第八話 暗闇の月面
「今日の地球時間午前十時頃に太陽の表面で大規模な爆発が起こると予測されます。その影響は約四十分後に月に到達すると思われます。安全が確認できるまで、不必要な外出はひかえてください」
朝の九時、宇宙天気予報がなにやら危ないことを告げていた。マヤちゃんは昨日から職場に泊まり込んでいる。朝、映像をつなげて五分ほど話すことができたが、マヤちゃんの目の下には大きなくまができていた。
「ラジオ、預けていた石を受け取りに博物館行かなきゃ。何時にする?」
博物館の開館時間は十時。ちょうど太陽の爆発の影響が出ると予想された時間だ。
「天気予報を見ると、午前中は家にいた方がよさそうだね。ロック、チャンドラさんに今日の夕方四時頃に行きますって連絡しておいて」
ロックはラジオに言われた通りの文章をチャンドラに送った。
「ロック。太陽の爆発の影響ってどんなことが起こるの?」
「人工衛星とか電力関係がダメになったり、通信ができなくなったり。人間の体にも悪い影響があるよ。でもここは地下だから、月の表面にいるよりは安全だけどね。あとはオーロラが起こったり。月ではオーロラは見れないけどね」
「そうなの? ぼく、本物見たかったのに」
「ラジオがよちよち歩きの時、日本でも奇跡的にオーロラが発生したんだよ。覚えてないと思うけど。あ、ラジオ、ミヅキから連絡が来たよ」
部屋の中にある立体映像機から、ミヅキの映像が現れた。まるで部屋にミヅキが訪ねてきたようだ。
「おはよう、ラジオ。昨日、言ってたルナタイト。私も調べてみたんだけど、本当にあったよ。でも、まだ謎が多いみたいで、研究してる人もほとんどいないみたい」
ルナタイトは本当にあった。ラジオの胸の奥が熱くなってきた。心臓の鼓動が速くなっていく。緊張にも似た不思議な感覚がラジオの体をこわばらせる。
「でもさ、画像も見つけたんだけど。本当にルナタイトって言った?」
ミヅキの表情がくもった。ミヅキも同じルナタイトをもっているはずなのに、なにを疑うことがあるんだろうか。
「ちょっと画像送るから見てよ。今、見つかっているルナタイトは、どれも月の南極で発見されたものだよ」
ラジオの目の前に三枚の画像が現れた。それを見たラジオは自分の目を疑った。ラジオの頭の中に、昨日のチャンドラとの会話が急速に再生されていく。ルナタイト。たしかにそう言っていたはずだ。それでも目の前にはラジオが受け入れることができない現実がある。言葉にならない恐怖がこみあげてきて、ラジオを縛り付けた。
ミヅキはラジオたちの心の中に浮かんでいた思いをはっきりと言葉にした。
「画像を見ると全く別物だよね。画像の石がルナタイトだとすると、私たちが持っている石は全く違う石。チャンドラはウソをついている」
ミヅキが送ってきた画像の石はどれもごつごつした濁った氷のようだった。母さんの石のような淡い銀色の光など全く発しておらず、だれが見ても別の石にしか見えない。
ラジオのつま先と手の指の先から出てきた冷たいものが体の中を通って背中に広がっていく。ラジオは目の前の画像をじっと見つめながら、なんとか声をしぼりだした。
「ミヅキ、どうしよう。母さんの石、チャンドラさんに預けちゃった」
ラジオが震える声でミヅキに告げたそのとき、ミヅキの映像が突然切れた。それだけではない。部屋中の電気も消えた。真っ暗な部屋。月に到着したときに見た宇宙のような黒。
何も見えない中、ロックのライトがすぐにつき、辺りを照らした。
「太陽の爆発の影響だ。通信が乱れててつながらない。ラジオ、どうする? 予備の電源に切り替わるはずだけど、たぶん、連絡とかが復旧するのは時間が掛かるよ」
「電気が直ったら博物館に行こう。マヤちゃんのオートサイクルを借りよう」
人工衛星にトラブルが起こっている場合、自動運転の車は全く役に立たない。
五分もすると、空調も止まった部屋の中は蒸し暑くなってきた。空気の流れが悪い。ラジオたちは何もせずじっと部屋の中で座って待っていた。
「ロック、ここから博物館までどれくらいかかるかな?」
「たぶん三十分はかかるね」
「一体なんでチャンドラさんはうそをついたんだろう。あの石にはどんな秘密があるんだろう」
ロックの放つ小さな光を見つめながらラジオがつぶやくと同時に、部屋の明かりが着いた。予備の電源に切り替わったのだ。急に目の前が明るくなり、周りが白っぽく見える。それでもラジオは勢いよく立ち上がった。
「行こう」
ラジオはドアを開け、ロックに呼びかけた。