第13話 引っ越し
「なんとかして」
「もう手遅れです。春美さんが言い出したことなんだから、自分で責任取ってください」
荷物をまとめてきます!と、
凄い勢いでカフェテリアを飛び出して行ったレディボーイの背中を見送った後、
(というか、呆然と見ていただけだけど)
私と湊君はユリアちゃんを追いかけるべく、湊君のアパートへ向かっていた。
でも、湊君だけでなく私も「手遅れ」だと感じているので、
歩くペースはのんびりだ。
それでも一応文句は言ってみる。
文句くらい言わせてくれ!
「ユリアちゃんがレディボーイだなんて聞いてないし」
「俺もすっかり忘れてました。どう見ても女ですからねー」
でも多分湊君は、頭のどこかでユリアちゃんは男だという意識があるから、
ユリアちゃんに対して無意識にサバサバした態度を取っているのだろう。
男友達にそうするように。
「第一、ユリアって女みたいな名前はなんなの?本名?」
「まさか。本名は拳四郎です」
「けん・・・」
「お父さんが『北斗の拳』の大ファンで、息子に拳四郎って名付けたそうなんですけど、
父の勧めで『北斗の拳』を読んだ息子の拳四郎は、何故かヒロインのユリアに憧れてしまい、
自分のことをユリアと名乗るようになりました。ちゃんちゃん」
ちゃんちゃん、じゃなーい!
ていうか、不憫だな、ユリア父。
まさか拳四郎がユリアになろうとは、夢にも思ってなかっただろう・・・。
「でも、日本じゃまだレディボーイに対する風当たりは強いですからね。
ユリアのお父さんはそれを心配して、ユリアをこっちに留学させたんです。
ついでにユリアを拳四郎に戻せたらと、ユリアを男子校のU高校に入学させたんです」
そうだった!U高校って男子高じゃん!!
やられたーっ!!!
「それで住むところも男とルームシェアできる湊君とこのアパートになったって訳?」
「そうです。俺は最初、日本人と同室になるって聞いて気が進まなかったんですけど、
そういう事情なら、いきなり外人の男ばかりの部屋に入れられるのもかわいそうだなと思って」
「なるほど。でもユリアちゃん、湊君に惚れてるみたいじゃない。湊君て、美少女にモテるよね」
湊君の眉間にキュッと皺が寄る。
この目もリザ曰く「かわいい」らしい。
「・・・春美さんがそれを言いますか」
「貞操の危機はないの?」
「ありません。ユリアが俺を好いているのはブラコンみたいなもんですよ。
ただ、ユリアの心は完全に女です。俺は無理して男に戻すことないと思ってます。
ユリアはユリアらしく生きていけばいいんですよ、その方がユリアにとって幸せです」
「ふーん。随分とレディボーイに対して理解があるのね。同性愛者にはないのに」
「・・・」
とたんに湊君が口を噤む。
意地悪なことを言っちゃったかな。
でも私も、身体が男でも心が女なら、ユリアちゃんは「女」だと思う。
だったら一緒に住んでも全然問題ないよね?
ユリアちゃんもそうしたいって思ってくれてるし。
「・・・俺は別に、同性愛者に理解がない訳じゃないし、軽蔑してる訳でもありません」
「ふーん」
「でもやっぱり、春美さんがゲイと結婚するっていうのは納得できません」
「それってつまり、自分と関係ないところにいる同性愛者は許せるけど、
自分の近くにいる同性愛者は許せないってこと?ありがちよね」
思わず口調が強くなる。
湊君を責めるつもりはないし、
マックスと知り合わなければ私も湊君と同じ考え方だっただろう。
でも、マックスは「同性愛者だ」と一括りにできる人じゃない。
ううん、誰だってそうだ。
一言でその人の全てを表すことなんて、できるはずがない。
結婚において、同性愛者かそうでないかはとても重要なことだろうけど・・・
マックスがもし同性愛者でなければ、
マックスは今のマックスではなかっただろう。
私も好きにならなかったかもしれない。
好き?
