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《序章》第4話:影からの裁き

※本作品は異世界転生ファンタジーです。

※主人公最強/チート要素含みます。

※残虐表現、死亡描写を含む場合があります。

「お前たちの時代は終わりだ」


背後で漆黒の影が蠢き、次々と剣の形を成していく。


一振り、また一振りと——細い糸のような影がゆっくりと伸び、硬質な漆黒の刃となって宙に浮かび上がる。月光に照らされた黒剣群は、まるで夜空に浮かぶ異形の翼のようだった。


前世の記憶が蘇る——弱いものが虐げられる理不尽な光景が脳裏を駆け巡る。虐められる少年、無視される声、踏みにじられる尊厳。その怒りが、影を形作る力の源になっていた。


周囲の音が徐々に消えていく。シャンデリアの揺れる光も、宴会の華やかな装飾も、全てが色褪せたように感じられた。あるのは怒りと、それに応えるように渦巻く闇だけ。


「ひ、非道な……!何者だ貴様は!?」


貴族の一人が叫ぶ。その声は恐怖で裏返っていた。彼らの目に映る姿は、もはや人間のそれではなかったのだろう。彼らの恐怖が、濃霧のように肌に触れてくる。それは心地よく、そして懐かしいものだった。


恐れおののく貴族たちの顔が青ざめていく。皮肉なことに、彼らの表情は先ほどまでリリアナに向けていたのと同じだった——恐怖と嫌悪。ただ、立場が逆転しただけ。


影から生まれた剣が次々と宙を舞う。月の光を纏った漆黒の刃は、貴族たちの持つ武器を、まるでガラス細工でも砕くかのように打ち砕いていく。鋼鉄の断末魔のような音が、夜の静寂を引き裂いた。


その時、貴族たちの中から一人の太った男が前に出てきた。


豚のような赤ら顔に、小さな目が油ぎっている。豪華な服装の胸元には、いくつもの勲章が光を反射して煌めいている。だが、その目には他の貴族とは違う、冷徹な計算と余裕が見て取れた。


「なるほど、なるほど。こうして見れば、あの噂は本当だったようだな」


その声には、先程までの恐怖とは異なる計算高さがあった。声が響くにつれ、他の貴族たちの動揺が静まっていく——まるで、彼の声だけが現実を縫い止めているかのように。


「リリアナ、その者は誰だ?」顔を向けずに尋ねた。視線を彼から離せなかった——まるで蛇に睨まれた鳥のように。


リリアナの表情が一瞬で凍りつく。彼女の唇が震え、声を絞り出すように言った。


「オズワルド卿です。宮廷での最大の反対者…私の出自を暴いた張本人です」


彼女の言葉が詰まる。瞳に浮かぶ恐怖と嫌悪は、これまで見たことのないほど強いものだった。彼女の呼吸が浅く速くなり、手首に浮かぶ青い血管が脈打つのが見える。肩がわずかに震え、彼女は無意識に袖を握りしめていた。


「そうさ、覚えているだろう?」


オズワルドと呼ばれた男は、にやりと不快な笑みを浮かべた。その笑顔のなかに、深い憎悪が垣間見える。


「私は常々、血統の純血を重んじてきた。エルフの血などという穢れが、我々の高貴な家系に入り込むことなど許されん!」


彼の言葉の一つ一つが剣となって刺さるような感覚。全身の血が沸騰するような怒りが湧き上がる。視界が一瞬、赤く染まったように感じた。


体温が上昇し、それとは対照的に周囲の空気が凍てつくように冷たくなる。


「赦さない…!」


リリアナのその一言は、張り詰めた空気を一瞬で凍らせた。

まるで彼女の内側から吹き出した冷気が、空間そのものを支配するかのように。

彼女の髪先がわずかに揺れ、宙に小さな霜の結晶が舞い始める。


空気が冷たくなるのとは裏腹に、心はむしろ静かに燃え上がっていく。清々しいほどの怒りが、体の奥底から徐々に溢れ出していくのを感じる。


「我が名はアーサー・ヴァン・シャドウ。この名に誓って——正義を貫く」


口から紡がれた言葉は、自分自身でも驚くほど重く、そして威厳に満ちていた。その声は、今まで聞いたことのない、まるで別の存在が中から発しているかのような響きを持っていた。


