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「っ」
激痛が走る。見ると俺の左腕を武者がつかんでいた。
痛いっ
「ご無礼を。」
武者はそういうと俺を襖から引っぺがし、べたべたと身体を触る。
もう片方の武者にアイコンタクトをとり、うなずいて引き下がった。
呆気にとられていると、もう片方の武者が襖をするすると開けた。
小声で「平伏をっ」という声が聞こえる。あわてて座りなおし、頭を下げる。
同時に両脇の武者が声を上げた。
「今川次郎貞世殿っ、入られますっ。」
平伏したまま、風を感じる。
襖が開けきられた。
どきどきどき
どきどきどき
「おおっ。」
どきどき・・・おお?
「よおきたなあ。さ、早う。」
陽気な声が聞こえた。
小声でお早くっ、と声がかけられる。
「頭なんぞ下げるな。さっ。」
俺は恐る恐る顔を上げ、部屋の主を見つめた。
周囲の武者たちよりさらにでかく見える。
ひげ面の男が満面の笑みを浮かべて手招きしていた。
※
「失礼いたします。」
「うむ。」
一歩一歩、確かめるように歩き、ひざまずく。
へりって踏んじゃダメなんだっけ、た、畳ってどれふんでいいの?座るときに礼儀作法とかありそうっ。就活のマナーで大丈夫?打ち首にならない?
びくびくしながら座るが、とくに何もなかった。
冷や汗でべちょべちょになった肌着が気持ち悪い。
今気づいたが、俺和服だ。
甚兵衛とも違う、不思議な感じ。
「おっ、お呼びとのことですがっ。」
やべ、声が裏返った。打ち首?打ち首かな?
「お主はいつも簡潔だな。」
載氏は無駄話ばかりだ。とからから笑う。
・・・だれぇ!?のりうじって誰っ?漢字もわかんないよっ。
やけくそハイテンション。人間追いつめられるとハイになるらしい。
知らなくてよかったのに。
「実はの。」
目の前の男が扇子を閉じる。
「お主の初陣が決まった。」
ふーん初陣ね。
初陣?
えっ初陣!?
俺はびびる。初陣ってことは戦に行くってことだ。あらやだ構文使っちゃった。
俺の動揺に気づいたようで、ひげ面の男はにんまりと笑った。
「さすがのお主も動じるか。」
ええ、動じてますとも。まあ《《さすがのお主》》とは別人ですが。
「よいよい。お主の困惑もよおわかる。鎌倉の頃ならいざ知らず、今日日シモの毛も生えとらん小僧が戦に出ることなんぞないからの。」
しものけ・・・あっシモの毛ね。・・・セクハラ親父め。
「生えとらんだろ?」
どうなんだろ
うつむく俺を見て、恥ずかしがっているとでも思ったのか、ひげ面の男は呵々大笑した。
「のう、お主は聡い。己の境遇を理解していよう。」
・・・俺の境遇?
俺は顔を上げる。
「武家にとって、次男三男は長男の替え、家臣も同然よ。家督を継ぐ者との差は、生涯埋まらぬ。」
へえ、そうなんだ。
・・・ああ、武家なのか。道理で怖いお兄さんが控えているわけだ。
ちょんまげだし。今の流れからすると俺《貞世》はこの家の次男か三男らしいな。ふむふむ。
「鎌倉の世では、部屋住みたる己が身を嘆いて身を投げる者すらいたという。だがな、例外が一つある。」
「例外。」
「おう、例外だ。」
なんだろ。
ひげ面の男は身にまとう穏やかな雰囲気を一変させ、獰猛な笑みを浮かべた。
「他の者から、奪うのよ。」
「・・・は。」
「敵を倒して土地を奪うもよし、武功を挙げて兄の地位を奪うもよし。武力をもって己が身を立てる。これこそが武士の武士たるゆえんよな。」
ぶ、物騒っ!
野蛮ですね。と言うわけにもいかない。なにか当たり障りのないことを・・・
「武士は、守るものと習いましたが。」
あ、習うって言っちゃった。この身体《貞世》が習ってなかったらどうしよ。
「ふん。」
ひげ面の男が鼻を鳴らした。杞憂だったらしい。
「坊主共のきれいごとを真に受けるな。平安の世からこちら、武士とは奪うものだ。」
「それは・・・父上もですか?」
ひげ面の男は目を細めた。
「知りたいか?」
「・・・いえ。」
ぞくりと、背筋が凍った。
好奇心、猫を殺す。
聞かないほうが良いこともある。俺は反射的に返事をしていた。
「そうか。」
ひげ面の男は座りなおすと、また口を開いた。
「鎌倉は落ちた。京は抑えた。楠木も新田もことごとく滅び、師直様も直義様も打ち取られた。足利の世は、揺らぐまい。早晩秩序が敷かれ、世は安定する。」
「わかるか?」父上が語りかけてくる。
「高い立場は高いまま、低い立場は低いまま、その生涯を終えるのだ。」
こくりとうなずく。なるほど、令和と大して変わらんな。
「いかんな。」
「・・・は。」
な、なんだ。何をしくじった?
「お主、納得しているな?」
「はあ。」
まあ、そうだ。生まれた時から差はある。羨んだって仕方ない。
「いかん。いかんぞ。」
「なにがでしょうか。」
「恵まれていない者はな、立ち上がらねば得られんのよ。」
俺は頷く。たしかに一般家庭から身を立てた人物は総じて行動力があると聞く。
その様子を見て、父上が溜息をついた。
「まあ、お主にもいずれわかるときがくる。だがな、あまり悠長にしとる余裕はないぞ。この世は治まろうとしているのだ。」
父上が立ち上がり、手を叩いた。
襖が開き、小柄な老人が現れる。
薄くなった髪を整え、ひげをたくわえた翁。
「戦のすべてをこやつに学べ。三郎、万事任せた。」
老人は深々と頭を下げた。




