくらいですからね。

教育プログラム受講者がMBAを取った時に『やっぱりこの会社で働きたい』、

と思えるような魅力的な会社にすることが、私達に課せられた使命です」

「なるほど・・・」


うん。そうかも。


「どうですか、サカガミ様も大学卒業後にうちに就職されてみては」

「は?」


今度は思わぬ提案に驚きすぎて声が出ない。


「専務とご結婚されてサカガミ様がコルテス家の方になれば、

サカガミ様は間違いなく、『ジュークスを魅力的な会社にする』側の人間になります。

専務を支えるという方法でそれをされるのも大事なことだとは思いますが、

サカガミ様の場合、ご自分で働かれる方が性にお似合いかと」

「・・・」


やっぱりこの人は凄い。

あのオーディションでの私の話を聞いただけで、ちゃんと分かってる。


そう。私も湊君ほど優秀ではないにしても、湊君と同じ道を歩んできた。

将来は当然どこかの企業で男の人に負けないくらいバリバリ仕事をするものだと思ってた。


マックスとの結婚話が出てから、

その将来像は大きく変わったけど・・・。


「・・・ありがとうございます。ちょっと考えてみます」

「是非そうしてください。私なんだか、サカガミ様とは一緒に仕事ができる気がするんです」


クラウディアさんが、大きな目を細めてふふふっと笑う。


私が仕事、かあ。

この人と一緒に。


・・・ふーん。


「ところで、今日は何の御用でいらっしゃったんですか?

私は少し雑用があって出てきましたが、

今日は会社はお休みですので、社長も専務もいらっしゃいませんよ」


あ。

やっぱり!


「ですよね・・・マックスは自宅ですよね・・・」


ガッカリしたような、ホッとしたような。


だけどクラウディアさんは「いいえ」と首を振った。


「専務は出張です」

「出張?」


聞いてないし!

って、連絡取ってないから当たり前か。


「お仕事半分、プライベート半分の出張ですけどね。今日の午後、戻って来られます」

「そうなんですか・・・。あの、どこに?」


婚約者のくせにそんなことも知らないのか、と思われるんじゃないかと思ったけど、

クラウディアさんはやっぱりプロだった。


そんな雰囲気は微塵も感じさせず、にこやかにこう言った。


「日本です。東京へ行くとおっしゃっていました」






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