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◇◇


「慎ちゃん、どこ行くのっ?」

「あ”?保健室に決まってんだろ、ケガしてるかもしんねぇんだから」

「ちょっと押し付けられただけだからケガなんかしてないよ!」

「うるせぇ!気づかないうちに頭とか打ってたらどうすんだ!」

「さすがに頭打ってたら気づくって!」

「……ちっ」

 教室を後にしてから少し歩いた頃、無傷の僕を迷わず保健室へ連れて行こうとする慎ちゃんにそう訴えると、舌打ちと共に近くにあった数学の教材室に入れられる。

「……本当にどこもケガしてねぇだろうな」

 ドアを閉めてすぐ向けられる疑いの目にぶんぶんと首を縦に振ることで答えると「はぁ……」と大きく息を吐いて脱力する慎ちゃん。

「お前の様子がおかしいから委員会蹴って戻ってみれば……」

「……」

 今日の慎ちゃんの方がおかしかったよ。……なんて助けてもらった手前言えるわけがない。

「……助けてくれてありがとう」

「ん」

「来てくれるなんて思わなかった。僕、あんなことしたのに……」

「あんなこと?お前俺になんかしたのか」

「心配してくれた慎ちゃんに酷い態度とった……」

「何言ってんだお前」

 僕の目に滲んだままの涙を自分の制服の袖で雑に拭いながら、慎ちゃんは間髪入れずに返してくる。

「そんなん普段の俺の方が酷いだろ」

「それは本当にそうなんだけど……」

 慎ちゃんなりに気を遣ってくれてるんだろうから『そんなことないよ』とでも返せば良かったんだろうけどつい本音が漏れ出る。今更ながら僕が鈴木くんに襲われそうになっている光景がよほど衝撃だったのか、「邪魔……」とぼやきながら黒縁眼鏡を外す慎ちゃんはすっかり素に戻っていた。

「──で?なんでお前はあんなことになってたんだ?」

「……やっぱりそこ話さないとだめ……?」

「当たり前だ。こっちは鈴木(アイツ)蹴飛ばしてまでお前助けたんだから」

「はい……」

 そう言われるとぐうの音も出ない。あまり詳細に話すと慎ちゃんに僕の気持ちがバレる危険もあるけど──ファーストキス消失の危機から救ってもらったわけだし、話せるところは話しておくべきだろう。そう観念した僕はなるべくゆっくり口を開く。

「昨日好きなタイプを聞かれた時にデタラメで答えたことが、たまたま鈴木くんの特徴をそのまま言っちゃってたみたいで……気づけば“俺たち付き合ってるんだから”ってキスを迫られていました……」

「はぁ?」

 説明が終わった頃にはなぜかすっかり険しい表情が出来上がっていた慎ちゃんは「あれデタラメだったのかよ……」とうわ言のように呟くと、もう用はないとばかりにそれまできっちり閉めていたネクタイとシャツのボタンをいつものように緩めてしまった。

「慎ちゃんっ、佐藤さんまだ部活で学校内にいるはずだからあのキャラは続けてた方が良いんじゃ……」

「あ?誰だサトウって」

「今日まで一緒にグループワークやってた女の子だよ!」

「──ああ。あいつサトウって言うのか」

 やっと合点がいきましたとばかりに目を細める慎ちゃんに愕然とする僕。

 ──嘘でしょ二カ月間クラスメイトやってたのにまだ名前覚えてなかったの……?

「あれ?でも慎ちゃん、佐藤さんの好みに寄せるためにあのキャラをやってたんじゃ……?」

「……なんでここまでして気づかねぇんだよ……」

 僕としては至極当然の疑問だったのに片手で頭を抱えて俯き、少し伸びた前髪の隙間からこちらをねめつける慎ちゃんの瞳は“そんなことも分からないのか”と言いたげだ。

「──……お前が、男とも付き合えるかもって。付き合うなら笑顔が素敵で爽やかで、喋りが上手くて知的な奴が良いとか言うから、俺は……」

「……えっ?」

「なんでそこで他の奴が出てくんだよ。先に言い出したのはお前なんだからお前の好みに寄せたに決まってんだろ」

「えっ……」

「ったく……一晩かけてあのキャラ作り上げてきたっていうのにお前の反応はイマイチだし訳分かんねぇ奴らからは声かけられまくるしで、やっぱ柄にもないことはするもんじゃねぇな……」

