表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

8.膝枕

 キーファーは私の部屋にまで上がりこんで、リビングのソファで横になっていた。


 私はそんな彼に捕まってしまい、膝枕を強要されていた。


「……ねぇ、重たいんだけど」


「俺は太ってなどいないが」


 なら! なんでこんなに重たいの?!


「ドレスがしわになるんだけど?!」


「庶民の服と大差ない恰好で何を言うか。

 しわが嫌なら捨てればいいだろう」


 どうあっても動こうとしないつもりだな?


 私は小さく息をついた。


「そんなにローラさんや側妃に会いたくないの?」


「……なぜそう思った?」


 私は光る玉を指さして告げる。


「精霊たちがそう言ってるのよ。

 『キーファーは他の妃が苦手なんだ』って。

 ローラさんは仕方ないとして、苦手ならどうして他国から妃を取ったりしたのよ?」


「……相手国の反抗を抑え込むためだ。

 娘の命がかかっていれば、そう簡単には歯向かえん」


 私は呆れながら応える。


「帝国のために自分の気持ちを押し殺したの?

 キーファーってもしかして、ものすごいお人好し?」


「トリシアに言われると、なんだか腹が立つな。

 どの口がそんなことを言うんだ?」


「この口だけど何か?」


 キーファーが上を向いて私の頬を引っ張った。


「そうか、この口か。では黙らせてやろうか」


「いふぁい! いふぁいってふぁ!」


 キーファーが手を放し、私の方に向かって寝返りを打った。


「お前は黙って枕になっていればいい」


 う、キーファーの低い声がお腹に響いてくすぐったい。


「ちょっとキーファー、しゃべらないでよ。

 ――っていうか、淑女に対して失礼じゃない?! この姿勢!」


「妻に対する夫の姿勢なら問題あるまい。

 お前も俺との婚姻は覚悟が決まったと言っただろうが」


「だからしゃべるなー!

 くすぐったいのよ!」


「そうか、では歌でも歌ってやろうか」


「お願いだからしゃべらないでってば!

 お腹をくすぐられてるのと変わらないのよ!」


「ではお前も黙って枕をしていろ」


 くっそー! ああ言えばこう言う!


 だけど腰をがっちり抱え込まれていて、動きたくても動けない。


 ため息をついた私は、何故か笑いを我慢してる様子の侍女たちに告げる。


「……お茶、お替りもらえる?」





****


 夕方になり、第四妃宮から侍女頭キャサリンが外に出てきた。


 それを見た近衛騎士スコットが彼女を呼び止める。


「おいキャサリン、陛下の様子はどうなんだ?」


 キャサリンが足を止め、スコットに澄まし顔で振り向いて応える。


「今はトリシア殿下の膝でゆっくりとお休みです。

 間もなく夕食ですので、そろそろご起床頂きますが」


 スコットが眉をひそめた。


「陛下が側妃の膝枕で寝ていると、そう言ったのか?」


「そう聞こえませんでしたか?」


 ――今まで、正妃の膝枕すら話に聞いたことはない。


 表情を変えないキャサリンにスコットが困惑しながら尋ねる。


「他に何か、気付いたことはあるか。

 トリシア殿下の様子でも構わん」


 キャサリンが小さく息をついて応える。


「忙しい時間に、なんですかいったい。

 ――陛下は楽しそうにトリシア殿下と会話をしておられましたよ。

 トリシア殿下は、もう妃宮に順応し始めてます。

 たくましい方ですね、殿下は」


「その……陛下と殿下の仲はどうなんだ?」


「かなり親し気に言葉を交わしておいででしたよ。

 率直な物言いをなさるトリシア殿下は、陛下と相性が良いのでは?」


 ――そんな馬鹿な。


 余計な一言で刑罰を受けた兵士や騎士ならいくらでもいる。


 率直な言葉を投げかけられて、陛下が逆に距離を縮めている?


