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29.再会

 私は首のないローラさんの体に押し倒され、返り血を全身で浴びていた。


 スコットが剣を手に持ったまま、慌てて私に駆け寄ってくる。


「ご無事ですか、殿下!」


「……無事じゃないよ~」


 私はローラさんの体を「よいしょ!」と押しのけ、血まみれになったドレスを見下ろした。


「うわぁ、もうこれ着れないね……」


「それどころではありません!

 お怪我はありませんか!」


 スコットが剣を鞘に納め、私の体を確認していく。


 血まみれだから心配してるのかな?


「スコット、よく見てよ。

 私に刃物は届いてないよ」


 私が指さす先には、ローラさんの手から弾き飛ばされたナイフが床に転がっていた。


 近衛騎士の一人がそれを素早く拾い上げて確認する。


「……毒物が塗られているようです」


「そうなの? でも当たってないから大丈夫だよ。

 血まみれだけどね!」


 あまりに凄惨な現場に、談話室で控えていた侍女が何人か倒れていた。


 うーん、刺激が強すぎるなぁ。この光景は。


「ねぇ、ローラさんを隠してあげられない?」


 近衛騎士の一人がテーブルクロスを引き抜き、ローラさんの首と体を包んだ。


 スコットが心配そうに私に告げる。


「殿下、まずは入浴を。

 そのままでは本当に無傷なのか判断が付きません」


「それもそうだね。

 じゃあローラさんのことは任せたよ。

 私は第一妃宮に戻るから」


 スコットが頷き、部下の近衛騎士二人に命じる。


「ローラ・ヴェラーニ嬢の体はこの場に安置しろ!

 お前たちは遺体を誰にも触らせるな!」


 近衛騎士たちが返事をし、侍女たちを外に追い出した。


 私は残った近衛騎士を連れて、第一妃宮に戻っていった。





****


 入浴を終えた私は、スコットが呼びだした宮廷医師に体を確認されていた。


「……傷ひとつありませんな」


「だからそう言ってるじゃない」


 服を着込んでリビングに行くと、宮廷医師から話を聞いていたスコットがこちらに駆け寄って来た。


「トリシア殿下、なぜあれで無傷だったのですか?!」


「なぜって……とっさに精霊が助けてくれたからだよ。

 突然だったから、間に合うかはわからなかったけど」


 宮廷医師が眉をひそめて私に告げる。


「ナイフに塗られていた毒物は、現在確認中です。

 ですが恐らく、傷口を腐らせる毒物の類かと」


「え、そんなものがあるの?」


 スコットが私に頷いて応える。


「拷問用の毒物ですが、神経毒に腐敗物を混ぜるのです。

 これで内臓が傷つけられると、麻痺して腐り落ちていきます。

 暗殺に使うことは珍しいかと。

 殿下はよほどローラ嬢に恨まれておられたのですな」


 ローラさんの呼び名が『ローラ様』から『ローラ嬢』になってる?


「ねぇ、なんでローラさんの呼び名が変わってるの?」


「皇族暗殺が発生した時点で、加害者は貴族の身分を剥奪されます。

 幸い殿下はご無事でしたが、現在のローラ嬢は平民扱いとなっています」


 へぇ、そういう法律でもあるのかな。


「じゃあシャイナさんはどうなるの?」


「シャイナ殿下は未だ暗殺未遂容疑の段階です。

 ですので皇族の身分が保持されています。

 証言が殿下を経由した精霊の言葉なので、判断は皇帝陛下に委ねるべきかと」


「あれ? 現場に居た令嬢たちは?」


 スコットの顔色が曇った。


「証言は取りましたが、全員が『何も知らない』と申しております」


 まぁ、毒入りの紅茶を飲まずにスコットに事情を説明しただけだしなぁ。


 今は私がこの国で二番目に偉いから、私の言うことに従うしかないんだろうし。


 一番偉いお義母様は、どう考えてるんだろう?


「ちょっとお義母様に会ってくるね。

 ――キャサリン、お義母様は部屋に居るかな?」


「はい、お部屋におられるかと」


「はーい」


 私はスコットたちを部屋に残し、お義母様の部屋に向かった。





****


 お義母様の部屋を訪ねると、侍女がすぐに中に迎え入れてくれた。


 お義母様が笑顔で告げる。


「あらあら、元気で良かったわ」


「心配かけちゃいました?」


 首を横に振りながらお義母様が応える。


「あなたには精霊の守りがあるんでしょう?

 だからきっと大丈夫だと思ってましたよ」


「えへへ……絶対無敵って訳じゃないんですけどね。

 今回は運よく助かりました。

 私、運だけは良いですから!」


 きょとんとした顔でお義母様が私を見つめた。


「……あなた、殺されかかったっていうのに平然としてるのね」


「あー、小さな頃から侮蔑されながら生きてましたからねぇ。

 たくましいんですよ、きっと」


 お義母様がクスリと笑みをこぼした。


「そのたくましさは、きっと生来のものね。

 ――それより、何か用事があったんじゃないの?」


「あ、そうだ!

