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《序章》第3話:月下の契約

※本作品は異世界転生ファンタジーです。

※主人公最強/チート要素含みます。

※残虐表現、死亡描写を含む場合があります。

突如として蠢いた影が、リリアナの周りを守るように這い始める。


細い黒い糸のような形から、次第に濃密な漆黒の幕へと変わっていく様は、まるで生き物のような意思を感じさせた。


「な、なんだ!?」


周囲から恐怖の声が漏れ、場の空気が一変する。


沈黙——。


宴会場に集った貴族たちの顔が、嫌悪から恐怖へと変わっていく様を冷静に観察していた。先ほどまで高笑いを浮かべていた面々が、今は青ざめた顔で後ずさりしている。彼らの表情に浮かぶ混乱と戸惑い——先ほどまでエルフの血を蔑んでいた者たちの、弱々しい本性が露わになる様が、妙な満足感を胸に広げていく。


怒りが高まるにつれて、会場全体にあったはずの人々の影が、まるで生き物のように蠢きながら、俺とリリアナを囲むように集まっていった。壁に映る紳士淑女の影が壁から剥がれ落ち、床を伝って足元へと集まってくる。


中で、ずっと眠っていた何かが目を覚まし始めている。血が騒ぐような、そして同時に心が落ち着くような、奇妙な感覚。まるでこの力こそが本来の自分だと言わんばかりに。掌の中で力が脈打ち、全身に広がっていく。


シャンデリアの明かりが照らし出す床には、渦を巻くように集まる漆黒の影が不気味な模様を描いていく。華やかな宴会場の床に描かれた闇の芸術は、その場にいる全ての者を凍りつかせるほどの威圧感を放っていた。


「アーサー様、少し外の空気を吸いませんか」


リリアナの言葉は、氷の張ったような硬質な空気を割る。


彼女は震える声を必死に抑えながら、袖を軽く引く。その指先の冷たさに、彼女の動揺が伝わってくる。細い指が布地を通して僅かに震えている。


普段の気高さを失わないように努めているのに、僅かに俯く横顔には深い悲しみが浮かんでいた。彼女の翡翠のような瞳は、涙をこらえるためか、少し潤んでいる。長い睫毛に光が留まり、その一滴が今にも零れ落ちそうだった。


その瞳を見つめ、心から小さく声をかけた。

「うん、そうしよう」


不安げに、縋るように触れたリリアナの手を握り、彼女の後を追った。二人の足音だけが重苦しい静寂を破り、華やかな宴会場から遠ざかっていく。豪奢な装飾品に囲まれた廊下を進むごとに、心の重しが少しずつ軽くなっていくのを感じた。


背後では、いまだ震える貴族たちの囁き声と、床に残された黒い痕跡だけが、先ほどの出来事の証として残されていた。


───


中庭に出ると、月明かりだけが二人を照らしていた。雲一つない夜空に、満月が銀盤のように輝いている。星々が煌めく夜空の下、リリアナの髪が銀色に輝いている。中庭の花々は夜露に濡れ、微かな花の香りが風に乗って漂ってきた。


彼女は立ち止まると、月に顔を向け、深いため息をついた。肩が小さく震え、その姿は今にも砕けてしまいそうなほど儚かった。


「私のせいで、アーサー様まで迷惑を……」


その声には、これまで聞いたことのないほどの弱さと後悔が滲んでいた。震える唇から漏れる言葉を、冷たい夜風が連れ去っていく。


「そんなことない。リリアナは何も悪くないよ」


何か慰めの言葉を続けようとしたが、その前に背後から悪意のある声が響いた。


「そこにいたか、穢れた血族が」


振り返ると、数名の貴族が、杖や剣を手に姿を現している。廊下から続く石畳の上に、彼らの長い影が伸びていた。月光に照らされた彼らの表情には、憎悪の色が濃く浮かんでいた。目の奥に灯る炎は、単なる差別心を超えた何かを感じさせる——それは恐怖だった。自分たちの常識が揺らぐことへの、根源的な恐れ。


「不届き者め。よくも我々を欺いてきたな」


先頭に立つ中年の貴族が、杖を掲げながら声を荒げる。光に照らされた彼の顔に、怒りの皺が刻まれていた。


「貴族の血を穢そうとした罪は重い」


もう一人が続けて吐き捨てるような言葉を放つ。その声には憎悪と共に、どこか不安げな震えが混じっていた。彼らは怯えている——俺たちに対してだけでなく、自分たちの中の何かに対しても。


