第十一話 月の上のオーロラ
「ラジオ、ラジオ」
ラジオを呼ぶ声が今度ははっきりと聞こえた。ラジオはまぶしさを我慢して、少しずつ目を開けた。すると、信じられない光景がラジオの目の前に広がっていた。
「ラジオ」
目の前にいるのはラジオの死んだはずの母さんだった。動画や写真でしか見たことがなかった優しい笑顔をラジオに向けて立っている。
「母さん……?」
いつの間にか、周りの景色も変わっていた。家の近くにある大きな川。空は暗く、夜だとわかる。熱い風が吹き抜け、川から水の匂いを運んでくる。季節は夏だろうか。人も多い。楽しそうな声が、そこかしこから聞こえてくる。空には満月が輝いている。
「ラジオ。もうすぐみたいだよ」
母さんはラジオに何か話しているようだったが、視線が合わない。母さんの視線の先を見てみると、やっと歩けるようになったくらいの子どもと手をつないだラジオの父さんがいた。しかし、どう見ても若い。
よちよちとやっとのことで母さんのところにたどり着いた子どもの手を母さんが握った。右手を父さんが、左手を母さんが大事に握っている真ん中の子は、自分だということにラジオも気がついた。
「母さん」
ラジオの呼びかけは周りの人たちの声にかき消された。ラジオは母さんに近づこうと踏み出したが人ごみにもまれて上手く進めない。母さんは小さなラジオを抱き上げ、川べりのフェンスまで進んでいった。
「母さん」
ラジオはもう一度大きな声で呼びかけたが、やはり声は届かない。人ごみをかき分け、一歩ずつ近づいていく。
「母さん」
人の流れがラジオと母さんの間を流れる川のように、二人をさえぎっている。
「母さん、ぼくラジオだよ。母さん」
次第にラジオの声も必死になっていった。あと数歩で母さんのもとにたどり着く距離まで近づくと、ラジオはさらに大きな声を上げた。
「母さん。ぼく、元気だよ。今、小学四年生になったよ。父さんと、ロックと仲良く頑張ってるんだよ。この前、月に来たんだ。母さん」
実際に母さんを目の前にすると、伝えたかったことが分からなくなった。どんなことでもいい。ラジオは自分を知ってほしかった。
「母さん。ぼく、図工が好きなんだ。この前、絵を描いたらほめられたんだよ。好き嫌いだってしてないよ」
ラジオの目から涙がこぼれてきた。一筋こぼれるごとに、ラジオの思いも溢れていく。
「母さん。ずっと会いたかった。もっと一緒にいたかったよ。母さん!」
ラジオが母さんの肩に手を伸ばし、触れた。母さんがびっくりした表情で振り返った。ラジオと母さんの目が合った。その瞬間、大きな歓声があがった。
見上げると、夏の夜空にオーロラが輝いていた。
「きれい」
ラジオだったのか、母さんだったのか、どちらが言ったか分からないほど、言葉が溶け合っていった。
どこまでも広がっていくオーロラは、地面と満月の間をつなぐ大きなカーテンにも見える。赤も青も緑も、全部混ぜた光のカーテンは風もないのにひるがえっていた。母さんがオーロラに向かって手を伸ばした。まるでそのままオーロラにつかまって月へ行こうとしているかのようだった。
次第にその形を崩しながら、オーロラが溶けるように下に垂れ落ちていくと、周りの世界もゆっくりと薄くなっていった。幻の世界が終わっていく。
「母さん、待って。まだ行かないで」
ぐにゃぐにゃと曲がりながら、もといた月面観測所の景色が現れてきた。ラジオは強い力で母さんから引き離されていく。
ほんの一瞬のことだった。ラジオは冷や汗をかいて、うずくまっていた。
「大丈夫?」
横から心配そうなミヅキが、ラジオの顔をのぞきこんでいた。