 シャイナさんのことですけど、どうするべきだと思いますか?」


 難しい顔でお義母様が唸った。


「そうねぇ……証言が『精霊が言ったから』というだけでは弱いわね。

 キーファーならそれでも『トリシアが嘘をつくわけがない』と言って処刑してしまうでしょうけど。

 余り超法規的措置をしていると、帝国内の秩序に乱れが出てしまうわ」


 まぁ、そりゃそうだよなぁ。


「どうしたらいいと思いますか?」


 お義母様がニコリと微笑んだ。


「あの場に居た令嬢たちは、私の一存で身柄を拘束しているわ。

 全員がシュタインバーン王国の貴族令嬢たち――つまり、シャイナの生まれ故郷ね。

 侍女たちも全員がシュタインバーン王国からの人間よ。

 男子禁制にして近衛騎士を締めだしたのも確認済み。

 状況証拠は真っ黒、あとは誰かが真実を漏らせばシャイナは終わりね」


 さすが皇太后……全員を拘束しちゃってるのか。


「漏らすと思います?」


「キーファーが帰ってくれば、一人ずつ拷問にかけるんじゃない?

 貴族令嬢なんて、一時間もすれば洗いざらいしゃべるわよ?」


 そんなことを笑顔で言われても……。


 お義母様、こういうところが怖いんだよなぁ。


「なんとかこう……穏便に済ませられませんか?」


 お義母様が頬に手を当ててため息をついた。


「シャイナが正直に話せば全て丸く収まるんだけど。

 もうあの子、どうやっても極刑が決まってるからしゃべらないでしょうね。

 さすがに暗殺未遂容疑の皇族を拷問にかける訳にもいかないし」


 ――あ、これはお義母様も令嬢たちを拷問にはかけたくないんだな。


 キーファーなら、何か思いついてくれるかなぁ?


「わかりました。ありがとうございます」


 私はお辞儀をしてお義母様の部屋から退出した。





****


 それから二日後、ついにキーファーが引き連れた帝国軍が帝都に戻ってきた。


 数は……五千人くらい? なんだかやけに少ないな。


 宮廷の入り口でキーファーを出迎えると、彼は馬から飛び降りて私に駆け寄ってきた。


 そのままの勢いで私は抱き着かれ、振り回されて行く。


「うわぁ?! ちょっとキーファー! 何するの!」


「ハハハ! 四か月ぶりのトリシアだ! お前の匂い、久しぶりだぞ!」


「臣下の前で皇帝が変態臭いことを言うなー!」


 ようやく振り回すのを止めてくれて、私は大地に戻ってきた。


 周囲を見回すと、衛兵や帝国軍の兵士や騎士たちが唖然としてキーファーを見つめている。


「……ほらぁ、みんなが変な目で見てるじゃない。

 皇帝なんだからしっかりしなさい!」


「構うものか。俺が妻をどう扱おうと俺の勝手だ」


 こんのわがまま皇帝! ――あ、なんか懐かしいな。この感覚。


 私から離れたキーファーが、私に微笑みながら告げる。


「留守中、何もなかっただろうな?」


「んー、二回ほど暗殺されかけたけど無事だよ?」


 キーファーの表情が凍り付き、急に怒りに満ちた表情に変わった。


「誰がお前の命を狙った?」


「ローラさんとシャイナさん。

 ローラさんは近衛騎士が首をはねちゃった。

 シャイナさんは証拠が固まってないから、未遂容疑ってことで牢屋に入ってる。

 詳しく話すけど、まずは着替えて来てよ」


 頷いたキーファーが隊列を組む帝国軍に向けて声を上げる。


「これにて遠征を終了とする!

 各自帰宅し、疲れを癒せ!

 報奨は追って与える!」


 キーファーはそのまま、私の肩を抱いて宮廷に入っていった。





****


 帝国軍の部隊長は唖然としたまま皇帝陛下と皇后殿下を見送った。


「今のは……皇帝陛下、で間違いないよな」


 部下の騎士がためらいながら頷く。


「ええ、あれは間違いなく陛下です。

 しかし、あんな顔もなさるんですね……」


「意外だよな。普段は感情なんてほとんど見せないのに」


 見せるとしても、相手を侮蔑する表情か怒りの表情くらいだ。


 少なくとも、騎士たちはそんな皇帝しか見たことがない。


 別の部下が感慨深げに告げる。


「陛下も人の子だったんですね。

 愛しい女の前では一人の男に戻られる」


 少なくとも、皇后であるトリシア殿下はそんな相手なのだろう。


 部隊長があわてて部下を叱りつける。


「馬鹿! 不敬なことを言うな!

 皇帝陛下に知られたら貴様の首が飛ぶぞ!」


「おっと、いけないいけない」


 部下があわてて口元を手で押さえた。


 実際、過ぎた口をきいて皇帝自ら処刑した騎士や兵士の数は多いのだ。


 それまで恐怖で帝国を統治してきた皇帝――キーファー・クロムウェル。


 そんな彼の意外な一面に、騎士たちも兵士たちも驚き戸惑っていた。


 兵士の一人が騎士に尋ねる。


「あのぅ、荷車や装備はどうしたらいいでしょうか。

 家に持って帰ったらだめですよね?」


 部隊長が我に返って指示を飛ばす。


「――兵舎に装備を戻してから帰宅しろ!

 荷車は倉庫に格納だ!

 陛下は皆に報償を出すとおっしゃられていた!

 後日、呼び出しがあるまで自宅でゆっくりと過ごせ!」


 兵士たちが頷き、宮廷内にある兵舎に向かう。


 部隊長もため息をついた後、皇帝の馬を馬屋にしまうために宮廷の敷地へと入っていった。


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