第21話 守りたい
「ユリアみたいな可愛いウェイトレスがいたら、もっと男性客も増えるかもしれないわね」
にこにこしながらそう言うサリーさん。
正確にはウェイトレスじゃなくて、ウェイターだけどね。
と、お酒の飲み比べ(?)で負けた私は心の中で皮肉なことを考えながらムクれた。
「いいんですか!?」
「私がここを辞めるから、ちょうど店員を1人募集しようと思ってたところなの」
「え!?サリーさん、辞めちゃうんですか!?」
思わぬ発言にあっちの世界からこっちの世界へ舞い戻ってくる。
だけどサリーさんは何食わぬ顔で「ええ」と言った。
「辞めるというか、今は店長兼オーナーだけど、店長を誰かに任せてオーナーに徹するって意味よ。
このお店が軌道に乗ってきたから、他のお店も出したいの」
「他のお店・・・」
「そう。今度はこことは全然雰囲気の違う、もっと大人の空間がいいかな。
バー以外もやってみたいしね」
そう言ってサリーさんは、少し遠くを見るような目をした。
これから新しく出すお店のことを想像しているのだろう。
・・・なるほど。
よく考えるとこのお店はサリーさんの雰囲気に合うお店じゃない。
どちらかと言えばサリーさんは、
ジャズミュージックなんかが流れるワンショットバーにいそうな感じだ。
サリーさんは「自分が勤めたいお店」を作りたい訳じゃなくって、
トレンドに合う流行るお店をたくさん立ち上げたいんだ。
そしてオーナーとしてその経営をしていきたいんだ。
サリーさんがグラス片手にちょっと意地悪く笑う。
「野心家だって思ってるでしょ?」
「そうですね。でも、かっこいい」
「相変わらず正直ね。ありがとう。
実は私も元々はジュークスの社員だったの。そこでマックスとも出会ったのよ」
「え?サリーさんが?」
「ええ。でも大企業に勤めるより小さくても一から自分の力でお店を作って経営してみたくて、
5年前に思い切って辞めちゃった」
「へえ・・・」
肩をすくめて、なんでもない事のように話すサリーさん。
でも、勇気のいることだと思う。
大企業に勤めるより小さくても一から自分の力でお店を作って経営する、か・・・
そう。私が湊君に対して持っているイメージは正にこれだ。
大企業の一社員でもなく、
お店の従業員でもなく、
自分で一から作った小さな会社の経営者。
湊君にはそういう仕事が似合うと思うし、
湊君もそういう仕事に憧れていると思う。
それを捨ててまで、湊君がジュークスに就職する理由なんて・・・
ある、な。
「ハルミ?」
「あ・・・あの。ジュークスで働いてみて、どうでした?いい会社でしたか?」
「そうね。私には合わなかったけど、いい会社だったと思うわ。
仕事面にしても福利厚生にしても人間関係にしても」
そっか。ちょっと安心。
でもなあ・・・。
「どうして?ハルミ、ジュークスに勤めたいの?」
「いえ。私じゃないんですけど・・・そうだ!お知らせがあります!」
私が「はいっ」とばかりに勢い良く片手を上げて立ち上がると、
サリーさんはもちろん、
こんな私の突然の切り替えには慣れっこのリザとユリアちゃんもちょっと驚く。
「何よ、春美。急に」
「なんと!私も就職することになりました!」
「え?お姉様も?」
「はい!」
わざともったいぶって咳払いなんかしてみる。
「私、坂上春美はコルテス家に永久就職いたします!」
「えっ」
「へっ」
「あら」
しーん、という静寂の後。
私の声が思いのほか大きかったのか、
お店中から拍手とピュ―という口笛が起こった。
「あれ。えへ、どうもどうも」
日本人らしく片手で頭をかきながらペコペコお辞儀する。
えへへへへ、照れくさいな。
「すごーい、春美!貫いたわね!」
「まあね」
「さすがです!おめでとうございます、お姉様!」
「マックスが女と結婚ねー。でもハルミだったら上手くやれそうね」
でしょ、でしょ?
ルーク・コルテスから正式にマックスとの結婚を申し込まれた日、
私は早速日本にいるパパとママに電話をした。
(今、夜中の2時なんだけど!って怒られたけど)
「ジュークスの社長の息子と結婚することになったの!」と私が言うと、
「はあ!?あんた、騙されてるんじゃないの?」と心配してたけど、
翌日アメリカから、ジュークスの社印とコルテス家の実印が押された手紙が届いたらしく、
てんやわんやだったようだ。
それでもとにかく「年明けにアメリカで両家の顔合わせをしましょう」ということになり、
なんとルーク・コルテスがパパとママだけのために、
自家用ジェットを日本へ迎えにやってくれるらしい。
パパとママがこの結婚に異論などあるはずもなく。
ただ問題があるとすれば、それは・・・そう、マックスがゲイだということだ。
でもそんなこと、パパとママに話したところでどうなる訳でもない。
私はそれを分かった上でマックスと結婚しようと思っているのだし、
マックスも受け入れてくれたんだ。
「と、いう訳で、結婚しまーす!」
「さすが猪突猛進娘」
「あ。リザ、猪突猛進の意味、分かったんだ?」
「うん。ハルミにピッタリね。ついでにユリアちゃんにも」
やっぱり?
「うわあ、お姉様がマックスと結婚・・・ユリア、なんか感動しちゃいました」
ユリアちゃんが目を潤ませる。
「えへへ」
「おめでとう、ハルミ。式はいつなの?」
「まだ具体的な話は全然なんです。でも、夏以降になると思います」
「そうなの。へえ~、あのマックスが結婚ねぇ・・・」
昔からマックスを知っているサリーさんは、感慨もひとしおのようで、
レッド・アイを少し飲んで細いため息をついた。
「色々言う人もいると思うけど、あなたがマックスを守るくらいのつもりで頑張ってね、ハルミ。
マックスはとても繊細な人だから」
「・・・はい」
そうだ。本当にその通りだ。
私がマックスを守らなきゃ。
昔マックスを傷つけた日本人の男の子の話を思い出す。
さすがにもう今のマックスに面と向かって酷いことを言う人はいないだろうけど、
人の考えていることというのは、なんとなく分かるものだ。
優しいマックスは特にだろう。
私だって強い人間じゃないけど、
目の前でマックスが傷つくのは見てられないと思う。
でも、どうすればマックスを守れるんだろう。
どうすればマックスが傷つかずに済むんだろう。
私はちょっと肩を落としてソファーに座ると、
サリーさんの前に置かれているグラスを見つめた。
赤い液体に私の顔が映る。
それは私の想いを表すかのように、
小さな泡でユラユラと揺れていた。