好きっていうか・・・うーん、なんて表現すればいいんだろう、この気持ち。
ただマックスと一緒にいたい、一緒にいてあげたい。
そんな気持ち。
私と湊君はそれぞれ違うことを考えて黙ったまま、
湊君のアパートまで歩いた。
「このボレロ、超かわいい!」
「でしょー!?表参道のショップで見つけたんです!」
「表参道のショップ?やっぱユリアちゃんはお嬢様ねー」
私に悩む時間も与えず、ユリアちゃんはその日のうちに私の部屋へプチ引っ越ししてきた。
で、ユリアちゃんの鞄の中の物を、クローゼットにしまうのを手伝ってたんだけど、
「掃除中に昔のアルバムを見つけちゃいました」的雰囲気で、はかどらないはかどらない。
ちょっとかわいい服とか小物を見つけては大騒ぎだ。
「この帽子もかわいい!」
「それはこっちのアウトレットで買ったんです」
「アウトレット!?車で行ったのよね?電車じゃいけないもんね?」
「はい。高校の先輩で車持ってる人がいて」
「いいなぁ」
「春美さんも今度一緒に行きます?」
「うん!あ、足りない物があったら、取り合えず私の貸してあげるから言ってね。
日用品でも服でも靴でも・・・って、服はこんなに持ってたら、貸す必要ないか」
ユリアちゃんはスーツケースと大きなボストンバックを一つずつ持ってきたけど、
その中はほとんど服と靴と化粧品だ。
うーん、天晴れな女心。
「ありがとうございます!春美さんも、ユリアの物、何でも・・・」
と、ユリアちゃんが突然言葉を切って涙ぐんだ。
「ど、どうしたのよ、急に?」
「すみません・・・嬉しくって」
「嬉しい?」
「はい」
ユリアちゃんは目に涙を湛えたまま微笑んだ。
思わず抱き締めたくなるほどいじらしい笑顔だ。
「ユリアは一人っ子だから、こういう姉妹みたいな会話にずっと憧れてたんです。
でも女の子達はユリアのことを女の子として見てくれなかったし、
男の子達は気持ち悪がるだけだったし・・・。
ユリアにこんなに普通に接してくれたのは、湊さんとユンさんと春美さんが初めてです。
嫌々だったけどアメリカに来て、本当によかった」
「・・・」
忘れてた、ユリアちゃんは男の子だったんだ。
だって、湊君も言ってたけど、ユリアちゃんの心は本当に女の子だ。
ユリアちゃんはたまたま見た目もかわいいけど、
もし見た目がイカツイ男の子でも、ここまで心が女の子なら、
私はユリアちゃんが男の子だということを忘れてしまうだろう。
ユリアちゃんはちょっと照れくさそうに言った。
「でも実は、あのアパートはちょっと居心地が悪かったんです」
「どうして?」
「変に思うかもしれませんけど、ユリア、男の人に裸を見られるのが嫌なんです。
男の人の裸を見るのも。身体は同じなのに・・・変ですよね」
「・・・」
「湊さんとユンさんも気をつけててくれましたけど、きっとちょっと気疲れしてたと思うんです。
ユリアも、2人にそんな気を使わせてしまって申し訳なく思ってました。
あ、でも、ここでも一緒ですよね・・・ユリアは春美さんに裸を見られても平気ですけど、
春美さんは見るのも見られるのも嫌ですよね・・・ごめんなさい」
私は笑った。
ユリアちゃんにとっては真剣な悩みだから笑っちゃいけないかもしれないけど、
思わず笑ってしまった。
「私はユリアちゃんに裸を見られても平気。だってユリアちゃんは女の子だもん」
「春美さん・・・」
「だけどやっぱり、ユリアちゃんの裸を見るのは困っちゃうかな。目のやり場に」
「ふふ、そうですね。それだけは気をつけます」
それから私達は賑やかにおしゃべりをしながら、
2時間以上かけてユリアちゃんの荷物を片付けたのだった。