寿命の世界 1
「ん?また寝てしまっていたか」
既に窓の外は暗くなり、回る換気扇が主張するのみである。
冷蔵庫を開けるが何も入っていない。
「何もない。取り合えず何か食べに行くか」
外に出ると冬の寒さが身に染みる。
もっと上着を着てくれば良かったか?取りに行くの面倒くさいしな。
腕を擦りながら近くのファーストフード店に駆ける。
不思議なことに家の灯りが見えず、なんだ角角しており違和感を覚える。
それは店に入っても変わらない。
薄暗く肌寒い店内は本当に営業しているのか不安になる。
当たり前のように人は立っておらず、注文用のパネルが並んでいる。
こんな店、家の近くにあったのか?
商品はサンドイッチかな?パンと肉だけの簡素な物だ。
値段としては『00:00:30』と書かれている。
これは10円ってことでいいのか、零が前にも書かれているのは何故だろう。
それにしても安すぎる様な気もするが。
レタスが挟まれた物は値段の単位が一段上がって00:01:00。
恐いし、一番安いプレーンを頼んでみよう。
『注文完了』が表示されたところで、財布を持ってくることを忘れたことに気づく。
慌ててキャンセルしようとするがボタンはなく、何だったらお金の投入口も無い。
そのまま要求されず、商品が横の受け取り口から提出される。
味があっさりしていることを覗けば美味しいもので、ジャンク感もない寧ろ健康的にも思える。
食べ終えても、店から出てもお金を要求されない。
首を傾げながら帰路につく。
「お前、あそこの店で食べたのか?」
やっぱり何かあったのか。
2、3人の兄ちゃんに声をかけられた。
「食べたら駄目でしたか?美味しかったですよ」
「凄いなお前。度胸あるな」
「それともニュース見てないのか?あそこの系列店で死者が出たって流れてただろ」
あっという間に囲まれ背中を叩かれる。
ん?聞き逃せない事あったな。
「死者?毒でも入っていたのですか?」
「毒なんて入ってるわけないだろ。時間だよ時間。掛かってる物が混じってたらしいぞ」
「恐いよな。安さと安定が売りなのに」
「あの、時間とはどういうことですか?」
時間が掛かっていたから何だと言うのだろう。
それに気づく事すら普通無いだろう。
「何を言ってるんだ?寿命の事だよ」
「どうして寿命が関わってくるのですか?」
「お前さん本当に頭でも打っちまったのか?俺たちは時間をかけて商品を作り、報酬として寿命を受け取り、他の商品も寿命を払って買う。それが常識だろ」
「機械化されて、人の費やされる時間が少ない筈のファーストフードで寿命がなくなるのが恐ろしいって話をしてるんだぜ」
「寿命を払うって何ですか?お金は?お金はどうしたんですか」
「そのまま寿命を払うんだよ。見えないけど、確かに払ってるだろ。それとお金って言うのは何だ?」
「金の事じゃないか?ほらスマホとかに使われてる奴」
「あーあ、あれか。綺麗ではあるけど重いやつね」
「良いよな、コンピューターって。最初に作ったチャールズだっけ?今も生きてるって話だぜ」
「おいおいマジかよ。もし俺が作ってたら、死ぬことなくなってたってことかよ」
仲間内で盛り上がり始めた兄ちゃん達を横目に家に戻る。
家で調べれば確かに通貨の概念が寿命に統一されていた。
オークションで値段が上がることはあるようだが、費やされた時間がほぼそのまま値段になるようだ。
だから、人の手が掛かるものは総じて高い。
ブドウは元から高かったが、一房に02:00:00以上と書かれている。
2時間は安いと思うか?スマホが10分以下の世界だぞ。
スマホのキャッチコピーはほぼ全てが省電力で埋まっている。
電気代は徐徐に寿命を削る、正にこの世界の毒になっているようだ。
取り合えず明日この世界での友人がどうなっているのかを尋ねに行くか。
あいつは機械整備を仕事にしていた筈だけど、この世界ではどうなっているのか。
日が昇るのを待って移動を始める。
夜間にも思ったが家の多くがのっぺりと角角した形で玩具のようである。
何時かのCMにあった屋根を持ち上げている家、ああいう四角に三角が乗った家が立ち並ぶ。
自動車は殆ど走っていない。
燃料を買えば寿命が削られると考えれば残当か?それで出勤に時間をかけていれば同じような気もしてしまう。
電車は動いているようだが、運転手の姿は見えない。
人の波に揺られながらあいつの仕事場に着く。
どうやら先に付いてしまったらしく、人が後ろから追い越し中へと入っていく。
「久しぶりだな。なんか若返ったか?」
この変な世界の友人が元とは違い、こっちの事なんて知らない不安感に駆られる。
「おうおう、久しぶり。お前は少し老けたか?ちゃんと仕事してるんだろうな」
元の世界の大学以来になる、この世界では何を話していたんだろう。
そう考えると何を話せば良いのか分からないな?
