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この短期間で気づいたことが二つある。
ひとつは自分は存外役者に向いているということ。
もうひとつは初対面の人には今までの自分などなにも関係ないということである。
そう、だから、ぼろを出すかもと戦々恐々としていた当初と比べ、初対面の爺様と二人きりの今、心安らかに過ごせる。はずであった。
「貞世さまっ。」
「・・・はい。」
「聞いておりますかな?」
「・・・もちろんです。」
よろしい、と満足げに頷いて、爺様は話を再開した。俺が発言に間を置いた理由など気にも留めないようだ。
怖いおっさんと対面した後、あれよあれよと着替えをさせられ、あれよあれよと馬に乗せられ、大勢の男たちと共にどこかに向けて出発した。
精々読み物でしか知らないが、「戦」に出るのには準備がいるのではと首をかしげたが、なんということはない、俺が初陣を行うことを出発直前まで知らなかったのは俺だけだということだという。
ふう、とため息をついた。次男坊って案外立場が低いのか。
で、己の何倍あるかわからない巨馬に揺られながら、三郎と呼ばれていた爺様のお話をひたすらに聞いている次第である。
とにかく話が長え。
当初は話題は新鮮で、かつ何が何だかわからないからとにかく情報を得ようと話を聞いた。積極的に質問もした。
その姿勢がまずかったのだろうか。屋敷を出発して十日が経つというのに、爺様はひたすらに話を続けている。
昨今の情勢にはじまり、我が家の立ち位置(今川家というらしい)、直冬方の武将(戦の相手は直冬というそうだ)、戦力、姻戚関係、今回の戦の意義、具体的な行動日程等々。微に入り細を穿つの語句はきっとこの為に生み出されたのだ。
延々と続く熱弁はついに武士の心構え編に突入した。はじめのうちは目新しい情報と丁寧な語り口に惹かれたが、そろそろ情報過多でパンク寸前、疲労で身体はシオシオである。
茹蛸になるかスルメになるか、運命を迫られた俺は、話題を転換することにした。
自分から話始めれば、多少は気もまぎれる。
「三郎。」
「む、なんですかな。」
出陣前に食べる昆布のありがたみについてとうとうと語っていた殿村三郎は、やや不思議そうに貞世の顔を見た。ともかく話題を転換したい。よろこんぶってなんやねん。
「あー、直冬殿はどういった御方ですか?」
三郎は渋面をつくると、咳ばらいをひとつした。
「直冬殿は直義様の聡明さと尊氏様の豪胆さを併せ持った御方です。お強いですぞ。」
貞世は感嘆する。聡明で豪胆とは、超人ではないか。
「・・・そんな方を誅伐しに行くわけですか。」
「ですな。傘下も桃井様はじめ建武以来の歴戦の勇士。一筋縄ではいきませぬ。」
まじかあ。やだなあ。
貞世が悲嘆にくれていると、三郎が目を細めた。その目尻に刻まれた深い皺の一本一本に、これまで斬ってきた敵の断末魔が染み付いているかのような、厭な圧迫感がある。
怖気づくなというのであろうか。
「ところで貞世様。」
「なんですか?」
「某は、70になります。それだけ、経験を積んでいるわけですな。」
「はい。」
「当然人とも会ってきた。ゆえに、ある程度ものの見方というものに自信があります。どう見られるか、ということも。」
「そうですね?」
何の話だ。
「その、取って付けたような敬語はやめなされ。不快以外のなにものでもない。」
ぱちくりと、目を瞬かせる。
「どのような意図があるかは存じませぬ。しかし貞世様。あなたは今川家の名代としてここにおられる。あなたの評判が今川家の評判なのです。今川の息子はふざけたやつよと噂されては、御屋形様にもご迷惑がかかるのです。」
「・・・」
「無礼というのは、形式ではない。心根ですぞ。」
「・・・なるほど。」
「ゆめゆめお忘れなきよう。」
「・・・わかった。」
三郎が、渋面のまま離れていった。




