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冷遇武家に転生した俺は下剋上を成し遂げる  作者: 山根丸


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5/6

 物の本によれば、昔の夏は涼しかったという。


 排気ガスが今と比べ物にならず、小氷河期なる時期は、40度を超える猛暑は存在しなかったのだと。


 うむうむ。なるほど。


 ・・・適当なこと言いやがって!


 俺は、巨馬の上でうなだれていた。


 あっつい!


 やばい!


 あつい!!!!


 炎天下のなかえっちらおっちら道を進む。日陰はあちこちにあるというのに、馬や荷車が通れないので日向の道を進むことになる。


 その道にしたってアスファルトで舗装された現代とは別物だ。でこぼこのぐちゃぐちゃ。田んぼを歩くよりはましかな、程度である。


 あつ、あつい、あつあつ、あっつ


「貞世様っ。」


 ぐでんとしていると叱責が飛んできた。


「仮にも武士が、そのようなことでどうするのです!しゃんとなさいませ!」


「うあー」


 ぼろが出ようか知ったことか。俺は暑いのだ。


 ぎゃんぎゃんと吠える爺やを無視して馬に横たわる。その馬にしたってけっこうな温かさだ。こいつも人間の都合で炎天下にさらされてつらかろう。


 うなだれていると、背後の足軽が服をぱたぱたしているのが目に留まった。


 懐かしいわ。俺も教室でよくやった。下敷きで風を送り込んだり。


 ノスタルジックな心境に浸っていると、天啓がおりてきた。


 ばっ


 跳ね起きると、いそいそと具足を脱ぎ始める。


 暑いなら、着なきゃいいのだ。


 こんな重くてじゃまなもの、とっととおさらばである。


 馬上で器用にうんしょうんしょと脱いでいると、爺やがガチな感じで貞世をつかんだ。


「貞世様っ!」


 鬼の形相である。


「今、襲撃を受けたらなんとするのか!御身は今川の名代なのだぞっ!」


 ふっ


「そのときは、頑張って逃げよう。」


 言い切ると、俺は馬の上に立つ。


「お前らも脱いでいいぞー」


 行列の足軽・中間その他の雑兵たちから歓声があがる。


 爺やはわなわなと震えていた。


「ふざけた態度は変わらんかっ。」


 む、お前が言うから自然体でいるんじゃないか。


 言葉には責任が伴うのだよ。ふははは。


 熱気でぼうっとした頭は謎のテンションを維持していた。


 がばっと体をこちらに向け、殿村が大きく息を吸う。


 貞世が身構えたその時、場違いな美声が飛んできた。


「あっはっは。柔軟な発想ですね。」


 長い黒髪を後ろで結わい、右手に大弓を携えた青年。


 爺やが吸った空気をこぼすように呟いた。


「細川、頼之。」


「こんにちは!」


 爽やかな笑顔とともに、彼は姿を現した。


 ※


 爺やのお話は多岐に渡った。


 昨今の情勢にはじまり、我が家の立ち位置(今川家というらしい)、直冬方の武将(戦の相手は直冬というそうだ)、戦力、姻戚関係、今回の戦の意義、具体的な行動日程等々。


 その中に、足利尊氏の重鎮たちも登場した。


 血縁の濃さと現当主の活躍で急速に隆盛したその一族は、京都に窓口を設置した。


 他家との交渉、足利家との折衝、朝廷への対応。


 そのすべてを統括するのが、細川頼之。『阿波の光源氏』の異名をとる男だ。


 ※


 瞼を閉じる。


(「光源氏?」「左様。」「高貴だから?」「いいえ。」「・・・となると。」「ええ。女癖の悪さは、当代一との噂です。」)


 瞼を上げた。


 きらり、と効果音を立てて真っ白な歯を見せてくる。


 歯磨き粉もないのになんで白いの?


「噂に名高い頼之殿に、お目にかかれて光栄です。」


 動転しながら、なんとか頑張った。


 言い切ってから気づく。「噂に名高い」って侮辱か?


 冷や汗を掻いたが杞憂だった。当の本人は気恥ずかしそうに頬を掻くのみである。


「いやーお恥ずかしい。都の外にまで噂が届いているとは。」


「あはは。もちろん噂は噂に過ぎないこと、われらとて承知しております。」


 ・・・いよおし。うまい具合に修正できた。


 さりげなく「噂」のワードを弱め、かつ今川家の寄り添い姿勢を示すファインプレーである。


「ほう。ちなみに駿河だとどのような?」


 頼之が興味深げに身を乗り出した。爺やから話を聞いて俺も爆笑したものだ。


 今も昔も噂には尾ひれがつくらしい。


「ええ。駿河では、御友人の母娘叔母姪姉に妹果ては祖母や曾祖母に至るまでかいなに抱いたと伝わっています。」


 すごい盛ってあるでしょう?と含みをもたせた笑いとともに俺はしゃべった。


「おや、正確ですね。」


 ・・・ん?


 俺はぱちくりと目を瞬かせる。


 爺やがあちゃーとひたいに手をやった。


「き、聞き間違いですか?」


「いいえ?」


 何を聞いているんだい不思議そうな顔をされた。


 正確?正確って言った?


 ・・・あれ実際の話?


 パニックである。動転である。


 いかに性に奔放そうな時代とはいえ、まさかそんなわけはあるまい。


 俺は無意識に抱えている常識とのギャップに悶えていた。


 そんな俺の心理状態を知ってか知らずか、頼之はため息をついた。


「私は一途なだけなのですが、噂ばかりが先行してしまって。」


「一途、ですか?」


「ええ、一途です。おうめ、ああ、件の友人の娘なんですがね。彼女と恋に落ちまして。反対する家族の方々に私の良さを伝えれば納得していただけると思ったのですが・・・」


「良さを、伝える。」


「ええ!男の良さと言えばやはり床の強さでしょう。手っ取り早いしわかりやすい。最初はひとりひとり向き合っていたのですが、次第に複数とこなすようになりまして。いやー二月ふたつきほどするとおうめが甘えてくるようになりましてね。女の妬みは怖いと言いますがなかなかどうして興奮するもので『頼之様!』・・・うん?」


 こほん、と頼之の背後に控えていた少年が咳払いをした。


 頼之は我が意を得たりとうなずいた。


「ああ、彼は件の一族の子なんですよ。私の友人の甥にあたります。」


「・・・おお。」


 気の抜けた返事しか出ない。なるほど少年は整った顔立ちをしていた。


 少年は気恥ずかしそうに身を揺らしながら頼之に近寄る。


「早急に御屋形様の下へ向かわねば。」


「おお、そうだね!」


 では後ほど、と頭を下げて頼之が去っていった。


 ・・・


 キャラ、濃いなあ。


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