「俺も仕事があるからな先に入ってもいいか?」
「ああそうだな悪い。一つだけ先に聞いておきたいんだが寿命を取引に使ってるんだよな」
「?当たり前だろ。頭でも打ったのか?」
本気で心配するような目で見られる。
仕事服に着替えた友人に連れられて工場に向かう。
「あ、先輩おはようございます。また新人ですか?」
「ちげぇよ、大学の友達。なんか訪ねてきたから連れてきた」
「へぇ先輩、友達居たんすね。ずっと働き続けていたんで元からそう言う人だと思っていましたよ」
「仕事始めるぞ、タイマーを起動しろ」
「ヘイ」
「それで?お前は何で来たんだ?仕事しながらで良いなら聞くぞ」
「何から聞けば、この世界の常識を教えて欲しいんだよ。驚くかもしれないけどさ、俺は通貨が、貨幣が在った世界から来たんだよ」
「なんだそれ?精神年齢が中学まで戻ったのかよ」
「本当なんだって、国ごととか地域ごとに通貨を作ってそれで物を買ったり、仕事もそれを受け取る為に働いてるんだ」
持って来ていた財布の中身を広げて見せる。
「この金属のメダルが通貨なのか?」
「こっちの紙の方が価値は高いんだぞ、食事は千円位、スマホは七、八万とかかな」
「スマホがそんなに高いのか、それとも食事が安いのか」
「それも聞いてみたかったんだ。レタスが一枚挟まっただけで値段が倍になったんだがあれはいったい何だったんだ」
「当たり前だろそれ以外は機械が大豆から作ってるんだ。レタスは機械化がまだ完全じゃ無いんだよ。葉物野菜の完全機械化を達成できれば莫大な寿命が手に入るぞ」
「作れば手に入るのか?」
「正確には、作って人の作業時間を削減すればだな。逆に増やしてしまうといきなり死ぬなんて事もあり得るぞ。機械じゃないけど部下だって育てればその分寿命が手に入るんだ。そんなことすら忘れちまったのかよ」
「先輩こっち終わりましたよ。異常なさそうです。多分」
裏側を整備していた後輩君が顔を覗かせる。
「もっと自信持てよ。そんなんじゃ何まで経っても俺に入ってこないだろ」
「そんなこと言っちゃって、生き生きしてるじゃないですか」
「それはこの整備した機械が上手く働いてくれてるからだよ。ミスったら一気に持っていかれるが、それでもだろ」
簡単なチェックを終え、タイマーを止める。
工場長に報告している最中、一通の電話が入る。
「すいません。多分エリアマネージャーです。少し席を外しますね」
「どうぞどうぞ」
工場長が廊下に出る。
「お前の仕事ってこういうのを続けるのか?」
「まあそうだな一日1か2箇所を回ってるぞ」
「その大半が移動時間に費やされますけどね」
「それなら車を使ったり出来ないのか?燃料費考えてもお釣りが来るんじゃないか」
「今回は近いから使っていないけど、自転車ならあるぞ。あれが配備されて楽になったぞ」
「そうじゃなくて、四輪のガソリンで走る車だよ。あの、そう、馬車。昔あった馬車の代わりになった車だよ」
「馬車はまだ現役だぞ、食べさせる土地を持ってる人しか持てないけどな。荷物を持たせるなら牛車だな」
「乗ってみたいっすよね、夏とか暑くて仕方ないんすよ」
「すいません皆さんちょっといいですか」
工場長が電話口を押さえて戻ってくる。
「エリアマネージャーが皆様とも話したいそうで、よろしいですか?」
「ええはい。大丈夫ですよ」
「それではスピーカーモードに変更しますね」