魔法の詠唱が始まる。最前列の貴族が両手を高く掲げ、古代の言葉を紡ぎはじめた。


"我が前に立ちはだかる穢れし者よ——"

"神々の炎を以て、汝を浄化せん"


古代語のような言葉が、夜空に不吉な響きを残していく。月明かりの中で唱えられる言葉は、より一層禍々しい印象を与えた。詠唱者の周りに赤い魔法陣が浮かび上がり、その手には紅蓮の炎が宿り始めていた。炎から放たれる熱波が、二人の頬を焦がすように撫でていく。


ここまで来るとは——状況を冷静に判断しながらも、憤りが込み上げてくるのを抑えられなかった。彼らにとって異種族は、同じ命を持つ存在としてさえ見ていないのか。胸の奥で怒りが渦巻き、指先まで熱くなっていくのを感じる。


リリアナは剣を構えるが、その手が僅かに震えているのが分かった。月明かりに照らされた横顔には、今まで見せたことのない不安げな表情が浮かんでいた。常に凛とした彼女の姿しか知らなかった自分にとって、その儚さは胸を締め付けるものだった。いつもの彼女なら、どんな相手でも臆することなく向かっていくはずなのに。


そして気がついた。彼女が恐れているのは死ではなく、自分のせいで俺に危険が及ぶことなのだと。


「大丈夫だよ、リリアナ」


彼女の前に立ち、震える手を優しく握る。温もりを通して、彼女の心臓の高鳴りが伝わってくる。手のひらからリリアナの命の鼓動を感じながら、中の何かが決壊していく感覚があった。


「リリアナのことが大好きだ。エルフの血が混ざっているなんて、どうでもいい」


その瞬間、時間が止まったような静寂が二人を包んだ。風の音も、遠くの喧騒も、すべてが消えたかのようだった。


リリアナの目が大きく見開かれ、そこには驚きと戸惑い、そして微かな希望の光が宿っていた。彼女の唇が小さく震え、何かを言おうとして言葉にならない。


「気が付いていたのですね。一体いつから」


その声には驚きと共に、僅かな安堵が混ざっていた。振り返って彼女の瞳を見つめる。涙に濡れた翠色の瞳が、月明かりに揺れていた。その瞳には、ずっと隠し続けてきた秘密を見抜かれた驚きと、それでも受け入れられたことへの深い安堵が宿っていた。


周りで、夜がゆっくりと息を吹き返したかのように、風が強まっていく。枝葉が揺れる音だけが、この沈黙の時間を彩る。花の香りが風に乗って漂い、二人を包み込む。


「最初はリリアナと打ち合ったとき、少しだけ見えた耳が俺たちとは違うことに気が付いた」


詠唱を続ける貴族たちの声が遠のいていくように感じられる中、静かに言葉を続ける。


「それに髪を長く伸ばしているし、顔をよく隠す癖があるね」


その言葉にリリアナは「そこまで見ていてくださったのですね」と小さく呟いた。頬を薄く染めながら、彼女は手をより強く握り返してくる。

その手は冷たかったはずなのに、今は確かな温もりを感じられた。


「ずっと、守りたいと思ってた」


静かに告げると、そっと顔を近づけた。月光に照らされた彼女の顔は、今まで見たことのないほど美しく、儚かった。長い睫毛に溜まった涙が、星のように輝いている。


時間がゆっくりと流れ、周囲の音が遠のいていく。

指先がリリアナの頬に触れ、その柔らかさに心が震えた。彼女の吐息が唇に触れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。リリアナの瞳が閉じられ、長い睫毛が頬に影を落とす。


その時、脳裏に閃くように浮かぶ記憶。幼い頃、父から聞いた古い伝承——「真の絆は魂と魂の結合、その証は口づけにあり」。それは遠い記憶の中の言葉だったが、今この瞬間、まるで運命に導かれるように思い出された。


唇が重なった瞬間、二人の間に小さな電流のようなものが走った。


柔らかく、しっとりとした感触。蜜の味がするような甘さに、理性が溶けていく。リリアナの唇は、控えめながらも唇を受け入れ、その温もりは全身を包み込むように広がっていく。


そして、その瞬間だけ時間が止まったかのように感じた。魂の深部で何かが共鳴し、影の力と彼女の魔力が互いを認め合い、引き寄せ合っている。これが契約の本質なのだと、言葉にはできない確信があった。


