第六話 ミヅキの仮説
「なんでその石を人が作ったものだと思うの?」
「この石が発見されたとき、この石がほんの一分だけ銀色に光ったの。そして、ぼんやりとした人の影が現れて、何かを話しかけてきたの。これはおそらく通信機器なんだよ」
「あれはノイズですよ。太陽フレアの影響です」
月面で作業をするときは、基本的に安全な月の基地から遠くにあるロボットを操作して行う。ミヅキが見聞きしたものも、直接自分で見聞きしたのではなく、画面越しの映像だった。ジョーイの言うことも納得できる。
「いえ、あれはまちがいなく言語だった。それも地球上にはない言語。それにね」
ミヅキが椅子から立ち上がった。すると研究室内の壁に地平線まで続く月面の映像が映し出された。宇宙服を着ないで月の上に放り出された感覚になる。美しい青い地球を背に、ミヅキが秘密を打ち明けるように話し出した。
「発表はされていないだけで、月の発掘調査や建設現場では様々な文明の痕跡が見つかってるの。明らかな人工物や壁画、住居の骨組みなんか」
「そのほとんどが民間の素人研究者によるもので、科学的な根拠はありません」
ジョーイはどこまでも冷静だった。
「〝ほとんど〟ね。例えば、二一一三年のウー隊や、三年前のラウル隊の発見なんてきちんとした国家プロジェクトでしたよ」
ミヅキが何かを語れば、ジョーイが反論をする。一見すると仲が悪いようだが、二人は研究者と秘書の関係を超えて、議論をしながら考えを深める仲なのだ。
ラジオは二人の議論をよそに、自分の首にぶら下がっているペンダントの石を指でさわってみた。これももしかして同じ石なのだろうか。
「どう思うロック?」
「常識的にはありえないね。月に文明なんて。人類が初めて月に降り立ったのは一九六九年。月の開発が始まって、最初の月面基地ができたのが二〇三九年。これはゆるぎない事実だよ」
月の文明、そんなものないはずということは小学生のラジオにも分かる常識だった。それでも、ミヅキが説明したことと同じような体験したラジオにとって、「そんなことありえない」とは言い切れなかった。
ラジオはペンダントを持ち上げ、石をミヅキに見せた。
「ミヅキ、この石、僕の母さんの形見なんだ。母さんは僕が小さい頃に亡くなったから、ほとんど覚えてないんだけど。僕も知りたい。母さんからもらったこの石の秘密。母さんに何かつながるかもしれない」
科学的な口論というよりもただの口げんかになりつつあったミヅキとジョーイは二人同時にラジオの顔を見た。
「いいじゃない」
ミヅキは新しく調べなくてはいけないことに出会えた喜びを顔全体に浮かべている。科学者にとって、知らないことは最高のごちそうだった。
そのとき、部屋中に映し出されていた月面映像が消え、もとの部屋にもどった。さっきまで地球が映っていた場所に「コール」と表示されている。誰かから連絡が来たのだ。
ミヅキは出ようとしなかったが、ジョーイは秘書としての仕事を淡々とこなす優秀なアンドロイドだった。
「博士、サントス主任からです。出ますね」
ミヅキとラジオの間に画面が現れた。画面には五十歳くらいの男性が映っている。ミヅキもこうなると話さずにはいられない。
こっそりと部屋から出るラジオたちの後ろ姿をミヅキは名残惜しそうに何度も視線で追いかけたが、主任からの電話を雑に切るわけにもいかないらしかった。
ジョーイがラジオたちをラボの玄関まで送ってくれた。ラジオがお礼を言うと、ジョーイはミヅキに見せないような優しい笑顔を見せてくれた。
「ジョーイさん。ぼく、石についてもっと知りたい。この月で石について調べるにはどうすればいいかな」
ジョーイは小首をかしげて、きょとんとした。まさか月の文明の話なんて本当に信じてしまったのかと心配しているようだった。それでも、目の前にいる少年の好奇心に応えないわけにはいかない。
ジョーイは次にラジオが行くべき場所を告げた。
「アルテミス博物館に行くといいでしょう」