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第九話 第八月面観測所

 町中の電気はほとんど問題なく復旧しているように見えるが、自動運転の車やモノレールはまだ動いていないようだった。


 博物館までの道のりはラジオの肩に止まったロックが教えてくれた。車が走っていない道路をラジオはすいすい進んでいった。

 博物館の前にオートサイクルを止め、入り口までの短い階段を上がったが、ガラスの扉の奥には人気がない。ラジオは受付のモニターに話しかけた。


「すみません、チャンドラさんに会いたいんですが」


 ラジオの声に反応し、モニターに笑顔の男性の映像が映った。もちろんAIだ。


「申し訳ありません。本日は急遽、休館となっております。また日を改めてお越しください」

「そんな。チャンドラさんと約束があるんです。預けていたものがあって、受け取りに来たんです」


 ラジオの声は少しだけ大きくなった。


「そう言われましても……。本日、職員は出勤しておりませんので」

「せめてチャンドラさんが今どこにいるのかわかりませんか? ここの主任研究員のチャンドラさんです」


 受付AIは困った顔になり、「申し訳ありません」を繰り返すばかりだった。


「どうする、ラジオ。ここに居ても何にもできないよ」

「分かってる。今考えてるとこだから」


 どうにもできない今の状況をなんとかしようと、ラジオは必死になって考えたが全く良いアイディアが浮かばない。ラジオは下を向きながら、入り口の前を行ったり来たりしていた。焦りと怒りと心配が混ざり合って、ラジオの考えはまとまらなくなっていた。


「ラジオ」


 聞き慣れた声がラジオを呼んだ。ラジオが顔を上げると、道路に一台の車が停まっていた。車のドアが開き、中からミヅキが降りてきた。


「やっぱりここだったか。心配になったから来てみたんだよ」

「ミヅキ。ありがとう」


 今のラジオにとってミヅキほど力が湧いてくる応援はいなかった。なぜか昨日よりもミヅキの背が高くなったようにさえ見える。

 状況の説明を聞いたミヅキは受付AIに近づき、身分証を見せた。


「私、フジ・ミヅキ。ムーン・ラボ所属です。チャンドラ博士と話したいので、秘書を呼んでくれる」


 受付AIはミヅキの身分証を読み取ると、「少々お待ちください」と言って、どこかに連絡を取り始めたようだった。すぐに画面が切り替わり、ジョーイに似た男性が映し出された。


「私が秘書のサムです。フジ博士、約束はお取りじゃないですよね?」

「ええ。私は取ってない。でも、こっちのラジオが約束してるはずなんだけど」


 ミヅキはそう言うとラジオの腕を引っ張り画面に映るようにした。サムの視線がラジオに向けられる。


「あの。ぼく、昨日ここでチャンドラさんに会って、ぼくの持ち物を預けたんです。それを受け取りに来たんですが。銀色の丸い石が付いたペンダント」

「ふむ。探しみましょう」


 サムがそう言うと画面が消え、また受付AIに切り替わった。二、三分で入り口のドアが開き、ペンダントを両手で大事そうに持ったサムが現れた。


「こちらでしょうか」


 まさにラジオが預けた母さんのペンダントだった。しかし、ロックがすかさずセンサーを当て成分を調べた。


「ラジオ、これ偽物だ。かなり近いけど、前は含まれていなかったニッケルが約〇・九パーセント含まれてる」


 サムはロックの指摘を受けて、疑うような表情を見せた。サムの方が高性能アンドロイドであるというプライドを感じさせた。


「サムさん、チャンドラさんの居場所を教えてください。なんでこんな偽物を用意しているのか理由が知りたいです」


 ラジオの切羽詰まった願いにサムは迷っている様子だった。秘書として許可なく居場所を教えていいものか、それとも目の前にいる子どもの言うことを信じるべきか。


「そもそもボクたち、今日の夕方、石を取りに行きますってメッセージも送ってます」


 ロックが太陽の爆発で通信ができなくなる前にチャンドラ博士に送ったメッセージを見せた。さすがにそこまで見せられると、サムも態度を決めなくてはならなかった。


「……わかりました。チャンドラ博士は今、第八月面観測所におられます」

「よし、ラジオ、行くよ。第八ね」


 ミヅキはすぐに振り返って車に向かった。ラジオは第八月面観測所がどこにあるのか全く分からない。それでも、何も言わずにミヅキのことを信じ、車に乗り込んだ。

 ミヅキがアクセルを踏むと車が走り出した。


「ミヅキ、どうやって行けばいいか分かるの?」

「第八ならサウスゲート・ナンバースリーだね」


 アクセルを踏むとミヅキの様子が変わった。横にいるラジオとロックの会話など、一切聞こえていない。ミヅキが運転する車は月面に吹き荒れる嵐のように進んでいく。ラジオは車内のどこかを常につかんでいなくてはいけなかった。あまりに強く握っていたものだから、車の天井が取れるのではないかと心配になったとき、急に停車した。


 見ると目の前には車ごと入ることができる大きなエレベーターがあった。ミヅキがシステムに顔を認識させると、大きく厚いドアがゆっくりと開いた。


「ラジオ、この上にあるのが第八月面観測所。いいね」


 ミヅキの車が入ると、重い音をたてながらドアが閉まった。床がゆっくり上がっていくのが分かる。頭の上から見えない空気のかたまりを押し付けられる感覚がする。

 エレベーターはすぐに止まった。今度は乗る時と反対のドアが開いていく。駐車位置で車を止め、車から降りた。



 体が軽い。初めて月に来た時に感じた軽さだ。ここには人工重力はなかった。月の表面の世界。



「ここから上は月面だよ」


 ミヅキが天井を指さした。ラジオは心とは裏腹に軽くなった体を引きずって、一歩ずつ短い階段を上った。そこはむき出しの宇宙と背中合わせの世界だった。


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