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第22話 呼び出し2

オーディションに合格したから、とジュークスに呼ばれた日にマックスと歩いた公園。

12月になって寒さも本格化してきたから、昼下がりのこの時間はもう人が少ない。


私はユリアちゃんと色違いのお揃いで買った白いファーボレロに身を包み、

白い息を吐きながら少しでも暖を取ろうと噴水から離れた所にある外灯の下に立っていた。


本当に寒い。

タイツとブーツははいてるけど、無理してスカートで来るんじゃなかった。


でもこのスカート。

一目惚れして買ったから、どうしても今日はいてきたかったんだもん。

一目惚れしたマックスとのデートにはピッタリじゃない?



首をすぼめたまま顔を上げると、ジュークスの大きなビルがすぐそこに見えた。

もうすぐあそこからマックスが出てくる。

待ち合わせの時間まであと10分だ。


寒いから早く来て欲しい。

早く一緒にどこか暖かい所へ入りたい。


でも、この寒い中、両手をすり合わせながら好きな人を待つっていうのも悪くない。

風邪を引かなければ、だけど。




「早いね。ごめん、待った?」

「ううん」


幸い、マックスは私が「寒い中、彼を待つ彼女」を楽しむ余裕がまだあるうちに公園へやってきた。

それでも手袋の下の指の感覚はもうない。

思わず手袋の上からハーッと息を吹きかける。


「行こうか」

「うん」


マックスが歩き出す。

私とマックスは40センチ近く身長が違うから、一緒に歩くのは大変だ。

もちろんマックスはゆっくり歩いてくれるけど、それでも・・・


そうだ。前にここをマックスと歩いた時も同じことを思ったっけ。

そしてその後、マックスにゲイだとカミングアウトされたんだ。


あの時は驚いたなあ、なんてほんの1ヶ月前のことを何年も前のことのように思い出す。


でもマックスは私を結婚相手に選んでくれた。

ゲイという生き方ではなく、私との人生を選んでくれたんだ。


これ以上の愛情はないと思う。


「マックス、ありがとう」

「え?何が?」

「私と結婚するって決めてくれて」


マックスは心底驚いたような顔をして立ち止まった。


「何言ってるの。お礼を言うのは僕の方だよ。

僕なんかと結婚してくれる女性がいるなんて、まだ信じられないくらいだ」

「私は好きな人と結婚したいって言っただけ」


私がいつになく真剣にそう言うと、

マックスはフッと笑った。

ちょっとニヒルで、それでいて優しさに溢れているマックス独特の笑い方だ。


「本当に信じられないよ、ハルは。でも、ありがとう。

ハルといたら、僕も立ち直れる気がする。

・・・不思議だな、僕が結婚するなんて」

「私も不思議。私が結婚するなんて」


私とマックスは微笑み合い、

クリスマスにいろどられた街へと向かった。






デコレーションされた建物。

あちこちから流れてくるクリスマスソング。

寄り添う恋人達。


言葉の説明だけだと日本のクリスマスと一緒だけど、

アメリカにはどこか「本場」という雰囲気がある。


それは、日本ではクリスマスは「単に楽しむための日」という考え方なのに対して、

アメリカでは「楽しむための日であると同時に、キリストに対して敬意を払う日」

という考え方だからかもしれない。


豆電球で作られたサンタクロースとトナカイが飾られたショーウィンドウを横目で見ながら、

マックスが呟いた。


「指輪がいるね」


指輪!


私の気分が最高潮に盛り上がる。


「そうよね!結婚指輪、いるわよね!」


だけど大興奮の私にマックスはちょっと戸惑ったようだ。


「え?ああ、結婚指輪か。僕は婚約指輪のことを言ったつもりだったんだけど」


婚約指輪?

あ、そっか。婚約指輪が先よね。


でも、婚約指輪っていうと、

ロマンチックなシチュエーションで彼氏がいきなり彼女に、

「結婚して下さい!」とか言って差し出すものでしょ?


私達の場合、もう結婚が決まってる訳だし・・・


でへへへ。

「結婚が決まってる」ってなんて素敵な響き。


嬉しさのあまり、つい心が寛大になる。


「婚約指輪はいらないわ。それよりそのお金を新生活の準備のために使いましょ」

「いいの?」

「うん!」


幸せですから!


「あはは、しっかり者だなあ」

「その代わり結婚指輪はちょっと奮発したいな。一生付ける物だし」

「そうだね。ハルの指のサイズは?」


サイズ?アメリカでも日本と同じ考え方なのかな?


「日本のサイズで言えば、7号よ」

「7号・・・ハル、指輪は小指につけるんじゃないよ?」


知ってますとも。


「あ、新生活で思い出したけど、住む場所はどうする?

ハルが嫌でなければ、うちの家でどうかな?部屋が有り余ってるし、

何棟かに分かれてるから、僕の両親とは別の建物に住めばいいし」

「・・・」


な、なんか別次元の話ね。

もちろん貧乏人の私に異論などあるはずもない。


私がそう言うと、マックスはホッとしたようだ。


「実は母から、是非一緒に住みたいって言われてたんだ。

僕とじゃなくて、ハルとね」

「あら」


ありがとう、お母義様。

ハルミは嬉しいです。


「娘ができるのが嬉しいらしい。

一緒に料理するのを楽しみにしてるよ」


おーっと!

忘れてたぁ!


まずい・・・

湊君と喧嘩してる場合じゃないわ。

料理教室を再開してもらわないと。


肉じゃがってゼラチン入れるんだっけ?



・・・だけど。


私はマックスを見上げた。

マックスも私の視線に気付き、微笑みを返す。


マックスとこんな会話ができるなんて本当に幸せ。

道で倒れてマックスに助けられた時は、

こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。

それも、こんなに早く。


サリーさんが言っていた、マックスを守る方法はまだ見つけられずにいる。

でも、今はそんな必要もないように思える。


ただ、マックスと一緒にいれればいい。

何もする必要はない、何もしてもらう必要もない。


これで充分。


私がマックスの腕に手を伸ばしかけたその時、

私の鞄の中で携帯が鳴り出した。


「あっ」


湊君からだ!


「ごめん、マックス。湊君なの。出ていい?」

「もちろん」


マックスは快く許してくれたけど、

私がマックスと一緒だと知ったら湊君の方がまた気を悪くするかもしれない。


私は電話口を手で覆った。


・・・こういう気を使うの、嫌なんだけどな。


湊君はなんだかんだ言って私にとって大切な人だ。

だから湊君が嫌な思いをすることはできるだけしたくない。

でも、そう思う一方で、私の結婚を湊君にも喜んで欲しいという気持ちもある。


早く湊君にマックスとのことを認めて欲しい。


「はい」

「春美さん。今、マックスと一緒ですよね?」

「・・・どうして知ってるの?」


湊君の口からマックスという言葉を聞くとドキッとする。


だから。

こういうのが、嫌なんだって。


「俺今ジュークスに来てるんです。受付でマックスの呼び出しを頼んだら、

今日は早退したって言うから、多分春美さんと一緒だろうなと思って」


湊君がジュークスにいる?

しかも、マックスに会うために?


「すみませんけど、春美さんも一緒にちょっと戻ってきてもらえませんか?

すぐに済みますから」


真剣な湊君の声が耳に響く。


有無を言わせぬその言い方に、私はただ頷くしかなかった。





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