 戸惑うスコットがキャサリンに尋ねる。


「最後にいいか? お前はトリシア殿下をどう見る?」


「……あの方なら、宮廷の空気を変えてしまわれるかもしれませんね。

 あるいは帝国の貴族社会の空気すら、変えてしまわれても不思議ではありません。

 見る者にそんな気持ちを抱かせる方だと思います」


 キャサリンが会釈をして宮廷の厨房へと歩いて行く。


 スコットはその背中を見送りつつ、何が起こっているのかを考え始めた。





****


 侍女頭のキャサリンが部屋に戻ってきて告げる。


「トリシア殿下、夕食の支度が整いました。

 陛下をお起こし頂けますでしょう」


 私は思わず言葉を漏らす。


「え、私が?」


「側妃たる殿下以外、誰がおられますか」


 私はゆっくりと視線を膝の上で眠るキーファーに向けた。


 だって、なんだかすごい気持ちよさそうに寝てるし。


 起こすのはなんだか悪い気がするなぁ。


「……もう少し、寝かせてあげられないかしら」


「すでに二時間は寝ておられます。

 これ以上は夜の睡眠にも影響が出ますので、おやめになった方がよろしいかと」


 そっか、皇帝の健康管理も従者の役目だからか。


 私はそっと彼の肩をゆすりながら声をかける。


「ちょっとキーファー、そろそろ起きて。夕食だって」


「ん……」


 声を出したけど、キーファーに起きる気配がない。


 今度は耳元でささやいてみる。


「キーファー。夕食だってば。起きて」


 今度は反応がない――と思ったら、彼の手が私の後頭部を掴んだ。


 キーファーが目を開き、私の顔に向かって顔を近づけてくる。


 咄嗟に私は「精霊さん!」と声を上げ、彼らに助けを願った。


 パチンという破裂音がして、キーファーの顔が弾けるように離れていった。


 私は慌ててソファから立ち上がり、キーファーの頭をソファに残して窓辺へ逃げ出す。


 うるさい心臓を手で押さえつつ、息を荒げて告げる。


「――ちょっと! 不意打ちで唇を奪おうとかどういうつもり?!」


 キーファーはニヤリと微笑んで、ゆっくりと起き上がった。


「夫が妻に口付けをすることに、何か疑問があったか?」


「大有りよ! 私は体も唇も許す気はないの!」


「膝枕は許しただろうに」


「それは――そのくらいなら、構わないかなって思っただけよ!」


 キーファーが楽しげな顔で立ち上がり、こちらに手を差し出した。


「夕食だ。テーブルに着こう」


 私は窓際から動けないまま、その手を見つめていた。


「……そうか、そんなに警戒させたか。

 では先に座っているぞ」


 キーファーがつまらなそうに私に背を向け、ダイニングテーブルに向かった。


 私はそれを確認すると、恐る恐る後をついて行った。


 ……なんだか、また侍女たちが笑いを噛み殺してる?


 何が楽しいのかな、いったい。





****


 テーブルに並んだ夕食を見て、私は思わず意表を突かれていた。


 サラダと鶏肉を使った料理に、川魚の蒸し焼きと根菜と豆の冷製スープ。


 あとは大きめのパンが籠に入ってるぐらいだ。


「ねぇキャサリン、これってキーファーの食事なのよね?」


「はい、陛下の献立でございます」


 食事に手を付けているキーファーに思わず尋ねる。


「なんだか質素じゃない? 足りるの?」


「余らせても仕方あるまい。

 肉と野菜、パンは充分に揃っている。

 体を壊すことにはならん」


 ウィンコット王国の宿屋で食べた食事より、むしろ質素に見えた。


 私もパンを手に取り、軽くちぎって口に含む――甘い?!


「ちょっと! なにこの甘さ! バターを使い過ぎじゃないの?!」


「俺の献立だからな。

 俺たちは塩気が足りないと調子が悪くなる。

 体を動かさんトリシアには、少し塩分が多いかもな」


 そっか、筋肉があるし体を動かす人ってそうなのか。


 スープを口に含んでみたけど、こちらはマイルドな味付けだった。


 キーファーはパンをモリモリと食べていき、他の料理も万遍なく減らしていく。


 魚料理や肉料理は――これも味付けが濃いな?!


「ちょっとキーファー、こんなに味付けが来いと体を壊すんじゃない?!」


「口に合わなければ、別の料理を用意させるが?」


「う、それは……そこまでしてもらうと、調理人が大変だし。

 今日は我慢して食べるわよ」


 キーファーがフッと笑みを浮かべた。


「ではお前の食事は薄味にするよう、通達を出しておこう」


 私は頷いて食事を進めながら、キーファーに尋ねる。


「ねぇキーファー。私、馬に乗りたいんだけど許してもらえるかな?」


「馬にか? なぜだ」


「なぜって……好きだからよ。

 馬に乗って野を駆けていると、風がとっても気持ち良いじゃない?」


 キーファーの視線が私を見つめてくる。


「……そうか、それほど好きか。

 ではトリシアのための乗馬服を用意させておこう。

 ドレスでは馬具に引っかかって、乗りにくかろう」


 私はおずおずと頷いた。


「そうしてくれるならありがたいけど……。

 いつ頃用意できるの?」


「明日には用意させる。

 午後から俺と一緒に馬を走らせよう。

 腹ごなしには丁度いいだろう」


 明日?! 今言いだしたことを、明日の午後までに用意するの?!


「キーファー、わがままを言い過ぎると周囲が困るわよ?」


「俺は皇帝だからな。

 その程度の強権を発動しても、誰も文句は言わん」


「それなら私が文句を言うわ!

 もう日も落ちてるのよ?!

 午後までに間に合わせるなんて言ったら、担当の人が夜も仕事することになるじゃない!」


 キーファーが楽しそうに微笑んだ。


「その程度のことを気にするな。

 お前は側妃、俺の妻だ。

 トリシアにもわがままを言う権利くらいはある。

 他の妃と同程度にはな」


「いーいーまーせーんー!」


「だがもう決めた。明日の午後は馬を走らせる」


「横暴皇帝! それじゃあ家臣が付いてこないわよ?!」


 フッと笑ったキーファーが口元に指を当てた。


「食事中はもう少し静かにしろ。当然のマナーだぞ」


 こいつ~?! 誰が怒らせてるのよ!


 私は黙って乱暴にパンを噛みちぎり、スープで流し込んでいく。


 そんな私の様子を、キーファーは嬉しそうに目を細めて見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