彼女の髪が月光に照らされて銀色に輝き、その長い髪が風に舞いながら二人を包み込む。手は自然と彼女の腰に回り、その細さに驚きながらも、彼女をもっと近くに引き寄せる。リリアナの手が震えながらも肩に置かれ、その指が背中に絡みつくように力を込める。


二人の影が一つに溶け合い、漆黒の闇が静かに蠢きながら二人を守るように広がっていく。四方を包み込む闇は、決して脅かすものではなく、むしろ二人だけの聖域を作り出すものだった。


その瞬間。漆黒の影が二人を包み込み、リリアナの体が淡い光に包まれる。


それは新たな夜明けのようだった。星々が落ちてきて彼女の周りで踊るように、光の粒子が舞い始める。彼女の瞳が金色に輝き、魔力が急激に高まっていく。長い髪が風もないのに揺れ始め、その先端から霜の結晶が生まれては消えていく。


接吻を終えた彼女の唇は、いつもより赤く染まり、うっすらと潤んでいた。その表情には、少女から女性へと変わりゆく瞬間の輝きがあった。驚きと悦びと、そして新たな力に目覚めた者特有の畏怖が入り混じっている。


「これが…契約…」


リリアナが驚きの表情で囁く。その声は風のように軽やかで、同時に深い感動に満ちていた。


「古書でしか読んだことがなかった…魂の同調、そして力の共鳴」


彼女の指先から零れ落ちる氷の結晶が、夜空の下で青白く輝いている。その表情には新たな力への驚きと、今この瞬間の特別さを噛みしめるような静かな感動があった。


胸の内側では、どこか懐かしさにも似た充実感が広がっていた。影の力が彼女の中で花開いていく——それは運命そのものを書き換えるような力の目覚めだった。唇と魂が触れ合うことで結ばれる契約は、単なる約束や誓いではなく、もっと深い、存在そのものを結びつける絆だと悟った。


リリアナの瞳には今、迷いはなく、ただ揺るぎない決意と、新たな力への畏怖だけがあった。そして——俺への信頼。彼女は言葉にはせずとも、その眼差しだけで多くを語っていた。


「貴様、エルフになにをやっている……!」


詠唱の途中だった貴族たちが驚愕の声を上げる。その声には恐怖と怒りが入り混じっていた。彼らが見ているのは、もはや単なる「エルフの血を引く少女」ではない。契約の力によって目覚めた、未知の力を秘めた存在だった。


リリアナの周りに氷の結晶が舞い始める。小さな雪の結晶がひとつ、またひとつと生まれては消え、青白い光の粒子となって夜空に散っていく。夜の冷たい風が、さらに鋭くなったような気配が、静かな中庭を包み込む。


紅蓮の炎を宿していた魔法陣が、あたかも恐れるように揺らめいていた。激しく燃え上がっていた赤い炎の先が、冷気に触れて弱まっていく。


「アーサー様……この力は……」


戸惑いの表情を浮かべる彼女の顔には、もう恐怖の色はない。月明かりに照らされた彼女の姿は、まるで夜の女王のように気高く、強さを湛えていた。彼女の周りを漂う氷の粒子は、光の破片のように輝いている。


「俺も同じさ」


自分の手から立ち上る黒い霧を見つめながら答えた。目覚めたばかりの力は、まだ完全には制御できないが、意思の向くまま——この力が自分のものであるという実感だけは確かにあった。


「さあ、俺たちで裁きを下そう」


手の中で黒い影が剣となって具現化した。漆黒の刃に月の光が反射し、冷たい輝きを放っている。黒曜石のような質感の剣身には、細かな闇の粒子が舞っていた。その剣を掲げながら、強く宣言した。


「この手で、世界の穢れを洗い流してやる」


漆黒の刃に宿る力が、差別という闇を切り裂く光となって、戦いの幕が切って落とされる。顔を上げたリリアナの目には、もはや迷いはなかった。彼女の手に宿った氷の結晶と、闇の力が交差する時、新たな物語が始まろうとしていた。


貴族たちの顔から血の気が引き、月明かりの下でその表情は青白く見えた。けれど、もはや逃げ場はない。彼らの恐れは現実となり、真の力に目覚めた二人の姿が、夜の闇の中で一層鮮やかに浮かび上がっていた。

第〇話をご覧いただき、ありがとうございます。

感想やコメントをいただけますと、大変励みになります。


次回更新:本日 19時更新

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