第16話 好きな人
大会社の重役が女の子を連れて行くバーって言うと、
超高層ホテルの最上階の薄暗くって雰囲気のあるバー、ってのを想像しがちだけど、
マックスが私を連れて行ったのはそんなところじゃなかった。
バーって言うより女の子向きのレストランといった感じの明るいお店で、
椅子は全てソファ。
テーブルもそれにあわせて猫足のローテーブルだ。
食事をするのには向かないから、やっぱり飲む専用のお店なんだろうけど、
まるで自分の部屋のようにリラックスできる。
お客の半数は女同士、残りの半数はカップル。
・・・。
「どうしてマックスがこんな店を知ってるんだろう、って顔してるね」
「えーっと」
私はキョドキョドしながらメニュー表に目を落とした。
バレバレじゃん。
でも幸いなことに、私が言い訳を考える間もなく、
その答えが自らやってきてくれた。
「こんばんは、マックス。随分かわいいお連れさんじゃないの」
独特の柔らかさを含むハスキーボイスに顔を上げると、
30代くらいのスマートな女性がマックスの横に立っていた。
顔やスタイルは明らかに日本人だけど、
胸元の大きく開いた黒いTシャツや、長いドレッドヘアがとてもよく似合っていて、
身にまとっている雰囲気は完全にアメリカ人だ。
多分、こっちの暮らしが長いんだろう。
「ああ、サリー、久しぶり」
マックスがソファから立ち上がろうとすると、
サリーという女性はそれを手で軽く制して、自分がマックスの横に跪いた。
と、同時に2人が頬にキスしあう。
・・・まあ、親しい者同士の当たり前の挨拶だ。
こんな光景あちこちで見てるのに、
思わず目を逸らしてしまう。
「来てくれて嬉しいわ」
「サリー、こちらはハルミ。ハル、彼女はサリナ。この店のオーナーなんだ」
大きな口とぽってりとした色っぽい唇が印象的なサリーさんは、
笑顔で右手を差し出した。
「初めまして、ハルミ。あなた、日本人?」
「初めまして。はい、日本人です。留学してきました」
「そうなの。私も日本人だけど、10歳からずっとこっちに住んでるの。
でも日本にもちょくちょく帰ってて、その時こんな感じのお店を見つけて、
『アメリカでもこういうお店は絶対流行るはず!』と思ったの。
マックスにはオープンの時、随分お世話になったのよ」
言われてみれば確かに、このお店の雰囲気というかスタイルは日本的だ。
「和」という意味ではなく、日本にあるカフェって感じ。
だからマックスは、私をここに連れてきてくれたのかもしれない。
っていうか、絶対そうだ。
マックスってそういう人だ。
サリーさんはちょっとなじるようにマックスを見た。
「でも、マックスったら全然お店に来てくれないのよ」
マックスが肩をすくめる。
「こんな店に男一人で来れないだろ」
「カモフラージュでも彼女を作って来てくれたらいいのに」
「カモフラージュなんて面倒臭いよ」
どうやらサリーさんはマックスがゲイだと知っているらしい。
それにしても、マックスが「面倒臭い」だなんて言うなんて・・・
この2人、本当に仲が良いんだな。
でも、マックスに限れば、女性であるサリーさんは本当にただの「友達」な訳で・・・
さっき「マックスがゲイじゃなければ」と思ったくせに、
今はそのお陰でちょっとホッとしている私。
恋する乙女は自分勝手なのよ。
ほっといてちょーだい。
私が一人で勝手に鼻をならしていると、サリーさんが再び私の方を見た。
「ハルミはマックスの彼女なのかしら?」
「いえ。そうなれたらいいなーと思ってますけど」
「私、正直な子って好きよ。一杯サービスしてあげる」
そう言ってサリーさんは、星が飛んできそうなウインクをした。
「姉御肌ってああいう人のこと言うのね」
「そうだね。ハルも意外とああいうタイプだと思うけど」
お酒が飲めると言ってもカクテル限定の私は、
サリーさんがサービスしてくれた甘めのカルアミルクをせっかく美味しく頂いてたのに、
マックスの言葉でむせた。
「私が姉御肌!?」
「うん。普段は甘え上手だけど、
いざって時は『私がやらずに誰がやる!』って感じになりそう」
「そうかな」
そんなこと初めて言われた。
いっつも湊君に「もうちょっとしっかりして下さいよ!」って怒られてばっかりだもん。
「ユリアに対してがそうだよ」
「ああ・・・だってユリアちゃんてほっとけないんだもん」
「ほら、そういうところだよ」
「なるほど。今度湊君に『私だってしっかり者なのよ!』って言っとかなきゃ」
「あはは。ミナトに『どこが?』って言われそうだね」
何故かちゃっかり湊君のキャラを分かってるマックスは、
私が名前も聞いたことが無い透明のお酒を飲んでいる。
グラスの底からプチプチと泡が出てるから、炭酸系のお酒なんだろう。
「話しておきたいことがあるんだ」
マックスが少し声を落として改まる。
「何?」
「ハルはミナトのことといい、ユリアのことといい、ちょっと誤解してるみたいだから。
僕は確かにゲイだけど、好みはかなりうるさいんだ」
真面目腐ってそういうマックスに私は思わず笑った。
「それって湊君やユリアちゃんじゃ物足りないってこと?」
「そうじゃない。・・・いや、そうかな。でも、ミナトとユリアだけじゃない。
どんな男性でも・・・多分、女性でも、僕にとっては物足りないんだ」
「・・・どういう意味?」
マックスが舌を濡らす程度にお酒を飲んだ。
私も一口飲む。
飲みたかった訳じゃないけど、
これからマックスが本当は言いたくないことを、
普段は心の奥底にしまってあることを、話してくれるような気がしたから、
自分の中で覚悟をしたかった。
そのためにお酒を飲んだ。
甘いはずのカルアミルクが少し苦く感じる。
「僕が今まで好きになった人は一人だけだ。それが日本人の男の子だった。
それで僕は自分がゲイだって気付いたんだ」