「えぇ……っ」

 問い詰めるように告げられた聞き捨てならない事実のオンパレードに相槌すらろくに打てない。え、それは、最初こそは慎ちゃんは僕の言った“好きなタイプ”に寄せるためにあのキャラになったんじゃないかって思いはしたけど、まさか、本当に?

「慎ちゃん、それって」

「……」

「ねぇ、慎ちゃん」

「……」

 だけどちゃんと確認を取るべく呼びかけると、慎ちゃんは僕がいるのとは反対の方を向いて黙りこんでしまった。

 ──慎ちゃんが急に爽やかなキャラになったのは、僕が言った“好きなタイプ”に寄せるため……?

 ──つまり僕と慎ちゃんは最初から両思いで、僕は好きなタイプを聞かれた時にあんな誤魔化し方をしなくてよかったんだ。

 ──それなら口下手なりに頑張ってここまで伝えてくれた慎ちゃんに、僕も応えたい。


「──慎ちゃん」


 声のトーンを探るためのものから語りかけるそれに変えても慎ちゃんがこちらを向くことはなかったけど、気にせず続ける。

「実は僕、ずっと好きな人がいてね?昨日佐藤さんに好きなタイプ聞かれた時、正直に言ったら本人に気持ちがバレちゃうと思って──わざとその人と真逆の特徴を言ったんだ」

「……」

「その好きな人、すぐ近くで数学のプリントやってたから」

「……っ、お前……」

 昨日の放課後、佐藤さんと僕が恋バナをしていたすぐ近くで数学のプリントをやっていた人なんて一人しかいない。それに気づいてやっと僕の方に向き直った慎ちゃんの両目は普段は鋭く研ぎ澄まされているのが今は驚きのせいかぱっちり見開かれていて、さっきまでのさわやかな彼が思い出される。 

「“笑顔が素敵で爽やかでお喋りが上手で、眼鏡が似合う知的な人”。……真逆で考えたら誰になると思う……?」

「……歩夢」

 やや遠回しだけど明らかな告白に毒気を抜かれたのか、少し舌足らずに僕の名前を呼んだ慎ちゃんはさっきまで頭を抱えるのに使っていた片手をす、と伸ばしてこちらに伸ばして頬を包み込むように触れてくる。

 ──あれ、これってキスされるのでは……?

 そんな、まだ僕たち付き合うかどうかも決まってないのに……あっ、僕ちょっと唇かさついてるけど慎ちゃんが痛い思いしないかな──なんて内心満更でもない思いは、突然そこに走った鈍い痛みにかき消された。

「っ!?痛だだだだだだ!!」

「お前──……誰が人相が悪くて無愛想で口下手で良いのは視力だけのバカだって?」

「そっ、そこまでは言ってない!」

 ──なんか思ってたのと違う!

 いよいよキスのひとつでも交わして甘酸っぱい雰囲気になるかと思いきや、慎ちゃんの片手は僕の頬を容赦なく捻りあげる。

「たっ、確かに慎ちゃん、ちょっと目つき悪くて言葉足らずだけど……っ」

 親指と人差し指をぐりぐりと動かして地味に追撃してくる慎ちゃんの手を両手で剥がしながら弁明を試みる僕。

「そんな慎ちゃんが好きだって話……!いつも堂々としてて正直で、いざとなったら何を置いてもすぐ僕を助けに来てくれる慎ちゃんが……ずっと好きだったのっ」

「……っ」

「だから本当に僕のためにあのキャラを頑張ってたんなら無理しなくて良い……っ、そのままの慎ちゃんが、子供の頃から大好きだからっ」

「……」

「……」

「……」

「…………そ、それで慎ちゃんは、僕のことが好きなの……?」

 ほんの少しの沈黙だったけど居心地が悪くなって、喋らなくなってしまった慎ちゃんを縋るように見る。

「……ここで上目遣いとか反則だろ……」

「えっ?」

「なんでもねぇ。……俺も好きだよ」

 ここまで来て『お前俺のことそういう意味で好きなのか?いや、俺は別に……』とか返ってきたらどうしよう。慎ちゃんなら全然ありえる……。なんて最悪の想像とは裏腹に、慎ちゃんは何やらぶつぶつ呟いた後首の後ろに軽く片手を掛けながら覚悟は決めたとばかりに告げる。