「護衛隊!動け!射殺せ!」


オズワルドの号令で、矢の雨がめがけて降り注ぐ。ところどころに光を帯びた魔法の矢も混じっている。


だが、時間そのものが遅くなったかのように、矢の動きが緩やかに見える。目には、矢が空気を裂く軌跡さえも見えていた。


影の刃が回転し、全てを弾き返す。放たれた矢はそのまま、元の手へと突き返された。兵士たちの悲鳴が上がる。自分たちの放った矢が、仲間の肉を貫く音が響く。


「こ、これは魔術ではない…!」


別の貴族が震える声で叫んだ。顔の血が引き、唇が青白くなっている。


「悪魔だ…!影の悪魔が現れたのだ!」


絶望に染まる彼らの表情をよそに、影がさらなる剣を生み出していった。その数は十、百と増えていく。怒りが限界を超えたとき、影は制御不能なほどに暴走していた。時間の流れが歪み、剣が描く軌跡が宙に残像となって留まる。


散り散りになる剣の破片が月明かりに煌めき、儚い光の粒となって消えていく。暗闇の中で蠢く影の剣は、まるで死神の大鎌のように貴族たちの上で舞い続けた。


「逃げろ!この化け物から逃げるんだ!」


最後の貴族が叫ぶが、もう遅い。

剣の破片が月明かりに煌めき、光の粒となって消える。

闇の中を舞う影の剣は、死神の大鎌そのものだった。


「弱き者を蔑む者に、闇からの裁きを与えよう」


その言葉は、凍えるような冷気を帯びていた。二つの人生分の怒りと憎しみが、その一言に集約されていた。リリアナが一瞬だけ見つめる。その目には恐怖ではなく、理解と信頼の色が宿っていた。


前世でいじめられていた記憶が、心の奥で微かに疼く。だが今、守る側に立っていた。弱き者を守る側に。


漆黒の影が静かに広がり、貴族たちの足元から這い上がっていく。影に触れられた者から順に、まるで時間が止まったかのように動きが鈍くなっていく。


「やめろ!頼む!金なら出す!」

「何でも言うことを聞く!」


懇願の声が響くが、心は石のように冷たくなっていた。驚愕の表情を浮かべる彼らの姿が、まるで墨に溶けるように闇に飲み込まれていった。


闇に包まれるその瞬間、彼らの瞳に映る恐怖——それは彼らが弱者に向けていたのと同じ視線だった。運命の皮肉とでも言うべきか。


しかし、オズワルドだけは特別だった。


「貴様だけは、この世界の穢れを知るがいい」


影に命じた。「彼だけは、ゆっくりと」


オズワルドの周りだけ、影はより濃く、より遅く這い上がっていく。その目に浮かぶ恐怖は、かつて彼が蔑んだ者たちが味わったものと同じだろう。だが彼は最後まで、その傲慢さを捨てなかった。


「我々には秩序がある!異種族の穢れた血を我々の社会に混ぜれば、世界は崩壊する!」


彼の声には恐怖と共に、信念のようなものが込められていた。その言葉に汗が混じり、しだいに絶望へと変わっていく。それでも、彼は自分の信じる世界の秩序を守るべく叫び続けた。


「我々は守っているのだ!この国の未来を!」


彼の言葉が届く相手は、もはや誰もいなかった。他の貴族たちはすでに闇に飲み込まれ、残っているのは自分とリリアナ、そして絶望に沈むオズワルドだけ。


「リリアナ……!助けてくれ!」


彼が彼女に向かって懇願する。その声には、これまでの威厳など微塵も残っていなかった。


「わ、私が間違っていた!許してくれ!」


リリアナは冷ややかな瞳で彼を見下ろした。その翠の瞳には、冷たさの奥に深い悲しみが宿っていた。


「憶えていますか?あなたの策略で、私の許嫁の座が奪われかけたこと」


彼女の声は静かだったが、夜の静寂の中でその言葉は明瞭に響いた。


「そして今宵も、貴方は私を辱めようとしました」


その言葉に、怒りはさらに燃え上がった。影がオズワルドの首に巻き付き、彼の絶望の叫びを絞め上げる。最後の悲鳴すら、影の中へと消えていった。


戦いの終わりを告げるように、月が雲の合間から姿を現す。呼吸が落ち着くにつれ、周囲の影も静まっていった。時間の流れが元に戻り、宴会場から漏れる音楽がかすかに聞こえ始める。


「アーサー様、この力は……」


リリアナの瞳に、不思議な色が宿る。それは恐れではなく、どこか懐かしさを帯びた輝きだった。彼女は一歩、近づいた。まるで力に対する信頼の証のように。


「まるで、古い伝承に語られる力のよう」


その言葉に、一瞬だけ胸に違和感が走る。

古い伝承?なぜリリアナがそんなことを知っているのだろう。

だが今は、目の前にいる彼女の存在の方が大切だった。


戦いの余韻が残る中庭に、彼女の切なげな吐息が響く。月の光に照らされた表情には、今夜の戦いとは別の、深い痛みが宿っていた。彼女の肩がわずかに震え、下を向いた長い睫毛に、月光が影を落としている。


