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翌日、凌崔の言う通り、紅貴妃様の宮殿内の女官達は隕石の話で持ちきりだった。
「藍嬪様のお子様はどうなるのかしら」
「どうも藍嬪様は宮殿内から出ることを禁じられたらしいわよ」
「藍嬪様を守るための措置でもあるんだろうけれど、どうなるかしら……」
紅貴妃様付きの女官達なので、どこか他人事として楽しんでいるような口調で密やかに噂話をしている。この手の話は後宮内にいる限り日常茶飯事なのだろうな、とぼんやり考えながら、私は掃除を進めていた。
「最近よくないことが続くわね。ちょっと前もほら、後宮内で貴人様が……」
「ああ、そんなこともあったわね」
ぴくりと身体が反応し掃除の手が止まる。「よくないこと」「後宮内で貴人様が」それが姉を指すことではないかと思ったのだ。
「あれも不可解な事件ではあったわよね。毒薬の出所もわからないままだし、寵愛されていた貴人様がなぜ……」
「遺書もあったし自死だったのでしょう。後宮内で自死だなんてやめてほしいけれどね。発見した女官も精神的に参ってしまって後宮を去ったらしいわ」
「当たり前よね……仕えていた貴人様がそんな……」
「あの、すみません」
話が横道に逸れそうだったので、私は思い切って声をかけた。紅貴妃様付きの若い女官二人は怪訝そうに私を見る。
「たまたま耳に入ってしまって……すみません。その貴人様の話を詳しく聞きたいのですが」
「え……まぁ少しなら」
女官達は嫌そうな顔をしながらも、了承してくれた。
「その貴人様の名前は陽貴人様ですか?」
「あぁ、たしかそんな名前だったかもしれないわね」
(お姉ちゃん……)
後宮内で初めて姉の話を聞く。私は一つ深呼吸をして続ける。
「陽貴人様の死因は毒死だったのですか?」
「ええ、そう聞いたわ。具体的にどんな毒かまでは知らないけれど」
姉は自ら毒を飲むようなことはしない。そもそも薬を飲むことすら嫌がって逃げ回るような人だった。
もし自死を選ぶとしたら、高所からの飛び降りなどを選んだはずだ。毒薬は絶対に選ばない。
姉は自死ではない。その確信が深まって私は強く拳を握った。
「陽貴人様の遺書がどこにあるかわかりますか?」
「さあ。たいていは内務府に保管されることになると思うけど」
「内務府……」
後宮を管理する部署だ。身内だからと私が行って、遺書を見せてもらえるだろうか。
いや、家族に返還されていないのだから、見せてもらえないと考えた方が良さそうだ。
「すみません、最後に一つだけ。紅貴妃様は陽貴人様と仲が良かったですか?」
「仲が良いという感じではなかったけれど、貴妃様は陽貴人様を気に入ってはいたわよね?」
「そうね」
二人の女官は顔を見合わせて頷きあう。
「陽貴人様は陛下に寵愛されていたから、同じ貴人様や妃嬪からは嫌われていた。でも、貴妃様だけは気に入って何度か宮殿に呼んでいたし、気にかけてはいたわ。陽貴人様も貴妃様に懐いていたわよね」
「そうそう。それを皇后様なんかはよく思っていなかったみたいだけれど……」
「皇后様が……それは何故ですか?」
「だって、寵愛されていればそのうちご懐妊なんてこともあるだろうし、皇子を産めば妃嬪に位が上がるでしょう? その時に貴妃様に懐いていたら貴妃様の勢力が力をつけることになる、って警戒したんだと思うわ」
「そう……なんですか」
「だから皇后様派の妃嬪が陽貴人様に嫌がらせをしていたなんて噂もあって」
(じゃあ皇后様、もしくは皇后様派の妃嬪に殺された?)
姉は嫌がらせを受けただけで自死するような弱い女ではない。嫌がらせの仕返しをするか、まったく気にしなかったか、とにかくめそめそと悲しむような人ではないのだ。
「お話を聞かせてくださってありがとうございます」
まだ完全に大丈夫とは言えないが、紅貴妃様が姉の自死に関わっている可能性は大きく減った。自分がお仕えしている方が姉のことを気に入ってくれていたと知れて、心が温かくなる。
「そういえば貴女も陽貴人様と同じ髪の色ね。珍しい髪色だから思い出したわ」
「そう……なんですね」
貴妃様の疑いが薄くなったことで、この女官達も姉の死に関わっている可能性が低くなった。そうだとしても私が陽貴人の妹だと明かすことは危険な行為だ。
話を聞くだけ聞いて失礼だと思ったが、私はもう一度お礼を言ってその場から立ち去った。これ以上話すと私のことが発覚してしまうのではないかと思ったからだ。
私はその足でいつも凌崔と会う建物に向かう。そこにはしっかり凌崔がいた。
「おう」
「凌崔……」
「おいおい、凌崔は暇なの? って言おうとしただろ夏珠! 暇じゃない、たまたまだ!」
そう言って凌崔は私の頭をこづく。いつものやり取りにホッとする。
「何か情報は聞けたか?」
「そうなの、あのね──」
私は紅貴妃様付きの女官から聞いた話を凌崔に伝えた。
「遺族に返されない遺書か……怪しいな」
話を聞くと凌崔は腕を組んでそう唸る。
「どうにかして遺書を見ることはできないかな?」
「内務府には皇后様の息がかかってる。仮に皇后様に近い妃嬪が殺したのだとしたら、そう易々と見ることはできないだろうな」
「そっか……」
遺書を見たところで犯人の手がかりが掴めるとも思えない。今はひとまず機を伺いつつ別の手を考えるべきだろう。
「貴妃様と話したらお姉ちゃんを恨んでいた相手がわかるかな……」
「どうだろうな。手がかりは得られるかもしれないが」
紅貴妃様が姉の死に関わっている可能性が薄くなったので、直接聞いてみるのも手だ。危険はもちろん承知だ。それを多少受け入れなければ前に進めないだろう。
問題はいつ話せるか、だ。同じ宮殿にいるというのに紅貴妃様とはほとんど会うこともない。
(掃除の女官だと限界があるのかな)
「あんまり思い詰めるなよ」
黙ってしまった私の頭を凌崔は優しく撫でる。
「毒のことも少し探ってみるからさ」
「うん……ありがとう」
一人じゃないということに安心して、私は凌崔の胸に顔を埋めた。




