第19話 Wedding&Scout
ジュークスのいつもの社長室。
社長室を「いつもの」と言ってしまえるようになるなんて、
なんか偉くなった気分だ。
だけど、手放しに「居心地がいい!」とは言えない。
やっぱりどんなに優雅な部屋でも、V.I.P独特の澄ました空気と、
ある種の緊張感が漂っている。
特に今は、社長のルーク・コルテスと、妻のジャンヌ、
そして息子で専務で私の思慕の対象であるマックスが何故かちょっと緊張の面持ちで立っている。
更に付け加えると、私の後ろにはまだ仏頂面してる湊君もいる。
居心地の悪さ100%と言ったところか。
「ようこそ、ハルミ、ミナト」
ハルミ、ミナト、トマト・・・と、心の中で無意味にシリトリしてみる。
本当に無意味だ。
トマトだと永遠に繰り返せちゃうし。
こんな無意味な1人シリトリでは居心地の悪さは解消できず(当たり前だ)、
取り合えず私も笑顔でルーク・コルテスに「こんにちは」と返す。
湊君はジッとマックスを見ながら軽く会釈するだけだ。
だけどルーク・コルテスは自分で呼んでおきながら湊君のことは完全に無視して、
にこやかにこう言った。
「早速なんだが、昨日マックスとジャンヌと一緒に、じっくり話し合った。
コルテス家として、正式に君にマックスとの結婚を申し込むよ」
「・・・え?」
思わずマックスを見ると、マックスがちょっと照れ臭そうに小さく頷いた。
嘘・・・本当に?
なんで?
この前、あんな暴言吐いたのに?
後ろから湊君の視線を感じたけど、
今は振り向く余裕もない。
私はただただ呆然とした。
「受けてくれるね?ハルミ」
「あ、は、はい!」
深く考えることなく、元気良く返事をする。
だって、私は前から「マックスと結婚する」と宣言してたし。
・・・いいよね?
なんか、今になってドキドキしてきた。
私、結婚するんだ。
マックスと。
ルーク・コルテスとジャンヌが、ホッとしたような笑顔になる。
「よし、じゃあこの話はこのまま進めるとしよう。
だけど今日はもう1つ重要な話があるんだ」
「はい」
と、私は返事したものの、ルーク・コルテスの目はもう私を見ていなかった。
ルーク・コルテスの視線は私の後ろに注がれていた。
今度は私が無視される番のようだ。
つまり・・・私とマックスの結婚に関しては湊君は全く関係なく、
これから話す「重要な話」には、私は全く関係ないということか。
この割り切り方がルーク・コルテス流なのね。
私はルーク・コルテスと湊君の邪魔にならないよう、黙って壁際に移動した。
湊君は訝しげな顔をしている。
「父さん」
「なんだ?」
ルーク・コルテスがマックスの方を振り向かず応える。
「もしかして、父さんも・・・」
「マックスもか。親子だけあって、考えることは同じだな」
なんだろう?
ルーク・コルテスが考えてるのと同じことをマックスも考えていたってこと?
それって・・・?
「ミナト・マセギ君。君はハルミの従姉弟だったね?」
「いえ。あれは嘘です。ただの友人です」
さらっと本当のことを言う湊君。
でもルーク・コルテスは湊君以上にさらっとしてた。
「そうか。まあ、そんなことはどうでもいい」
どうでもいいのね。
「前に君を一目見た時から、ピンっときてたんだ」
ピンっと?
そう言えば前、私も同じことを言われた。
ルーク・コルテスは直感ひらめき型らしい。
「はあ」
要領を得ず、湊君が曖昧な返事をする。
「君、今高校生かね?歳は?」
「はい、18歳の高校3年生です」
「卒業は来年の7月あたりか?」
「いえ。僕は春美さんと一緒で留学生なので、卒業は来年の3月です」
「それ以降はどうする?」
「まだ決めていません。多分日本の大学を受験すると思いますが・・・」
そう言えば前、マックスも私に同じようなことを聞いてきたっけ。
ルーク・コルテスは一体何が言いたいんだろう?
湊君もそう感じているのか、答える声に疑問の色が混じる。
だけど、ルーク・コルテスの次の一言でその疑問は一気に解決した。
「ミナト君。うちの会社の採用試験を受けてみるつもりはないか?」
「は?」
「え?」
私と湊君が同時に声を上げる。
マックスを見ると、マックスもやはりルーク・コルテスと同じことを言いたかったらしく、
満足そうな表情だ。
ルーク・コルテスが続ける。
「来年の1月にうちの採用試験がある。通常なら入社は9月からだ。
しかし、君の場合3月に卒業するから日本のように4月から入社を認めよう」
「・・・」
「ただし、君がハルミの友人だということは一切考慮しない。
それと、君に受けて欲しいのは普通の採用試験じゃない。教育プログラム適用者採用試験だ」
「教育プログラム適用者採用試験?」
「仕事をしながら会社の費用で大学に通ってMBAを目指すという教育プログラム、
その適用者を採用するための試験だ。
2年前から取り入れていて、今は5名ほどがこのプログラムでMBAを目指している」
「MBA・・・」
湊君が呟く。
「そう。もちろん大学入試には自力で受かってもらわないといけない。
もし入試に落ちたら、ただちに教育プログラムからは外される。
また、教育プログラムは、
会社での実務と大学での勉強、MBA取得のための勉強全て合わせて期間は8年。
その間にMBAを取らないと、実質クビだ」
「・・・」
「だが、上手く行けば給料を貰いながら会社の費用で大学に通えてMBAも取れる。
悪い話じゃないだろう」
確かに悪い話じゃない。
でも18歳の湊君にMBAを8年で取れと言うのは、かなり過酷だ。
普通は会社の基幹職が目指すような資格なのだから。
多分今その教育プログラムを行っている5人というのも、
どこかの会社からの転職者か、元々ジュークスにいる基幹職なのだろう。
難しいというより、不可能なんじゃないだろうか。
もしかしたらルーク・コルテスは湊君でそれを試したいと思っているのかもしれない。
「どうして僕にその採用試験を受けるように、勧めるんですか?」
湊君の表情はもう仏頂面ではない。
いつもの湊君だ。
ルーク・コルテスがこの話を私の結婚話とは完全に切り離しているので、
湊君も今はこっちの話に集中することにしたようだ。
自分の未来がかかってるんだもんね。
自分と、そして・・・
「さっきも言っただろう。前にハルミが君を連れてきた時に、ピンッと来たんだ。
君ならやれそうだ、ってね。マックスもそうらしい。なあ?」
ルーク・コルテスが視線は湊君に残したまま、
少しマックスの方に振り向く。
マックスは「ああ」と言った。
「どうだね?やってみたいか?」
「・・・」
「もうエントリーは終了してるが、そこは大目に見よう。
今月中にエントリーシートを私かマックスに直接提出してくれれば、採用試験の受験資格を与える。
もっとも、教育プログラム適用者採用試験は大変な倍率だから、受けても受かるとは限らないがね」
どことなく愉快そうなルーク・コルテス。
多分、湊君が採用試験を受けると、そして自力で受かってくると、思っているのかもしれない。
私もそう思う。
マックスが、壁に作りつけられている棚からファイルを取り出し、
その中の大きな封筒を湊君に差し出した。
湊君はチラッとマックスを見て・・・睨むのではなく、ただ見て、
その封筒を受け取った。