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31.側妃の最期

 第一妃宮に戻ると、スコットが近寄ってきて私に告げる。


「トリシア殿下、皇帝陛下は何とおっしゃっておられましたか?」


「んー、シャイナさんは故郷の王族を抹殺するって。

 ローラさんの件は、背後にベレーネさんが居るんじゃないかって。

 今頃は騎士団がヴェラーニ公爵邸に証拠を探しに行ってるはずだよ」


 スコットが感嘆のため息を漏らした。


「さすが皇帝陛下ですな。

 まさかベレーネ殿下がトリシア殿下の抹殺を企てているとは。

 証拠はなんとかなりそうですか?」


「まだわからないかな。

 しばらくしたらキーファーがお義母様に会いに来るから、その時に聞いてみたら」


 スコットが慌てて両手を横に振った。


「とんでもない!

 我々が詮索をすれば、皇帝陛下に睨まれます。

 陛下は必要のないことは他人に漏らしませんから」


 私は小首を傾げて告げる。


「そうなの?

 私が聞けば、キーファーは色んなことを教えてくれるけど」


「それはトリシア殿下だからですよ。

 皇帝陛下にとって、殿下はそれだけ大切な方なのです」


 そうなのかぁ。


 でも特別扱いされてる実感はないけどなぁ?


 私が小首を傾げていると、スコットが苦笑交じりで告げてくる。


「トリシア殿下が帝国に参られてから、皇帝陛下の寵愛を殿下が独り占めしておられる。

 それだけでも特別扱いがわかるというものです。

 それまでは後宮におられる妃殿下の元へ、順番にめぐっておられましたから」


「あー、そういえばずっと私のところに泊まってたね。

 最近は広いベッドに一人で寝てたから、すっかり忘れてたよ」


 スコットが微笑まし気に告げる。


「側妃の頃から、その無自覚振りは変わりませんな。

 ――しかしベレーネ殿下の関与が確定すれば、後宮には妃が殿下一人となります。

 嫡子を生むプレッシャーが強くなりますが、耐えられますか?」


「――あ、そうか!

 ウィンコット王国を攻略しちゃったから、私も子供を作らないといけないのかぁ。

 うーん、気が重いかなぁ」


 スコットが軽妙な笑い声を上げた。


「正妃なのですから、そこは諦めてください。

 ――さぁ、皇帝陛下がお見えになるまでポーカーでもしましょう」


 私は笑顔で頷いてリビングに向かった。





****


 第三妃宮のリビングに居るベレーネの元へ、侍女が近づいて行った。


「殿下、皇太后陛下から『すぐ顔を見せるように』との通達がございました」


 ベレーネが眉をひそめて侍女に振り向く。


「皇太后陛下が?」


 ――何の話だろうか。


 皇帝陛下が戻られたばかりで、皇太后陛下からの通達。


 何か下手を打っただろうか――いや、それならもっと前に動きがある。


 精霊にも気を配り、気付かれないように動いてきた。


 戦争から帰還して早々、私の関与に気付くわけがない。


 では、一体何のために?


