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《序章》第2話:淑女の仮面

※本作品は異世界転生ファンタジーです。

※主人公最強/チート要素含みます。

※残虐表現、死亡描写を含む場合があります。

訓練を終えた午後、庭園での優雅なティータイム。リリアナと俺、そしてセバスチャンの三人で、白い装飾が施された丸テーブルを囲んでいる。

風が優しく頬を撫でていく。

けれど、どこか違和感があった。

頭の奥に何かが引っかかる。朝から続く微かな頭痛。断片的な夢の記憶——真っ黒な霧のようなものが自分を包み込んでいく感覚が、今も体の隅々に残っている。指先で触れれば、その感覚が蘇りそうな気さえした。


「アーサー様、大丈夫?」

ふと我に返ると、リリアナの心配そうな瞳が俺を見つめていた。少し身を乗り出し、首を傾げる彼女の表情には、隠しきれない不安が揺れている。


「あ、ごめん。少し考え事をしていて」


「はい」

リリアナは小さく呟いた。そして緊張をほぐすように肩をすくめると、ゆっくりと手を伸ばし、銀のフォークを添えたケーキを差し出してきた。


「食べやすいように切ってあげたの。感謝してよね」

強気な口調とは裏腹に、手作りのケーキを差し出す彼女の頬が薄く染まっていた。細い指がわずかに震え、わずかに伏せられたまつ毛が彼女の恥じらいを物語る。クリームの上に飾られた苺が、彼女の赤らんだ頬と色を合わせているように見えた。


前世では経験したことのない、貴族の令嬢らしい愛らしい仕草に、思わず見とれてしまう。心臓が一拍早く鼓動した。


「ありがとう。リリアナの手作りケーキは特別美味しいよ」

素直な気持ちを伝えると、彼女は更に頬を染めながら、長い髪で顔を隠すように視線を逸らした。唇をわずかに尖らせたまま、ちらりとこちらを伺うその仕草が、妙に可愛らしい。


時間がゆっくりと流れる静かな庭園。ティーカップの縁から立ち上る湯気が、初夏の風に揺られている。


「いい雰囲気なところ申し訳ないのですが、坊ちゃま」

セバスチャンの声が、穏やかな空気に切れ目を入れた。彼はイタズラめいた笑みを浮かべていたが、目は笑っていない。少し表情を引き締めて続ける。


「昨日の件についてお話させていただいてよろしいでしょうか」


「昨日の……件?」

首を傾げた。何か重要なことがあったはずなのに、記憶がぼんやりとしている。思い出そうとすればするほど、頭の中で霧が濃くなっていくような感覚に陥った。


「坊ちゃまが気絶されていた間の出来事です」

セバスチャンは声を低くして言った。テーブルに身を乗り出し、まるで秘密を打ち明けるかのように。


「我々が目にしたのは、とても奇妙な光景でした。坊ちゃまの周りの影が、まるで生き物のように蠢き始めたのです」


「影が……動いた?」

言葉を口にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。どこかで見たような、感じたような——けれど確かな記憶として思い出せない感覚。


問いかけに、セバスチャンは慎重に言葉を選びながら続ける。


「はい。その影は次第に立ち昇り、坊ちゃまを包み込むような漆黒の霧へと変わっていきました」

セバスチャンの瞳に、あの時の光景を見返すような深い陰りが宿る。


「周囲の植物が触れるだけで枯れていく様は、通常の魔力暴走とは明らかに異なる現象でした。私が見たのは、SS級の魔力に加え、何か特別な力が目覚めようとしている兆候だと思います」


彼は一度息を整えてから、さらに続けた。


「あの気絶は、その力があまりにも強大すぎて、幼いお体が耐えきれなかったのではないでしょうか」


その言葉を聞いて、夢の中で感じた黒い霧の感覚が現実味を帯びてきた。本当に自分の周りで何かが起きていたのか——そう思うと、胸の奥に不思議な高揚感が湧き上がる。期待と恐れが入り混じった、奇妙な感情。


