第二話 不思議な石
ラジオを呼ぶ声はなぜかロックには声が聞こえなかったようだ。ラジオは足を止め、何が起こったのかロックに説明しようとしたとき、後ろからやってきた誰かがぶつかった。ラジオは前のめりに倒れてしまった。
「大丈夫? ごめんね」
ぶつかってきた相手が手を差し伸べてラジオを起こしてくれた。見ると、黒い髪を後ろで一つにまとめたアジア系の女の子だった。身長はラジオよりも頭一つ分大きい。旅行かばんを持っているので、同じバスに乗っていたのだろう。
「こちらこそ、急に立ち止まってごめんなさい」
女の子の視線が起き上がるラジオの胸のあたりで止まった。女の子の顔がぐいぐいと近づいてくる。ラジオは、「何?」と小声でつぶやいたつもりだったが、声は出ていなかった。
「ねぇ。その石、ちょっとよく見せてくれない」
女の子はラジオがたじろいでいてもお構いなしだった。今にも勝手に石を触りだしそうな雰囲気だ。
ラジオはとっさに石を握って隠した。女の子は「なんで隠すの?」と言いたげな表情でラジオの顔を見た。
「フジさん、エレベーター来たよ」
ラジオが返事に困っていると、先を歩いていた男の人が女の子を呼んだ。女の子は「ちょっと待って」と大きな声で返事をした。どうしても石が見たい気持ちと、急いで行かなくてはいけない気持ちにはさまれながら、女の子はついに石をあきらめた。
がっくりとうなだれて、もの悲しそうな様子を見ていると、ラジオも「大丈夫?」と思わず声をかけてしまった。
「ごめんなさい。ちょっとその石、よく見たくて。じゃあさ、私の連絡用のコード教えるから、あとで連絡してもいい?」
女の子は手のひらをかざしてパーソナルコードをロックに読み取らせた。ロックが女の子の名前を読み上げる。
「フジ・ミヅキさんですね」
「そう。じゃあ、お願いね。あとで連絡するから」
通り雨のような出来事だった。ラジオがあっけにとられて、ミヅキの後ろ姿を見ていると、ミヅキはあっという間に男の人に追いついた。そして、ラジオの方に振り返り、「バイバイ」と手を振った。
「なんだったんだろう」
「わからないけど、でも月に来ることができるってことは、きちんと身分が証明されているはずだよ」
「ロック、この石ってなんていう石なの?」
ロックが石にセンサーを当てて調べてみた。
「花崗岩とほとんど同じ成分なんだけど、約二・三五パーセント不明な物質が混ざってるよ。ボクにも分析できない何かが」
月の基地のエレベーターは全部で四つあった。エレベーターといっても、さっきのバスの乗客全員が乗り込んでもまだ余裕があるほどの大きさだ。ミヅキが乗ったエレベーターはすでに降りていた。
扉の前にあるモニターに立つと、ラジオの顔が認識された。
「地下五階まで」
ラジオの声に反応し、エレベーターが動き出した。
月には大きな洞窟や深い縦穴がたくさん見つかっている。月の表面は人間にとって有害な放射線や隕石が降り注ぐので、地下に大きな基地を作って住んでいた。
エレベーターのドアが開き、細い通路を進むと、ラジオの目にまぶしい光がとびこんできた。時間はちょうど昼前くらい。
月の地下といっても、そこは地球の町と何も変わらなかった。本物の木も空気もあるし、映像の空が頭の上に広がっている。四車線もある道路といろんな国の人が行きかっている歩道。お店もたくさん並んでいて、ラジオの住んでいる町よりも都会だった。
「ラジオ、車が来てるよ」
ロックが事前に呼んでいた車が停まっていた。ラジオとロックが車に乗り込むと、車は自動で走り始めた。窓の外を流れる景色を見ながら、ラジオはまたペンダントを握りしめた。