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第23話 やっぱり小悪魔

信じられないことに湊君は社長室にルーク・コルテスと2人でいた。

そこに私とマックスが加わる。


ごく普通の高校生である湊君が、ジュークスの社長と専務を呼び出すなんて、

一体何をするつもりなんだろう。


湊君がルーク・コルテスに向かって口を開く。


「今日はマックスに話があって来ました。

でも、ルークさんにも一緒にいてもらいたいんです」

「ああ、構わないよ」

「お忙しいのに、すみません」


社長さんなんだ、「お忙しい」どころの騒ぎじゃないだろう。


でも、ルーク・コルテスは湊君に興味があるからなのか、

嫌な顔一つせず、悠然と椅子に座って私達3人を見ている。


湊君はルーク・コルテスに少し頭を下げてから、マックスの方を見た。


と。とたんにその口調が変わる。


「俺はやっぱり、あんたと春美さんの結婚は認められない」

「ちょっと!湊く、」


私は思わず湊君を止めようとしたけど、

マックスがそれを目で制す。

湊君に好きなように言わせろ、という意味らしい。


私は仕方なく口を噤んだ。


「俺は春美さんの家族でもなんでもないから、俺が認められないと言ったところで、

2人の結婚がストップすることがないのは分かってるけど、

春美さんの友人として・・・昔、春美さんを好きだった男として言わせてもらう。

あんたは絶対春美さんを幸せにはできない」

「・・・」


マックスが湊君の言葉に耐えるかのようにちょっと目を細める。

私はもう既に耐えられず、視線を床に落とした。


「あんたがゲイだからってこともある。でも、それだけじゃない。

そもそもあんたは春美さんを幸せにする気があるのか?

単に自分と結婚したいと言ってくれる女が現れて、

ここぞとばかりに結婚しようと思ってるだけだろ?

これで世間から『あいつはゲイだ』って見られなくてすむ、

あわよくば自分がゲイだってことを自分自身も忘れられるかもしれない、

そう思ってるんだろ!」

「湊君!何言ってるのよ!」


もう本当に我慢できない!


私は湊君に歩み寄り、その腕を掴んだ。


「帰って!」

「うるさいっ!」


湊君が私の手を振りほどく。

その力任せの乱暴さと、怒りに満ちた目に私はおののいた。


こんな湊君、初めて見た。

こんなの、湊君じゃない。


「マックス。あんたは自分が幸せになりたいだけなんだ。

春美さんとの結婚はその手段に過ぎない。

そんなんじゃ春美さんは絶対幸せになんかなれない!

もしちょっとでも春美さんを好きなら、春美さんの幸せを願うなら、

さっさと春美さんと別れろ!」

「・・・」


私はもはや言葉もなく、真っ青になって立ちつくした。

ルーク・コルテスも何も言わないけど、その表情は変わらない。


そしてマックスは・・・


苦痛に耐えるような表情のまま口を堅く結んでいる。


どうして?

どうして何も言い返さないの?


どうして湊君に「そんなことない」って言ってくれないの?


「なんで、何も言わないんだよ?」


湊君が私の気持ちを代弁する。

そして、マックスの気持ちも。


「俺の言ったことが当たってるからだろ?

だから何も言い返せないんだよな」

「・・・」


マックス・・・


何か言って。

お願い。

何か言って。


私は祈るような気持ちでマックスを見たけど、

聞こえてくるのは湊君の声だけだった。


「やっぱりそんなんじゃ、俺はあんた達の結婚を認められない。

あんたのことを許せない」


そして今度は私の腕が掴まれた。


「分かっただろ、春美さん。こいつは所詮、こういう奴なんだよ」

「・・・湊君・・・」

「帰ろう」


だけど湊君は「あ、そうだ」と言って私の腕を放した。

その声は、一瞬にしていつもの湊君に戻っている。


「ルークさん、お騒がせして申し訳ありません。

エントリーシートを持ってきました」

「あ、ああ」


さすがのルーク・コルテスも、湊君の素早い切り替えにちょっと戸惑う。

が、そこは「さすがの」ルーク・コルテス。

すぐに何事もなかったかのように笑顔で湊君が差し出した封筒を受け取った。


「確かに受け取ったよ。採用試験の結果を楽しみにしている」

「はい。頑張ります」


湊君はそう言って一礼すると、

再び私の腕を取って、社長室を後にした。







「怒ってます?」


当たり前でしょ。


ほんの1時間前までの浮かれた気分が嘘のようだ。

道に流れるジングルベルも遥か遠くの世界のことに思える。


「春美さんには悪いけど、俺は言いたいこと言ってすっきりしました」

「・・・あのね」


明るい色のダウンジャケットを羽織った湊君が、

うーっん、と気持ち良さそうに背伸びする。


ダウンの色に負けないくらい明るい表情で。


「エントリーシートも無事提出できたし、後はクリスマス休暇を楽しむばかり、です!」

「・・・」

「でも、採用試験の勉強しないとダメだから、今年は日本に帰ってる暇はないなー。

春美さんは帰るんですか?」


帰らないわよ。

年明けすぐ、両親がこっちに来る予定だからね。


湊君のお陰で、ぶち壊しになるかもしれないけど。


それに。


「どこが『無事提出』な訳?社長の前で息子の専務に向かってあんなこと言って、

受かるとでも思ってるの?」

「さあ。でも、言いたいことを言わずに受かっても、

『やっぱ春美さんの友人っていう肩書きが物を言ったのかな。俺の実力じゃないのかな』って、

思っちゃうと思うんですよね。

あそこまで言って受かれば、正真正銘俺の実力です」

「・・・」

「2人のことは、後は勝手に何とかしてください。あー、すっきりした!」

「・・・はあ」


なんか、怒るのも馬鹿らしくなってきた。


肩の力が抜けたとたん、ジングルベルや雑踏が戻ってくる。

湊君もさっきとは別人のようにのん気に「クリスマスの街っていいですねー」とか

言ってるし。


・・・分かってる。

湊君は私のことを本当に心配してくれてるんだ。


あそこまで言ってくれる人なんてそうそういない。



湊君が私とは反対の方を向きながら、ボソッと言った。


「俺、春美さんとクリスマスにこうやってデートするのが夢だったんですよね・・・」

「え?」


驚いていると、湊君がパッと私の方に振り返り、

意地悪い顔をして笑った。


「中学校時代」


・・・何よ。ビックリさせないでよ。

ちょっとドキッとしちゃったじゃない。


「あっそ。何年もの時を経て、夢が叶って良かったわね」


嫌味たっぷりでそう返すと、

急に肩を引き寄せられた。


と同時に、唇に柔らかいものが触れる。


「・・・何するのよ」


湊君の顔が私のそれから離れる。


「よし。これでもう思い残すことはありません。

マックスのことは認められませんが、

2人がそれでも結婚するっていうなら、勝手にしてください」

「・・・」


そう言って爽やかな笑顔になる湊君。



やっぱりこいつは、小悪魔男だ。







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