表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/25

第8話 『魔筆が描く未来』

泉の水音が静かに響いていた。


 霧が晴れた森の中、銀髪の少女――セリアは、まだ意識の境界にいた。

 リエーナが癒しの魔力を送り続けている間、良介はそっと彼女の手に触れてみた。


 冷たい。けれど、脈は確かにある。

 その胸元の水晶が、青く脈打つたびに、かすかな精霊の波動が彼女を包んでいた。


「……セリア。君は、何者なんだ?」


 問いかけたそのとき、セリアのまぶたがかすかに動いた。


 そして――


「……こわ……かった……」


 小さな声が漏れた。


「……水が……こっちを見ていた……あの目……わたしを、誰かに変えようとして……」


 その言葉に、良介は背筋が凍った。


(変えようとした? まさか、書き換え……?)


 彼女もまた、“物語の改変”に巻き込まれた存在なのか。


「大丈夫、もう安全です。あなた、名前は?」


 リエーナがやさしく問いかけると、セリアはおそるおそる口を開いた。


「……セリア。……精霊の巫女の、はずだった……」


 “だった”。


 その言い回しに、違和感があった。


「……記憶が、全部あるわけじゃない。でも……私、森に入って、何かを探していて……気づいたら、ここにいて……知らない名前を呼ばれていたの」


「それって……“他の誰か”として記憶を改変されかけたってことか……?」


 良介は、まるで“キャラクターの設定が上書きされた”ような印象を受けた。


 そして――


『物語の登場人物の記憶は、筆で塗り替えることができる』


 かつて自分がプロットに残した設定文が、ふと脳裏をよぎった。


 《魔属の筆》――

 文字を書けば具現化する力。だが、それは“現実化”だけではなく、“書き換え”も可能だということ。


 そのとき、ポケットの中で筆が微かに震えた。


 良介は反射的に《魔属の筆》を取り出した。

 黒い羽のようなそれは、まるで主の意識を感じ取ったかのように輝き始める。


 そして《運命の書》が空中に開く。


『彼女の記憶は未完成。

だが“真名”を記すことで、かつての契約を呼び戻すことができる』


「……真名……?」


 ページには、ひとつの名前が浮かび上がっていた。


『セリア=ルーミス・イシェリナ』


「これが、彼女の本当の……」


 良介は筆を握り、そっと泉の傍の岩にその名前を記した。


 次の瞬間――


 セリアの胸元の水晶が強く輝き、精霊の魔力が解き放たれた。


「う、あ……!」


 青白い霧がセリアの体を包み、彼女の周囲に水の渦が巻き起こる。


「精霊……!」


 リエーナが一歩後ろに下がる。

 カイも剣を構えかけたが、良介が手を挙げて制した。


「大丈夫……これは、彼女の力だ」


 渦の中、セリアの瞳がはっきりと開かれた。

 それはさっきまでの迷いのない、意志ある目だった。


「……思い出した。私はセリア=ルーミス・イシェリナ。水の精霊と契約した者。そして……“書かれていなかった存在”」


 良介の喉が音を立てた。


「君も、気づいてるんだな……この世界が“書き換えられてる”ってこと」


 セリアは小さく頷いた。


「この森も……この泉も……どこかが“誰かの筆”で汚されている。精霊の流れが歪んでいるの。だから……私は、抗いたい」


 その言葉は、まるで――


「物語を書き換えた“誰か”に、抗うためにここに存在しているみたいに……」


 その夜。


 焚き火を囲みながら、良介はセリアと向き合っていた。


 リエーナは黙ってその様子を見守り、カイは腕を組んで遠くを見ていた。


「俺は……この世界の“書き手”だったはずなんだ。でも、もう自信がない。俺の知らないシーン、知らない設定、知らない登場人物が増えてきてる」


「あなたが書いた物語は、途中で止まっていた。だから、空白ができた。その空白を埋めるように……“誰か”が別の物語を書き加えているのよ」


 セリアは静かに言った。


「でも、あなたにはまだ《筆》がある。だったら、取り戻せる。あなた自身の“物語”を」


 《魔属の筆》が、夜風の中で静かに光った。


 それは、まるで――彼に問いかけているようだった。


“君は、どんな未来を描く?”

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