表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

第17話 初恋

「僕が11歳の時、親の仕事の都合で東京から日本人の男の子が留学してきた。

アメリカ人から見ると、ほとんどの日本人は幼くて平坦な顔に見えるけど彼は違った。

女の子達が『かっこいい』と言って随分騒いでたよ」


こっちの女の子が日本人に対して「かわいい」ではなく「かっこいい」というのだから、

本当に大人っぽくてかっこいい子だったんだろう。


「でも彼は英語が全く話せなかったし、アメリカの生活スタイルも知らなかった。

そんな彼に僕が声をかけたのは、本当に偶然で・・・学校の中にある売店で、

彼がどのコインが5セントか分からず困ってたから、教えてあげたんだ」


私はその光景を想像してちょっと笑った。


初めてドルを使う日本人って、

どのコインが何セントか分からないから、とにかくお札を使う。

で、おつりでコインを沢山もらうけど、やっぱり次の買い物の時もお札で支払う。

こうやってどんどんコインが増えてお財布がパンパンになっちゃうんだよね。

私もそうだった。


コインを上手に使って買い物できるようになるまでには、ちょっと時間がかかる。


留学してきたばかりの小学生の男の子がコインでいっぱいになった財布を持って困ってたら、

優しいマックスは声をかけずにはいられなかったのだろう。


「それから僕と彼は仲良くなった。僕が彼に英語やここでの習慣なんかを教えた。

彼も僕を頼りにしてくれて、僕達はいつも一緒にいたんだ。でも、」


マックスが一度言葉を切る。

でももうお酒には手をつけない。

目はグラスを見てるけど、その存在に気付いていないかのようだ。


「気さくで人懐っこい彼は、英語が上達すると共に友達がたくさんできていった。

僕達の友情は変わらなかったけど、僕の知らない彼が増えていったんだ。

僕はそれが無性に寂しくて腹立たしかった」


その気持ちはなんとなく分かるな・・・

私も、仲良しの友達が他に友達を作ると、ちょっと嫌だったもん。


でも、そんなことを正直に言えるマックスは凄いと思う。

裏を返せば、それほどの決意で話してくれているということなのだろう。


「しかも彼は女の子からも人気があった。留学して半年位した頃、

彼は自分に告白してきたアメリカ人の女の子と興味本位で付き合いだした。

彼は僕ともそれまでと同じように一緒に遊んでくれたし、

普通なら友達として『彼女ができてよかったね』とでも言って一緒に喜んでやるところなのに・・・

僕は自分でもビックリするくらいショックを受けてた。

それで・・・気が付いたんだ」


マックスはグラスから目を離した。

でも視線をどこへ持って行っていいのか分からないのか、目が泳いでいる。

そして結局視線は元の通りグラスへ戻った。


「驚いたよ。確かにそれまで好きな女の子ができたことはなかったけど、

それは自分がゲイだからだったのかって」

「・・・」


切り替えるかのように、マックスが明るい声を出す。


「そんなこと、それまで思ってもみなかったからね。すごく戸惑ったよ」


だけど再びマックスの声が落ちた。

さっき以上に。


「でも、誰にも相談できないし、ましてや彼に打ち明けるなんて・・・考えられなかった」

「・・・」

「ずっとこの気持ちは隠しておこうと思った。そうすれば彼とずっと友達でいられる、と。

でも、その決意はあっさり砕けた。彼がみんなの前でふざけて彼女とキスをしたんだ。

みんなが冷やかす中、僕は耐えられずにその場で・・・」


マックスが自分の膝に肘を置き、頬杖を付いた。

大きな片手で顔の半分を隠すように覆う。

まるで過去の自分を恥じているかのように。


「馬鹿みたいなんだけど、かすかな期待をしてたんだ。

もしかしたら彼も僕を、とか、

僕の気持ちを知っても彼は今まで通り僕と友達でいてくれる、とか・・・

だけど、現実はそんなに甘くなかった。

いや、当然の結果になった。

僕の気持ちをみんなの前で聞かされた彼は真っ青になって・・・僕を罵倒した」

「なっ!ひどい!」


私は思わず声を出したけど、マックスは軽く首を振った。


「普通の反応だよ」

「そんなことない!私、もし女友達が私のことを好きって言っても、罵倒したりしない!」

「それはハルが大人になったからだよ。小学生の頃だったらどう?

