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30.即断即決

 私は皇帝の私室に連れていかれ、キーファーが鎧を脱いでいくのを眺めていた。


「ねぇキーファー。なんだか兵士の数が少なくない?

 そんなに被害を出したの?」


「フッ、馬鹿なことを言うな。

 被害など一人も出していない。

 戦闘らしい戦闘は発生していないからな」


「じゃあ、なんで少ないの?

 出発する時は一万人居たよね?

 今は半分くらいしか居なくない?」


 従者たちがキーファーの鎧を脱がし終わり、それを片付けていく。


 彼は軽く体を動かしながら私に応える。


「戦後処理だ。

 副官の一人をウィンコット王国の臨時監督官に任命した。

 まだ王国内が落ち着いたとは言い切れんからな。

 血迷った貴族たちが暴動を起こしても対応できるよう、五千の兵を置いてきた。

 ――着替えてくる。少し待っていろ」


 キーファーは侍女を連れ、クローゼットへと向かった。



 シルクの開襟シャツと黒いコットンのトラウザーズに着替えたキーファーが、クローゼットから出てきた。


 いつもの部屋着だけど――。


「ねぇ、入浴しなくていいの?」


「それより先に、お前の話を聞いておきたい。

 暗殺事件について詳しく話せ」


 キーファーは私の肩を抱いてソファに腰を下ろした。


 侍女たちが紅茶を給仕する中、私はシャイナさんが起こした事件とローラさんが起こした事件を説明していった。



 キーファーが顎に手を当てて考え込んでいた。


「シャイナは調べるまでもない。

 どう見てもあいつが主犯だ。

 祖国の令嬢たちが口裏を合わせている点から見ても、シャイナが脅迫しているのだろう。

 令嬢たちを拷問してもいいが、俺のトリシアの命を狙っただけで万死に値する」


 私は慌てて声を上げる。


「待って待って!

 お義母様は『それだと帝国の規律が乱れる』って言ってたよ!

 それに脅迫されてる令嬢たちを拷問なんて、私は嫌だよ!」


 ――ん? さらっと『俺のトリシア』って言ってた?


 相変わらず恥ずかしいことを平然と言う人だなぁ。


 キーファーが小さく息をついて紅茶を口に運んだ。


「――仕方あるまい。ではシュタインバーン王国から王族を呼び出すとしよう。

 シャイナの目の前で王族の首をはねていけば、奴も少しは懲りて話をする気になるだろう」


「なんでそう暴力的になるかなぁ?!

 もう少し穏便な方法はないの?!」


「穏便か。ではシュタインバーン王族を拷問にかけよう。

 大方、令嬢たちの親が王族に命を握られているのだろう。

 シャイナと違って、奴らに大した意地があるわけでもない。

 殺される前に令嬢たちを脅迫していた事実をしゃべるだろう」


 それも暴力的だなぁ。もう少し何とかならない?


