第14話 違い
ユリアちゃんは右手右足を揃えて歩いた。
目は好奇心でキラキラし、頬は上気している。
「何をそんなに緊張してるのよ?」
「だって!お姉様のフィアンセに会うんですよ!緊張しますよ!」
「・・・」
フィアンセ、ね。
私は木枯らしの吹く夜道を急ぎながら、苦笑いした。
12月に入ったばかりの昨日、
ようやくマックスから連絡が来た。
だけど開口一番、マックスは「ごめん」と謝った。
私はてっきり「やっぱり結婚はできない」と言われるのだと覚悟したけど、そうじゃなかった。
「申し訳ないんだけど、まだ決めかねてるんだ。優柔不断で本当にごめん」
「優柔不断だなんて、そんな・・・」
結婚するかしないかなんて、誰にとっても大きな決断だ。
マックスにとってはアイデンティティの問題でもある。
迷って当然だ。
「それで、一度食事でもどうかな」
「私のことを知るために?」
「それもあるけど、
母が『いつまでハルミを放っておくつもり!?逃げちゃうわよ』ってうるさいんだ」
「ええ?あはは」
正直だなあ、マックス。
日本人の男の人は、母親にそんなことを言われただなんて隠しこそすれ、
口が裂けても言わないのに。
私がベッドの上で携帯片手に笑い転げていると、
突然部屋の扉が開いた。
私の部屋と隣のサービスルームの間にある扉だ。
そこから顔を出したのはもちろんユリアちゃん。
って、どうしてそんなに鼻の穴を膨らませてるわけ?
『お姉様!ユリアも行きます!』
ユリアちゃんが口パクで話す。
ちなみにここに住み始めてから、ユリアちゃんは何故か私を「お姉様」と呼んでいる。
・・・恥ずかしいんですけど。
『はい?』
『その電話、お姉様のフィアンセからですよね!?』
『うん』
『やっぱり!ユリアも行きます!』
『・・・』
ユリアちゃんも、どっかの誰かと似ていて言い出したら聞かない。
私は仕方なくマックスにお願いすることにした。
「妹も連れて行っていいかな?」
「妹?ハルは一人っ子でしょ?」
「妹・・・分」
「あははは、ハルの周りには弟分やら妹分やら、色々いるね」
正確にはコレも弟分ですけどね。
まあ、電話でそこまで説明する必要はないだろう。
マックスは予想通り快く「もちろんいいよ」と言ってくれた。
と、いう訳で、今日こうしてユリアちゃんと一緒に、
マックスと待ち合わせしたレストランへと向かっているのだ。
「お姉様。ちょっと聞いてもいいですか?」
ユリアちゃんが白い息を吐きながら言った。
「どうして湊さんはお姉様のフィアンセのことを嫌ってるんですか」
「ああ、聞いてないんだ?マックスはゲイなの」
「ゲ、ゲイ!?」
ユリアちゃんが立ち止まって目と口を同時に開く。
レディボーイにそこまで驚かれるとは心外だ。
「ええ!?どうしてゲイと結婚するんですか!?」
「好きだから」
「そ、そうですか・・・」
そう言いつつ、ユリアちゃんの目はまだ元の大きさに戻らない。
「・・・驚きました」
「それが狙い」
私がおどけてそう言うと、ようやくユリアちゃんは笑った。
「さすがお姉様です!」
「でしょ?・・・ねえ、私も一つ聞いていい?」
「はい」
「レディボーイとゲイは違うの?」
ユリアちゃんがキョトンとした。
ユリアちゃんと暮らし始めて1週間。
最初から忘れてたけど、私はユリアちゃんが男の子だということをすっかり忘れていた。
だってユリアちゃんとの生活は完全に女の子同士の生活だ。
何の気遣いも必要ない。
さすがに私は部屋の中を裸でウロウロすることはないけど、
それは本物の女の子と暮らしてても同じだもんね。
だけど、私が何の気遣いもしなくていいのは、
ユリアちゃんがさりげなくそれなりに気を遣ってくれているからだろう。
ユリアちゃんに私の家に住むよう勧めたのは、
元はと言えばユリアちゃんを湊君から引き離すためだったけど、
(ユリアちゃんは男の子なんだから、そんな必要なかったんだけど)
今となっては、私は純粋にこの生活を楽しんでいる。
そしてそれは、時々私を懐かしい気分にさせるものでもある。
日本で海光中学・高校に通っていた頃、
私は同じ先輩とずっと同室で寮生活を送っていた。
その先輩はユリアちゃんとは全然タイプが違って、
真面目で学校一の秀才で、お洒落や恋愛なんかに全然興味の無い人だった。
でも、何故か私とその先輩は気が合って、よく夜遅くまでおしゃべりしてたっけ。
ユリアちゃんと一緒にいると、ふと当時のことを思い出す。
だけどユリアちゃんとのガールズトークの内容はもっぱら洋服と男の子のこと。
そして「男の子のこと」というのは90%が湊君のことだ。
そりゃそうよね。
ユリアちゃんは現在進行形で湊君に恋してるし、
私も過去形で恋してたし。
湊君の話題で盛り上がらない訳が無い。
「レディボーイとゲイの違いですか・・・」
ユリアちゃんがしたり顔で腕を組む。
「レディボーイは自分を女の子だと思ってるから当然男の子を好きになる、
ゲイは自分のことを男だと自覚している上で、男の子を好きになる、ってとこですかね。
でも、身体の性別だけで考えると、
レディボーイもゲイも男が男を好きになるって言う意味では一緒なのかな」
「うーん。難しいね」
信号に引っかかり、私は雪が降りそうな灰色の空を見上げながら唸った。
「でもユリアは基本的に男の子が怖いです。
乱暴だし冷たいし、ユリアのこと軽蔑するし。
湊さんのことは好きですけど、男の子として好きっていうより、
お兄さんみたいな感じ・・・テレビの中のアイドルに向かってキャーキャー言ってる感じです」
それは、この1週間ユリアちゃんを見てきて私もそう思った。
ユリアちゃんは湊君に恋してるけど、
それはアイドルに対する憧れみたいなもんだ。
本気の恋愛じゃない。
だから湊君も悠々と構えてられるのだろう。
でももしユリアちゃんが誰か男の子に本気で恋したら、
ユリアちゃんもマックスのように苦しむのだろうか。
そんなユリアちゃん、かわいそうで見てられない。
横断歩道を渡り、住宅街の中を少し歩いたところでユリアちゃんが足を止めた。
「あ。もしかして、あの人ですか?」
見ると、洒落たバルコニーが目立つ白いレストランの前にマックスが立っていた。
マックスも私達に気づき、笑顔になる。
・・・久しぶりのマックスだ。
私はなんだかホッとした。
ドキドキはしない。
ただホッとして、顔が勝手に綻ぶ。
なんなんだろう、このあったかい感じは。
私は歩調を緩めた。
「こんばんは、マックス」
「こんばんは。ずっと連絡もしなくて悪かったね」
「ううん!私、お腹すいちゃった!」
「ハルはいつもお腹をすかしてるね。子供みたいだ」
マックスはそう言ってまた笑った。
その笑顔こそ、まさに子供のように無邪気なものだった。