第2話 小悪魔男
「ふーん。で、そのディカプリオにコロッといっちゃった訳ね」
大学内のカフェテリア(学食みたいなもんだ)で、リザが呆れたように言った。
「誤解しないでよ!私は純粋に彼の人となりに・・・」
「人となりって言っても、イケメンで金持ちらしいってことしか分からないんでしょ?」
「見ず知らずの私を病院まで運んでくれたのよ!?イケメンで金持ちで優しいのよ!」
「・・・」
リザは何かを諦めたのか、それ以上何も言わずにランチを食べ始めた。
何よ?文句ある?
道で行き倒れてた私を病院に運んで、名前も言わずに500ドルも払っていってくれたのよ?
惚れてもいいでしょ!
「昨日、春美が大学に来なかった理由は分かったわ。今日遅刻したのは?」
「あの道でディカプリオを待ち伏せしてたの」
「来たの?」
「来なかった!」
私はアメリカンなサイズの肉にドンッとフォークを突き立てた。
「どうして来ないのよ!?」
「昨日はたまたま仕事でその道を通っただけなんじゃない?」
「じゃあ私はもう彼に会えないってこと!?」
「じゃない?お釣りはありがたく頂いておきなさいよ」
そーゆー問題じゃない!!!
私は肉付きフォークを手に、毅然として立ち上がった。
「絶対に見つけ出してやるんだから!」
「・・・なんか、親の仇でもとるみたいね」
「その覚悟よ!」
あんな上玉、逃してなるものか!
何のためにアメリカまで来たと思ってるのよ!
「勉強するためじゃないの?」
「それもあるけど」
「レポートの提出期限、明日よ」
「・・・」
一気に気持ちが醒めて、私はストンと椅子に腰を落とした。
リザは私のテンションを落とす天才だ。
私は仕方なく食事をさっさと終わらせてレポートに取り掛かろうと思ったんだけど・・・
「そうだ、春美。面白い話があるんだけど」
突然リザがテーブルに身を乗り出してきた。
目が妖しく光っている。
「面白い話?」
「日本人と日系人の女の子限定のオーディションがあるの!一緒に受けてみない?」
「何のオーディション?」
「それが分からないの。ただ口コミでそういう噂が広がってて」
何それ。怪しすぎ。
一応説明しておくと、リザは日系2世。
ただ見た目はラテンの血が濃く、綺麗には綺麗だけどあんまり日系人には見えない。
私が高校3年の時に留学してきて以来の友人だ。
私は高校卒業後、日本の大学に進むことも考えたけど、
アメリカに残ることにしたのはリザの存在が大きい。
「やめようよ。お金とか取られたらヤだし」
私はそう言ったけど、好奇心旺盛なリザは引かない。
「大丈夫。主催はあのジュークスだから」
「ジュークス?」
世界でも有数のソフトウェア会社だ。
そんなとこが口コミでオーディション参加者を募るなんて
(しかも何のオーディションか分からない)
やっぱりおかしい。
「私、パス。リザもやめといた方がいいよ」
「えー?一緒に行こうよ!」
首を横に振ったその時、カフェテリアの入り口に見慣れた人影を見つけた。
同時に向こうも私に気付き、足早にやってくる。
右耳に赤いピアスを付けた、ちょっと目を引く可愛らしい日本人の男の子。
こいつこそが、私を地獄の底に叩き落した小悪魔男、その人である。
「なんですか、その小悪魔男って」
「あら、湊君。何の用?高校生はちゃんと高校に行かなきゃダメよ」
「今日は午後の授業がないんです。あ、こんにちは、リザさん」
「こんにちは、湊」
愛想良くリザにまで挨拶する湊君。
そう、この笑顔に私も騙されたのよ。
湊君とは、元々日本の学校で先輩後輩の仲だったんだけど、
何の因果か一緒に留学することになってしまった。
お陰で私の心の傷は一向に癒されない。
「俺、春美さんを騙したりなんかしてませんよ」
「私を散々弄んだ挙句に捨てて、乗り換えたじゃない」
「弄んでません。捨ててません」
まあ、解釈の違いってやつね。
大学構内のカフェテリアでは、制服姿の湊君は目立つ。
それが嫌なのか、湊君はちょっと肩をすぼめて私達のテーブルについた。
「だから、何しに来たのよ?」
「昨日の夜中に『豚骨ラーメンの美味しいお店、探しといて』って電話してきたのは、
どこの誰ですか」
湊君が、学校指定の鞄から紙を一枚取り出す。
「はい、これ。インターネットで調べときました」
そこには、豚骨ラーメン屋の名前と住所、地図が載っていた。
「そうだった!ありがとう、湊君!これで心置きなく死ねるわ!」
「は?」
「ううん、こっちの話」
私がいそいそと紙を折りたたんでいると、
リザが湊君の脇をつついた。
「ねえ、湊。春美を説得してよ。
今度の日曜、ジュークスのオーディションがあるんだけど、春美と一緒に受けに行きたいの。
それなのに春美、全然YESって言ってくれなくて」
「何のオーディションですか?」
「わかんない」
「・・・」
湊君が顔をしかめる。
ちなみに、3人の会話は全て英語だ。
「リザさん。春美さんみたいに無鉄砲な人を変なことに巻き込まないで下さい」
「リザ、私行くわ」
「え?本当!?やった!」
「春美さん!」
リザと湊君が正反対の表情をする。
「春美さん、行かないって言ってたんじゃないんですか!?」
「言ってたけど。湊君が反対してるから、やっぱり行くことにするわ」
「・・・春美さん・・・そんなに俺のこと嫌いですか」
「嫌い」
「・・・」
私の心の傷は深いんだから!
湊君は「あーあ」と言って、大袈裟にため息をついた。