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7.初めてのお渡り

 ヘレン皇太后がトリシアに優しい声で告げる。


「トリシア、あなたは先に外で待っていて頂戴。

 キーファーに少し話があるの」


「はい! わかりました!」


 トリシアは淑女の礼をしてから下がり、部屋の外へ出た。


 それを見送ったヘレン皇太后が、穏やかな声で告げる。


「純粋な子ね。とても貴族には見えないわ。

 いったいどんな育ち方をしたら、あんな風になるのかしら」


 キーファー皇帝が苦笑を浮かべて応える。


「彼女は幼い頃から蔑まれて生きてきたそうですよ。

 周囲からも、実の家族からも。

 彼女の服を見れば、それがどんなものかはお分かりになるのでは?」


「……そうね。あんなみすぼらしい服で現れて、最初は神経を疑ったわ。

 でも、親からそんな待遇しか与えられてこなかったのね。

 あの子が出来損ないの貴族令嬢だったのは間違いないでしょうけれど、人としては立派な子よ。

 ――キーファー、あなたはあの子を守ってあげなさい」


 ヘレン皇太后の言葉に、キーファー皇帝が困ったように微笑んだ。


「難しい要求ですね。

 彼女を社交界で守り通すのは容易ではない。

 その上で私に『守れ』とおっしゃいますか」


 ヘレン皇太后が神妙な面持ちになって告げる。


「できる範囲で構わないわ。

 ローラやシャイナ、ベレーネたちと衝突しないよう、調整をしなさい。

 精霊巫女の力は今の帝国に必要な力。

 みすみす失うことのないように」


 正妃や他の側妃たちとの衝突――それは避けられないだろう。


 それでも『努力せよ』とヘレン皇太后は命じた。


 キーファー皇帝も真顔になり「畏まりました、母上」と応え、ヘレン皇太后の前から立ち去った。


 独りになったヘレン皇太后が、ぽつりとつぶやく。


「今も精霊は私の傍に居るのかしら……。

 私にも精霊が見えたら、きっと心を癒す助けになったのでしょうね」


 それは小さな叶わぬ願い。


 ヘレン皇太后は見えない精霊たちを愛おしむかのように天井を見上げた。





****


 しばらく部屋の外で待っていると、中からキーファーが出てきた。


「待たせたな、戻ろうか」


 私はきょとんとしながら尋ねる。


「あれ? ここって正妃も住んでる場所なんでしょ?

 挨拶しなくていいの?」


「構わん。長旅で疲れてる所でローラに会いたくはない」


 ローラさんっていうのか。


 疲れてるときに会いたくないとか、本当に嫌いなんだな。


 歩きだしたキーファーの後ろについて歩いて行くと、階段の前に女性が立っていた。


 綺麗な金髪の貴婦人だ。真っ赤なドレスが、彼女の性格を物語っているようだった。


 貴婦人が微笑みながら歩み寄ってきて告げる。


「キーファー、私に会わずに帰るつもりだったの?」


「……ローラ、わざわざここまで来て待ち伏せか」


 貴婦人――ローラさんが得意げに微笑んだ。


「あなたの行動なんてお見通しなのよ。

 今夜は私の部屋に泊まりなさいな。

 二か月もご無沙汰なんだし、構わないでしょう?」


 キーファーがため息交じりで応える。


「悪いが、そう言う訳にはいかない。

 トリシアも俺の妃だ。

 初夜をないがしろにはできん」


 ローラさんが扇子を取り出して口元を隠した。


「あら、私にそんなことを言っても構わないの?

 お父様に『キーファーが相手をしてくれない』と泣きついてもいいのよ?」


 キーファーが不機嫌そうに言葉を荒げる。


「くどいぞ、ローラ!

 トリシアをないがしろにするつもりはない!