リリアナは長い髪を整えながら、目を見つめた。一瞬だけ逡巡するような表情を浮かべてから、口を開く。


「遅れて私が駆け付けたころには、庭園の一部が真っ黒に焦げてしまったんだから。本当、気を付けてね」


彼女の言葉には確かな焦りがあった。まるで何か隠し事をしているような、視線の揺らぎ。そして会話を切り替えようとするような口調。彼女の細い指が、無意識にドレスの裾をつまんでは離している。


「リリアナ、君は何か知っているの?」

問いかけると、彼女の動きが一瞬止まった。


「え? わ、私は何も……」

彼女は一瞬だけ目を見開き、すぐに優雅な仕草で髪を撫でた。けれど、その仕草があまりにも計算されたものに見えて、かえって不自然さを際立たせていた。


「ただ心配しているだけよ。あれだけの魔力暴走があったのだから、当然でしょう?」

彼女の声には微かな震えが混じっていた。


会話の空気が一瞬凍りついたように感じられる。三人の間に、目に見えない重みが横たわる。


「まぁ、坊ちゃまが無事であったことを喜びましょう」

セバスチャンは穏やかな笑顔を浮かべながら、残りのケーキを切り分ける。銀のナイフがケーキを通る音だけが、しばらくの間、庭園に響いた。


「そうね。それにせっかく私が作ったケーキを残したら勿体ないもの」

リリアナは切り分けたケーキの乗った小皿を目の前に寄せた。話題を変えようとする意図が明らかだった。けれど、彼女の落ち着かない仕草は、彼女が何かを隠していることを物語っていた。


「気を付けるよ。心配してくれてありがとう」

なにを気をつければいいのか分からなかったが、とりあえず目の前のケーキに口をつける。甘い香りが口の中に広がり、ふんわりとした食感が舌の上で溶けていく。僅かに残る柑橘の爽やかな風味が心地よく、先ほどの重苦しい空気が少しずつ和らいでいくのを感じた。


けれど、リリアナの隠し事と、自分の体内で目覚めかけた「何か」への思いは、甘さの奥に残り続けていた。まるで影のように。


───


数日後、華やかな貴族院の宴会場。

シャンデリアの柔らかな光が、高級な絨毯や装飾品を照らしている。貴族たちの優雅な会話と笑い声が心地よく響き、ワインの香りが漂う空間。


そこに突然の悲鳴が響き渡った。


「あの娘、エルフの血が……!」

声は氷のように冷たく、剣のように鋭い。宴の空気が一瞬で凍りついた。


「穢れた血族を伯爵家の嫁になど!」

父、レイモンド・ヴァン・シャドウに宴の人々が殺到していた。高まる怒号、非難の声。父の周りに集まる貴族たちの顔には、蔑みと怒りが浮かんでいる。


「まさか……本当なのか?」

「我々の血統に異種族の汚れを混ぜるつもりか!」

次々と投げかけられる罵声。その一つひとつが、ナイフのようにリリアナへと向けられていく。


冷え切った視線がリリアナへと注がれる。

彼女は膝の上で手を握りしめ、小さく震えていた。その姿は、まるで自分を消そうとしているようだった。

小さく震える肩、唇を噛みしめる仕草が、彼女の内にある恐怖と悔しさを滲ませる。


傍で食事をしていたリリアナの顔から、血の気が引いていくのが見て取れる。白い指先が自分のドレスを掴み、わずかに震えている。周囲の視線に曝されながらも、彼女は決して顔を上げなかった。


拳を強く握りしめた。指先が痛いほど爪が食い込む。胸の内に怒りが渦巻き、鼓動が早くなっていく。


そして中で、あの日の"影"が再び蠢き始めていた。床に落ちる自分の影が、微かに伸縮するように見えた気がした。

第2話をご覧いただき、ありがとうございます。

感想やコメントをいただけますと、大変励みになります。


次回更新:本日 19時更新

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