第2話 『物語の歪みと最初の違和感』
違和感。
それは、旅立ちの朝、リエーナと並んで歩く道すがらに、ふと芽生えた。
「次に向かうのは《ティレシアの泉》です。水の精霊が宿るとされる聖域で、勇者の目覚めを告げる場所」
リエーナが地図を広げながら言った瞬間、良介の足が止まった。
「……ティレシア? そんな場所、俺……書いたっけ?」
「え?」
リエーナがきょとんとした表情で振り返る。
「あなたの物語に登場する場所ですよ。ほら、“聖なる水の導き手が、光の道を開く”って……」
「いやいやいや、ちょっと待て、それ何の話?」
言いながら、自分でも混乱していた。
確かに、物語には“精霊”や“水”という要素は構想にあった。だが、「ティレシアの泉」なんて地名も、伝承も――一文字たりとも書いた記憶がない。
(おかしい……でも、やたらと自然に話が進んでる)
まるで、最初から物語に組み込まれていたような空気感。
「……俺が、忘れてるだけ……か?」
リエーナは少し困ったように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。忘れていても、思い出せばいいだけです。きっと、この世界はあなたの中にありますから」
その言葉が、なぜか引っかかった。
彼女は“知っていて”言っているような口ぶりだった。
夜。
焚き火のそばで、良介は一人、《運命の書》を開いていた。
以前と同じように、ページが勝手に開き、そこに一行の文字が浮かぶ。
『静謐なる水に、黒き筆跡が滲むとき、真なる物語は目覚める』
「……また詩的だな」
この本は、何かを“予知”している。
だがそれは、抽象的すぎて意味がわからない。
ただ、その中の“黒き筆跡”という言葉が、胸にひっかかった。
(まさか、俺が“書いてない部分”に誰かが何か書いてる……?)
ありえない。けど、否定しきれない。
この世界には、確かに“自分の知らない物語”が混じり込んでいる気がする。
「……リエーナ」
彼女は、焚き火越しに顔を上げた。
「君さ、この世界が“物語の中”だって言われたら、どう思う?」
「……難しい質問ですね。でも……」
リエーナは優しく微笑んだ。
「私は、あなたの物語に救われた気がします。だから、たとえこの世界が誰かの筆の中にあったとしても、私はそれを信じたい」
その答えが、なぜか妙に胸に残った。
翌朝。
陽が昇り始めた森の中、二人はティレシアの泉へと向かって歩き出す。
「……変な話だけど、なんかドキドキしてきた」
「ふふっ、旅はまだ始まったばかりですから」
リエーナはそう言って前を向く。
良介は、その背中を見つめながら思った。
(この世界は……誰かが書き換えてる。もしかしたら……)
そのとき、ふと、空中に浮かぶように《運命の書》のページが再び現れた。
今度は、誰にも聞こえない小さな声のように、文字が浮かぶ。
『その筆を握る者こそが、終わらぬ幻想に抗う者』
意味はまだわからない。
でも――確かに何かが始まろうとしていた。