 何度も言わせるな!」


 ローラさんがキーファーを冷めた目で見据えた。


「……そう、それがキーファーの答えなのね。いいわ。

 後で後悔してもしらないんだから」


 そう言ってローラさんは、私に目もくれずに階段を降りていった。


 キーファーが疲れたようにため息をつく。


「まったく……自分のことしか考えられん奴だ」


「それ、キーファーが言っても説得力がないってば」


 キーファーがニヤリと私に微笑んだ。


「俺は違う。俺は俺自身と、帝国を思って行動している。

 国を顧みず己しか見ないローラと一緒にされては困る」


「あー、一応皇帝の自覚はあったんだ?」


 ジロリを白い目を寄越しながらキーファーが告げる。


「お前、俺をなんだと思ってたんだ」


「え? 自己中心的で冷酷な人かなーって。

 精霊たちも、キーファーの周りにはあまり近寄らないし。

 みんな、なんだか怖がってるみたい」


 キーファーがフッと笑みを浮かべた。


「人を見る目は悪くないな――その通りだ。

 自己中心的で冷酷、それで結構。

 その結果、帝国が繁栄するなら何と言われようと構わん」


「だーかーらー! それじゃあ人心が逃げるって言ってるでしょ?

 優しくするときはきちんと優しくしないと。

 お義母様みたいに、厳しくしなきゃいけない時もあるだろうけど。

 それと冷たい態度を取るのは、話が違うと思うよ?」


 私の言葉に、キーファーが手を伸ばして私の頭を掻き交ぜた。


「うるさい、小娘が。生意気を言いやがって。

 母上を懐柔できたからって、いい気になるなよ?」


「わわ、ちょっとやめてよ!

 侍女たちがせっかく整えてくれた髪が乱れるでしょう?!

 それに調子になんて乗ってないってば!」


「どうだかな……ともかく、お前の妃宮に帰るぞ」


 送ってくれるのかな?


 まぁまだ宮廷には慣れてないし、迷ったら困るもんね。



 私たちは第一妃宮を離れ、第四妃宮へと向かった。





****


 第四妃宮の入り口で私は振り返り、キーファーに告げる。


「送ってくれてありがと。

 キーファーも疲れたでしょ?

 早く自分の部屋に戻ったら?」


 少し考えた様子のキーファーが応える。


「……いや、お前の部屋に行こう。

 部屋に戻ると、シャイナやベレーネに会いかねん。

 今日はこのまま、ここに泊まる」


 ――泊まるっていった?! このまま?!


「ちょっと待って! 急に言われても困るんだけど?!」


「俺は困らん。

 どうせ夜にはここに来るんだ。

 いちいち戻るのも手間だ」


「来なくていいってば!

 長旅で疲れてるのはお互いさまでしょ?!

 自分の部屋でゆっくりしようよ!」


 キーファーがニヤリと微笑んで告げる。


「お前こそ、なにか勘違いをしていないか?

 これは『命令』だ。

 お前に逆らう権利などない」


 横暴ー?!


 どうしてくれようかな、こいつのわがまま!


 キーファーが門番に対して告げる。


「近衛騎士を呼んで来い。

 今日は誰一人ここに寄せ付けるな」


 そう言ったキーファーは、私の肩を抱いて第四妃宮へと入っていった。





****


 近衛騎士団の詰め所に、衛兵の一人が駆け込んできた。


「失礼します!

 陛下が『至急、第四妃宮へ来い』とのお達しです!」


 近衛騎士スコット・ベイヤード伯爵が、胡乱気に衛兵を見て尋ねる。


「他には何かおっしゃっていたか」


「はっ! 『今日は誰一人近寄らせるな』とのことです!」


 スコットは小さく息をついて応える。


「わかった。お前は下がって良い。

 私たちが行くまで、第四妃宮を守っていろ」


「はっ!」


 スコットは思考を巡らせた。


 陛下はどうやら、正妃や側妃と会うことを拒否したいらしい。


 となれば、彼女たちが力尽くで押し通ろうとするケースも考える必要がある。


 スコットが詰め所の近衛騎士たちに声をかける。


「誰か五名、付いて来い! 第四妃宮に行く!」


 五人の騎士が頷いて立ち上がった。


 スコットを先頭に、詰め所を出て第四妃宮に向かう。


 ――どうやら、精霊巫女とやらはよほど大切な人材らしい。


 ただの側妃を相手に、昼間から詰めかける不作法を陛下がしたことはない。


 これはあるいは、あの冷酷な男にも人の情が移ったか?


 それならそれで面白い――スコットは口の端で笑みを浮かべつつ、第四妃宮へと急いだ。


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