 「“爽やか”でも“笑顔が素敵”なわけでもない、いつもの俺に宿題をやれだの足癖が悪ぃだの世話を焼こうとするお前が子供の頃から好きだった。お前の好みに寄せて“恋人”になれるなら一生あのキャラを守っても良いとも思ったが──叶うなら今日みたいにお前を傷つけようとする奴を問答無用で蹴り飛ばして助けに入れるような俺のままで、歩夢の隣にいたい」

「慎ちゃん……」

「──ここまで聞いて、お前は本当に今の俺のままで良いと思うか?」

「……っ」

 自嘲気味に問われたそれに返事をする代わりに、すぐ横にある肩に顔を埋めてすり寄る。ちゃんと伝わっただろうかと顔を上げたところで黒縁眼鏡を外したことで顕になった端正な顔がゆっくり近づいてきて、緩ませた瞼の隙間から見守っているうちにその形の良い唇が僕に重なる──ことはなく、近づけてきた時の数倍の速度でそれは離れていった。

「──よし、とりあえず準備室(ここ)から出るか」

「ちょっ……今キスしようとしてたよね!?なんでそこで躊躇うのっ?」

「うるせぇっ、下手にやってさっきの鈴木みたいな拒否のされ方したら立ち直れねぇわ!」

「慎ちゃんなら何されても嫌じゃないよ!」

「お前……っ、それはそれで歯止め効かなくなるからやめろ!とにかく仕切り直しだ、仕切り直し!」

 そう叫びながらやや荒っぽく準備室のドアを開ける背中からは表情までは読み取れないけど、ちらりと見えた片耳は色白な慎ちゃんからすると少し不自然なくらい真っ赤に染まっている。

「とりあえず俺かお前の家に場所変えて──」


「……歩夢!!」


 あの雰囲気だったらキスくらいは出来たんじゃないかな……と少しだけ残念に思いながら慎ちゃんに続いて準備室を出ると、タイミングの悪いことに僕の名前を叫びながら走ってくる鈴木くんと鉢合わせた。

「やっぱりまだ学校にいたんだなっ、もう一度ちゃんと話をしよう!」

「すっ、鈴木くん!僕が君を好きっていうのは本当に誤解で──」

「おい、まともに取り合おうとすんな」

「で、でも一度ちゃんと謝らないと……!」

「諦めろ。アレはもうお前の知ってる鈴木じゃない」

「そんなゾンビ映画みたいな……」

「ほら歩夢、こっちに来い!お前の彼氏は俺だぞ!!」

「……確かに話は通じないかも……」

 他の生徒たちが通るのもおかまいなしに、廊下のど真ん中に立ち僕の方に両腕を広げて見せる鈴木くんからは数時間前までの頼りがいは一切感じない。僕の一歩前に出て庇うように片腕を差し出してくれている慎ちゃんが「しょうがねぇな……」とため息を吐くのが聞こえた。

「歩夢」

「な、なに?」

「お前、俺になら何されても嫌じゃないって言ったな?」

「言ったけど……それがどうしたの?」

「アイツを一発で黙らせる方法を思いついた」


「え?それってど、んな」


 その方法とやらを聞き出すべくそちらに顔を向けた僕はこの直後、鈴木くんをはじめ部活や委員会で校内に残っていた大勢の生徒を前に慎ちゃんにファーストキスを奪われることになるんだけど──思い出すのも恥ずかしいのでこの先は割愛させていただきます……。

 

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