自分のことを好きな女友達と仲良くできる?周りの目が気にならない?」

「それは・・・」


私は両手を握り締めた。

気にならないと言えば、嘘になる。


「彼は特にそうだった。留学してきたばかりで、

これからここでどう自分の立場を作っていくかって時に、

みんなの前で男友達に告白なんかされたんだ。怒って当然だよ」


そう、かもしれない・・・

でも・・・


「クラスメイトもみんな僕を気持ち悪がった。

話はすぐに僕の親のところにも行って、親にも随分怒られたよ。

とにかく取り消せ、隠せ、って言われた。

だけど結局そんなこともできなかった。

翌日から、誰も僕と口をきいてくれなくなったからね」

「そんな・・・」

「でも、これでよかったんだと思った。

やっぱりゲイってのは悪いことなんだ、いけないことなんだ、

これは当然の報復なんだ、と自分に言い聞かせることができた。

これでもうゲイなんてことはやめよう、やめれなくても隠して生きていこう、と思った」

「・・・」

「だけど、あれ以来彼とは一言も口をきいてないのに、僕は彼を諦められなかった。

彼が日本に帰った後もね」

「・・・今も?」


おそるおそる訊ねる私に、マックスは少し笑いながら首を傾げた。


「分からない。でも、彼以上の男は・・・というか、人間には会ったことがないね」

「補足させてちょうだい」


気が付くと私達のテーブルにサリーさんが来ていた。

手に持っているお盆の上のお皿には何故かチーズケーキが2切れ。


「あ、これね、私が作ったチーズケーキなの。結構評判いいのよ。食べてみて」

「ありがとうございます。あの、それで補足って・・・?」


サリーさんが手早くお皿とフォークをセットしながら、

私に向かって意地悪い顔で笑ってみせた。


「マックスと付き合いの長い姉御肌のサリー様が思うに、」


うっ。聞こえてたのね。ゴメンナサイ。


「きっとマックスは性別関係なく、素敵な人に惹かれるのよ」


マックスが目を丸くする。


「そんなの綺麗事だよ」

「でもマックスはまだ彼以上の人間に出会ったことがないんでしょ?

もし彼以上の人間に出会えば、男でも女でも惹かれるかもしれないじゃない」

「そうだけど・・・。それより、サリー。僕、君にこの話したことあったっけ?」

「ううん。今立ち聞きしちゃった」


しれっとそう言うサリーさん。

ここまで悪びれがないと笑ってしまう。


「ハルミ。いいこと教えてあげる」

「サリー!余計なことは言うな!」

「マックスは黙ってて。ねえ、ハルミ。マックスはゲイかもしれないけど、

彼女がいたことはあるのよ」

「えっ」


チーズケーキに伸ばしたフォークが止まる。


彼女!?

彼「女」!?


聞いてないし!


「何ですか、それ!?」

「サリー!!」

「マックスが大学生の時だったかな、マックスがゲイだと知っていながら近寄ってきた女がいたの。

『自分が本当にゲイかどうか私で試してみない?』ってね。悪い子じゃないのよ?

マックスも最初は乗り気じゃなかったんだけど、その子に押されて渋々付き合うことになったの。

結局別れたけど、半年くらいは続いたわよね?」

「サリー・・・本当に余計なことを・・・」


マックスが絶望的な顔になる。

だけどサリーさんはお構いなしだ。


「とにかく、マックスは女の子とも付き合えるのよ。

ただその子のことは人としてそんなに好きじゃなかったから別れた。

つまりマックスは男女関係なく人を見る。

これが私の『マックス論』。どう、ハルミ?」


ガチャン!


お皿とフォークがぶつかった大きな音に、マックスとサリーさんが驚く。

私のお皿の上ではチーズケーキが綺麗に真っ二つだ。


「マックス・・・」

「な、なに、ハル?」

「マックスってゲイなんでしょ?」

「うん・・・」

「だったら!」


私は、香ばしいタルトが付いてる下半分のチーズケーキが刺さったフォークを、

マックスにビシッと向けた。


「女なんかと付き合ってんじゃないわよ!正々堂々と男と付き合いなさい!」

「・・・」

「ハ、ハルミ?酔ってるの?」


サリーさんを無視して私はフォークについてるチーズケーキを一口で食べ、

お皿に残ってるチーズケーキの上半分を、フォークで突き刺した。


「美味しい!」

「・・・ありがとう・・・」

「マックス!ゲイのくせして無理に女と付き合うなんて、ゲイの道に外れてるわ!

邪道よ、邪道!」

「・・・」


私はチーズケーキの上半分も口に放り込むと、

もごもごしながら「ごちそうさまでした!」と言って、

ポカンとする2人を尻目にお店から出て行った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