『あーもしもし整備会社の皆様初めまして、この工場のエリアマネージャーになります。一分一秒も無駄にしたく無いのでこのまま私から提案をさせてもらいます。皆様にはこのまま本工場の整備を行ってもらいたいのです。ラインを止めての一斉整備です。皆様としては一気に仕事が終わってハッピー、私どもとしても一個一個呼ぶ必要が無くなってハッピー。お互いに』
「エリアマネージャー。それは、」
『工場長は黙っていてください。最終決定者は私です。それでどうでしょう?皆様としても悪い物じゃないと思うのですが』
「ええはい。良いと思うのですが、その、工場長の意見を聞かなくても良いのですか?」
「いや先輩、受けちゃいましょうよ。一々歩いてくるの面倒だってさっきも話したじゃないすか」
『おお良さげな反応で何よりです。色んな心配事はあるでしょうが、この地域の工場の最終的な決定権を持つのは私です。何かあった時には私が責任を取りますので、皆様には心置きなく働いて頂けるよう此も努力いたしますのでいかがでしょうか?』
「そこまで言われるのなら」
友人はまだ工場長の方をチラチラ見ながら了承する。
『工場長。すぐにラインを止めて整備できるようにしなさい。では皆様、整備お願いします』
「よし、後輩。出来るだけロスが出ないようにパッパと終わらせちまうぞ。友人はここで待っててくれ、流石に話してる時間ないわ」
後輩を連れ、疾風の如く駆け出していく。
工場長がどうなっても知りませんからねと小声で呟きながら、工場に停止のアナウンスを入れ、停止スイッチを押す。
すると、スマホの向こうから困惑の声が溢れ出す。
『どうなってる?私の肌が凄い勢いで老化していってるぞ。どっかの工場で機械が故障しているに違いない。整備士達が戻ってきたら掛け直してくれ』
「その老化の原因は恐らくうちですよ。もう手遅れだと思いますがね」
『は?なに、何をしたんだ?工場長』
段々と皺がれた声になる向こう側に対して、工場長は頭を振って続ける。
「一ヶ月後とかならともかく急にラインを止めれば当然のこと|でしょう?生産中の製品のどれだけが無駄になったか。今日来ているパートさん達も無為な時間を過ごす事になったんですよ。今日消費する筈だった材料も無駄になりますし」
『パートどもには昼休憩でも与えてやれば良いだろう。材料も午後からちょっと長く動かして消費しきれば良い。休憩が長くなるんだ、その分ずれ込むのはおかしな事ではないだろう』
「人の集中力は長く続かないんですよ?少ないとはいえ午前午後をバランスよく休憩取ってるんです。片方を長くすれば生産性が落ちるのは当然でしょう。そして、残業させるなんてもってのほかですよ。追加で時間を奪う事になりますし、機械だって連続稼働で予期せぬ不具合が出るかもしれない」
『じゃあ今すぐ再稼働させろ。これ以上は』
「それこそ無理な話です。整備士の皆様が危険ですし、何か詰まるかもしれない。一旦ライン上を清掃してからじゃないと」
『あ、ああ。それなら早くなんとかしろ。私の寿命が』
「あなたは即断即決で成り上がって来たと聞いていますが、今回は間違えたのです。お疲れ様でした」
『クソg』
「お見苦しいものをお見せしました。すいませんが整備が終わったら帰ってもらえますか。調整をする必要が出てしまったので」
その後エリアマネージャーの声が聞こえてくることはなかった。
あれがこの世界の死なのだろうか、一つ指示を間違えただけで寿命を吸われて死んでいく。
なんと恐ろしい世界に来てしまったのだろう。
帰り道の話は殆ど頭に入らなかった。
ただグルグルと最後の言葉が廻り続け、自宅に着くとすぐに寝てしまった。
宇宙を感じてたらこんな世界の設定を思いつきました。
値段設定考えるのだいぶ面倒ですね。