「アーサー様」


リリアナの声が、どこか震えていた。

彼女の瞳には、苦しい記憶が浮かんでいるように見える。今夜の出来事が、彼女の中の何かを揺り動かしたのだろうか。


「他にも……助けを必要としている人たちがいます」


彼女の方へ振り返る。影の力が完全に収まり、再び普通の貴族の息子の姿になった。月明かりの下、彼女はどこか儚げに、しかし決意に満ちた表情を浮かべていた。


彼女は僅かに息を整え、長い睫毛を上げた。その瞳に宿る強さは、かつての孤児院でも決して失わなかった自尊心を思わせる。


「私が見捨てた者たちがいる。彼らにも、このような自由を」


その言葉には、誰にも屈しない意志と、同時に仲間への深い思いやりが混ざり合っていた。気高さと優しさの不思議な調和が、リリアナという少女を形作っていることを、改めて感じる。


彼女の指先は、月の光を浴びて青白く見えた。儚さの中に秘められた強さがある——それがリリアナという存在だった。


「私は幸運でした。孤児院から今住む家に拾っていただいて、住まわせていただいています」


彼女の指先が、無意識に自分の腕をさすった。まるで、かつて受けた痛みを思い出すかのように。それは短い動きだったが、その仕草に隠された過去の苦しみを見逃さなかった。


「ただ、孤児院という名の地獄は、私以外にも多くの弱き者を利用しているのです」


その言葉に込められた痛みが、彼女の握りしめた手に現れている。爪が掌に食い込み、その白い肌に小さな半月形の痕を残していた。


「あの場所にまだいる仲間たちを救い出さなければ」


彼女の瞳に浮かぶ決意に、強く頷いた。月の光の下で彼女の表情を見つめると、その美しさの奥に隠された悲しみの深さに気づかずにはいられなかった。


「辛苦を共にした彼らは、私を笑顔で見送ってくれました」


リリアナの声がわずかに和らぎ、遠い日の記憶を辿るように、彼女の目が柔らかくなる。


「特に獣人の姉妹、ノワとルナ…」


リリアナの声が少し弱まる。彼女の中で、別れの瞬間が鮮明に蘇っているようだった。言葉を続けることができず、彼女はただ唇を噛んだ。


「彼女たちは今も…」


言葉を詰まらせる彼女を見て、怒りが込み上げる。先ほどの戦いで燃え尽きたはずの感情が、再び炎となって燃え上がる。足元で、影が再び蠢き始めた。まだ暗闇の中でうごめく影は、まるで心の叫びに応えるように、闇に潜むものたちへの怒りを表現しているかのようだった。


エルフだけではない。

多くの異種族が、人間たちによって搾取されていた。


その思いが、二つの人生分の怒りとなって胸の内で燃え上がる。心臓の鼓動が早まり、体の奥底から力が溢れてくるのを感じる。だが、それは暴走ではなく、正義のために使うべき力だった。


「分かった。全てを変える」


絞り出す言葉に、リリアナの瞳が希望の光を宿す。彼女は、先ほどの戦いを目の当たりにしても、背を向けなかった。それどころか、より強い信頼を寄せているようだった。彼女の顔には、初めて会った時から感じていた凛とした気高さが戻ってきていた。


そっと近づき、彼女の手を取る。契約の儀式のような、そして誓いのような意味を込めて。


彼女の手は冷たかったが、それでも手を強く握り返してきた。その感触に、彼女の揺るぎない決意と信頼を感じる。


二人の間で交わされた契約は、単なる力の共有ではなく、魂そのものを繋ぐ絆を形作っていた。影は二人を静かに包み込み、月明かりの下で輝きを増していく。


「共に参ります」


リリアナの声には、もはや迷いはなかった。彼女の目には、復讐の炎と救済の光が同時に宿っていた。


月明かりの下、二人は施設への道を歩み始める。夜の闇が二人を包み込み、同時に導いていくかのようだった。足音だけが静かに夜の静寂を破る。


この夜、世界に新たな『影』が生まれた。

影は目覚めた。次は、世界を正す番だ。

第4話をご覧いただき、ありがとうございます。

感想やコメントをいただけますと、大変励みになります。


次回更新:5月12日(月)19時

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