 私が眉をひそめて悩んでいると、キーファーが私に優しく告げる。


「いずれにせよ、シャイナは処刑せねばならん。

 そうなればシュタインバーン王国で叛意を刺激しかねん。

 こうなれば連帯責任として、王族をまとめて処刑するのが最も効率が良い。

 下手に泳がせておくと、占領したあの土地で反乱がおきるからな」


「――でも! それでもシュタインバーンの臣下を刺激したりしないの?!」


「シャイナが皇后を暗殺しようとした――これが事実だと突き付ける。

 そんなことをすれば王族だろうと一族を抹殺すると見せつければ、簡単に叛意は起こせんさ。

 逆に皇后暗殺を企てても一族が無事だと、余計なことを考えかねん。

 締め付けるべきはきちんと締め付ける必要がある」


 帝国の規律って奴かぁ。


「……じゃあ、令嬢たちはなるだけ救ってあげられる?」


「そうなるよう努力はしよう。

 だがその令嬢たちがシャイナの血縁者であれば、悪いが処刑対象とする。

 これはお前の身を守るためにも必要なことだ」


 そっか、私がお願いしてもそこは譲れないのか。


 キーファーがそう決断するなら、私にはもうどうしようもできないかな。


「もう一人、ローラの件も聞いておく。

 なぜローラと会おうとした?」


「それは、前に彼女から『苦しんでいる領民を重税から救ってほしい』って頼まれたからだよ。

 減税令は出したんだけど、精霊たちがヴェラーニ公爵領を見捨てちゃって、収穫が壊滅的な被害を受けたの。

 結果的に領民は今も苦しんでいて、それは悪いことをしたなって思って」


 キーファーが鼻で笑って応える。


「ローラはそんな殊勝なことを考える女ではない。

 最初の頼みも、俺が不在時にお前が減税令を出すよう仕向ける策だろう。

 お前は減税令を出したことでトラブルに巻き込まれたのではないか?」


「それは……まぁ、色々大変だったけど」


 キーファーが私の頭を撫でながら告げる。


「そしてローラにそんな策を考える頭もない。

 あいつの背後に策を授けた奴が居る。

 ヴェラーニ公爵も、自分が苦しむ策を出すタイプでもない。

 お前を蹴落としたい誰か――となると、候補は絞られて行く」


 私は小首を傾げながら尋ねる。


「シャイナさんがローラさんに策を出したの?」


「あいつはもっと直接的な方法を好む。

 こんな回りくどい方法を採るのはベレーネだろう。

 ローラのプライドの高さを利用し、手駒として操ったんだ」


 私はため息をつきながら告げる。


「やっぱりベレーネさんかぁ。

 あの人優し気だけど、精霊たちが嫌ってるんだよね。

 私に対する敵意が丸わかりなんだけど、本人は気付いてないみたい。

 ――まぁ、他の人には精霊たちが見えないから仕方ないけどね」


 キーファーが楽し気な笑みを浮かべた。


「なんだ、ベレーネを疑っていたのか」


「そりゃ、私に対して敵意を持ってる人には警戒しながら接してるよ。

 シャイナさんもそうだったけど、あの人はわかりやすく敵意を出してきたから相手をしやすかったかな。

 ――ベレーネさんは、どう対処するの?」


 キーファーが紅茶を飲みながら考えていた。


 カップをテーブルにおいて、キーファーが応える。


「証拠があれば話が早い。

 だがベレーネはそう簡単に尻尾を掴ませないだろう」


「んー、それなら何か証拠があればいいのかな?

 精霊たちが、『ローラさんは手紙を見て喜んでた』って言ってた。

 時期は減税を頼み込む前だから、その手紙を見て動いたんだと思う」


「――そうか、手紙か。

 精霊たちは文字を読めないとか言っていたな。

 その話、ベレーネにもしたのか?」


 私は頷いて応える。


「うん、してあげたよ。

 おしゃべりの流れでいくつか教えてあげたことがある。

 だからベレーネさんも覚えてるんじゃないかな」


 キーファーが立ち上がって侍従に告げる。


「ヴェラーニ公爵邸に騎士団を派遣し、証拠を探せ。

 おそらく公爵本人は家を留守にしているはずだ。

 今ならまだ、手紙を確保できるかもしれん」


 侍従が頭を下げて下がっていった。


 私はキーファーを見上げながら尋ねる。


「なんで公爵が留守だってわかるの?」


「奴の土地の収穫が壊滅していたのだろう?

 定期報告も受け取っていたが、今頃公爵は金策で走り回っているはずだ。

 領民と自分の食料を買い付けるため、元派閥貴族たちに会いに行っているだろう。

 ローラによる暗殺も、ヴェラーニ公爵が在宅なら止めたはずだからな」


 ふぇ~、不在時の事件なのに判断が早いなぁ。


 まるで見てきたみたいに決断していく。


 これが皇帝なのかぁ。


 キーファーが私に微笑んで告げる。


「俺は入浴した後、母上に会ってくる。

 お前は近衛騎士を連れて妃宮に戻っていろ」


 私は頷いた後立ちあがり、そばにいた近衛騎士三人を連れて第一妃宮に向かって歩きだした。


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