 考えを巡らせたベレーネは決意をして立ち上がる。


「――第一妃宮に行きます」


 考えてもわからないなら仕方がない。


 その場で対応を考えるしかない。


 近衛騎士を従えたベレーネは、ゆっくりと第一妃宮に向かって歩きだした。





****


 皇太后の部屋を訪れたベレーネは、中に居る人間を見てわずかに目を見開いた。


 皇帝キーファー、そして正妃トリシア。


 微笑む皇太后ヘレンが、ベレーネに告げる。


「来たわねベレーネ。あなたもおかけなさい」


「はぁ……では失礼します」


 キーファーやトリシアの正面のソファにベレーネが腰を下ろす。


「それで、私を呼んだのはなんの件でしょうか」


 ヘレンがキーファーを見て告げる。


「あなたが話を進めなさい」


 キーファーがヘレンに頷き、ベレーネに振り向いた。


「ベレーネ、今なら苦しまずに死ねるよう取り計らってやる。

 申し開きがあればしてみろ」


 困惑するベレーネが眉をひそめて応える。


「いったい何の話でしょうか。

 まったく話が見えないのですが」


 キーファーが冷笑を浮かべながら告げる。


「賢いお前のことだ。

 この場に呼び出されることに心当たりぐらいはあるだろう」


「……いえ、まったく思いつきません」


 トリシアは黙ってベレーネを見つめていた。


 そんな彼女に、ベレーネが尋ねる。


「ねぇトリシア、これは何の場なの?」


 トリシアは困った笑みでベレーネに応える。


「んー、私の暗殺事件の首謀者をはっきりさせようって話だよ」


 ――まさか。


 ベレーネの背筋に冷たい汗が流れる。


 精霊を経由しても分からないように行動してきた。


 それが何故――。


 キーファーが厳しい眼差しでベレーネを見据えた。


「話をしているのは俺だ、ベレーネ。

 お前がローラを操り、トリシア暗殺を目論んだことはわかっている。

 あとはお前がそれを認めるかどうかだけだ」


「……皇帝陛下、本当に心当たりがありません。

 ローラがトリシア殿下を暗殺しようとしたのは知っています。

 ですがそれに私が関わっているなど、言いがかりにも程があります」


 表情を強張らせるベレーネを見て、キーファーが鼻で笑った。


「あくまでしらを切り通すか。

 では――これを見てもそう言い切れるか」


 キーファーが懐から一通の手紙を取り出した。


 血にまみれたそれは、ベレーネがよく知るもの――。


「……それがいったい何か?

 なぜ血に染まっているのですか?」


「これはローラが暗殺を企てた時に持っていた手紙だ。

 お前は手紙の処分を指示し損ねていたな?

 ローラはご丁寧に、指示書を持参して犯行に及んだ。

 ――あるいは、裏で操るお前を道連れにしようと思ったのかもしれんがな」


 ――あの女、なんて馬鹿な真似を?!


 体中の毛穴が開く感覚を覚えながら、ベレーネが必死に告げる。


「知りません、そんな手紙!

 それにいったい何が書いてあるというのですか!」


「使用する毒物の指定とトリシアを誘導する口実の手引きだ。

 実にトリシアをよく理解した手口だよ。

 『領民の窮状を訴える』など、トリシアは面会を断れないだろうからな。

 トリシアが油断するように話題を誘導する方法までご丁寧に書いてある。

 この通りに話をすれば、お人好しのトリシアなら近衛騎士を遠ざけてでもローラの話を聞こうとするだろう」


 ベレーネが困惑しながら応える。


「それが私と何の関係があるというのですか!」


「使われている封蝋は皇族のもの。

 これを許されているのは、今ではトリシアとベレーネ、そして兄上と母上だけだ。

 さらに筆跡は女が書いた文字。

 暗殺目標であるトリシアにも、そして母上にもこの手紙を出す動機はない。

 ――残るはベレーネ、お前だけなんだ」


 ベレーネは緊張したまま黙り込んだ。


 ここで『ジェフリー大公が侍女に書かせたのでは』と言い出せば、皇族に対する不敬罪に当たる。


 そして彼がトリシアと面識を持っていないのは良く知られていた。


 トリシアの性格を把握した話題の誘導など、彼には不可能だ。


 ――言い逃れる道が塞がれている?!


 頬に冷や汗が伝う感覚を味わいながら、ベレーネは必死に頭を回転させていく。


 どうにかこの窮地を脱しなければならない。


 だがどの道を選んでも極刑が待ち受けていた。


 言葉に詰まるベレーネに、キーファーが冷たい笑みで告げる。


「言い逃れできんと理解したか?

 今、騎士団がヴェラーニ公爵邸を捜索している。

 お前が減税を嘆願する様にローラに指示を出した手紙も出てくれば、お前の罪はさらに重くなる。

 既にお前の一族抹殺は決定事項だが、申し開きがあれば聞いてやらんでもない」


 ――皇帝陛下は、私の犯行だと確信している。


 トリシアがため息をついて告げる。


「ベレーネさん、チェックメイトなんだよ。

 キーファーの前で言い逃れなんてできないってわかってるでしょ?

 どうしてこんなことをしたのか、それだけでも教えてくれない?」


 考えこんだベレーネが、フッと笑みをこぼして応える。


「あなたなんかに教えてやることは、何一つないわ」


 キーファーが手紙をしまい込んで告げる。


「では、お前は暗殺を首謀した報いを受けながら後悔して死んでいけ。

 ――近衛兵! ベレーネを捕縛しろ!」


 キーファーが大声を出すと、部屋の外から近衛兵がベレーネに殺到した。


 三人の近衛兵が彼女の両腕と頭を押さえつけ、キーファーに指示を仰ぐ。


「殿下をいかようになさいますか」


「もうこいつは側妃ではない。

 帝国に反逆した大罪人だ。

 自害しないように拘束し、『しかるべき処置』を施す。

 シャイナと同じ場所に連れていけ」


 うなずいた近衛騎士たちが、ベレーネを連行していった。


 トリシアは悲しげな瞳で、その背中を見送った。


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