27.謀
招待状をもらってから二週間後、シャイナさんのお茶会の日になった。
私はシルクのドレスを着て、姿見の前で確認する。
「……うーん、派手だなぁ」
キャサリンが真顔で応える。
「いい加減お慣れください。
殿下は正妃なのですよ?」
「そうなんだけどさぁ……なんでお茶会にシルクのドレスなんて着ていくの?
リネンのドレスでいいじゃない」
キャサリンが深いため息をついた。
「それでは庶民の恰好でございます。
殿下には皇后としての自覚が足りておりません」
「そうかなぁ……」
クローゼットを出ると、スコットたち近衛騎士が集まってきた。
「殿下、我々もお供いたします」
「えー、シャイナさんのお茶会に行くだけよ?」
「皇帝陛下から『傷ひとつ許すな』と仰せつかっていますので」
仕事熱心だなぁ、スコットは。
「仕方ないわね、それじゃあお願いするわ」
頷く近衛騎士たちを連れ、私は第二妃宮へと向かった。
****
第二妃宮の前では、シャイナがトリシアを待っていた。
トリシアが笑顔で告げる。
「お招きいただきありがとう!」
シャイナが微笑んで応える。
「どういたしまして。
皇妃同士、少しは仲良くしないとね」
シャイナがトリシアを中に招き、スコットら近衛騎士が後に続く――それを、シャイナが手で制した。
「今日は男子禁制のお茶会ですのよ?
近衛騎士だろうと、参加は認められませんわ」
スコットが堅い表情で応える。
「我々は皇帝陛下の命でトリシア殿下をお守りする義務があります」
シャイナが楽し気に微笑んで告げる。
「あら、それじゃあまるで『私がトリシアを害する』と言っているように聞こえるわね。
皇妃に対して、随分と不敬な発言だと思わない?」
「それは……」
「第二皇妃として命じます。近衛騎士たちは第二妃宮の外を警護しなさい。
それで外敵から守っていれば、陛下の命令に背くことにはならないでしょう。
――文句があると言うなら、皇妃に対する反逆罪で捕縛してもよくてよ?」
スコットたち近衛騎士が押し黙った。
帝国において皇帝の次に権威を持つ皇妃。
側妃だが皇妃には違いない。
近衛騎士たちには、シャイナの命令に背く権限がない。
――せめて、皇帝陛下がおられたら。
シャイナの周囲の近衛騎士たちが捕縛の気配を見せると、スコットが背中を見せて部下に告げる。
「外で警護をする!」
第二妃宮の外に出ていくスコットたちを、シャイナは微笑みながら見送った。
****
第二妃宮の内庭は、お茶会の参加者が既に座って待っていた。
トリシアが空いて居る席に腰を下ろす。
「わぁ、みなさん初めて見る顔ですね。
どちらから来たんですか?」
左隣の髪の長い令嬢が強張った笑顔で応える。
「私はシュタインバーン王国から来ましたの。
シャイナ殿下に『トリシア殿下と面識を得ては』と誘われまして」
トリシアが柔らかい笑顔で応える。
「私はウィンコット王国出身ですのよ?
同じ帝国外出身同士、仲良くできるといいですね!」
庶民のような言葉遣いが混じるトリシアに、髪の長い令嬢が戸惑うように頷いた。
周囲の令嬢たちも、緊張した様子でトリシアを見ている。
シャイナは一人くつろいだ雰囲気で、軽く手を打ち鳴らした。
「それではお茶会を始めましょうか」
参加者にお茶が給仕されて行く。
お茶請けのケーキも用意され、トリシアはそちらに目が釘付けだ。
シャイナが微笑みながらトリシアに尋ねる。
「どうかしらトリシア。正妃にはもう慣れまして?」
「えー? どうかなー?
慣れたと思うんだけど、侍女からは『自覚が足りない』って怒られたばかりよ?」
シャイナが楽し気に笑みをこぼす。
「あなた、貴族たちからとっても怖がられてるらしいわね。
でも安心して? この場に居る子たちには、私からきちんと説明しておいたから。
『あなたを恐れる必要なんかない』ってね」
トリシアが明るい笑顔で応える。
「ほんとに?! ありがとう、シャイナさん!」
紅茶を一口飲んだトリシアが、ケーキを頬張っていく。
食べ方も庶民の作法同然のトリシアに、やはり周囲は困惑していた。
左隣の令嬢が、フォークを手に持とうとして取り落とした。
芝に転がったフォークをトリシアが拾い上げ、背後に振り返って告げる。
「侍女の方、替えのフォークをお願いします」
近づいてきた侍女がフォークを受け取り、新しいフォークを左隣の令嬢に渡した。
それを確認したトリシアは、微笑んでティーカップを手にする。
シャイナがそれを見て密かにほくそ笑んだ。
――そのまま飲んでしまいなさい。
ティーカップを口に運ぼうとしたトリシアの手が、途中で止まった。
そのままティーカップを見つめ、ぶつぶつと呟いて行く。
「……そうなの? えー、じゃあ止めといた方が良い? そう?」
トリシアは残念そうにティーカップをテーブルに戻した。
――なんで飲まないのよ?!
トリシアが、右隣の令嬢に振り向いて尋ねる。
「ねぇあなた。なんで薬を紅茶に入れたの?」
青い顔になった右隣の令嬢が、持っていたフォークを取り落とした。
何も応えない令嬢にトリシアが続ける。
「精霊たちが見ていたのよ。
『私が見ていない隙に、あなたが私の紅茶に薬を入れた』って。
ねぇ、どうしてそんなことしたの?」
令嬢は震えたままうつむき、黙り込んでいた。
トリシアは小さく息をつくと、宙を見て告げる。
「ねぇ精霊さんたち、何か知らない?
……え、シャイナさんが?
そう、そういうことなんだ」
独り言をぶつぶつと呟くトリシアを、シャイナや参加者は不気味なものを見る目付きで見つめていた。
シャイナが恐る恐るトリシアに尋ねる。
「私がどうしたの? トリシアは独り言が多いのね」
トリシアはため息をついてからシャイナに振り向いた。
「シャイナさん、なんでこの人に『毒を入れろ』って命令したの?
同じ故郷の人なんでしょ?
『逆らえないのを、無理やり命令してた』って精霊たちが言ってる」
右隣の令嬢が、震える体で椅子から立ち上がり声を上げる。
「――違います、私の独断です!
殿下のお力で、我がシュタインバーン王国は不作に見舞われました!
このままではヴェラーニ公爵の二の舞になると思い、殿下の命を狙ったんです!」
トリシアは立ち上がった令嬢を見上げて眉をひそめた。
「シャイナに『そう言え』って言われたんでしょ?
精霊たちは全部聞いてたよ。
あなた、逆らうとお父さんが酷い目に遭うんじゃない?
シャイナが脅してるのも、精霊たちは聞いてたんだ」
愕然とするシャイナが、震える声で告げる。
「……トリシア、言いがかりは良くないわ。
それじゃあまるで、私があなたを暗殺しようとしてるみたいじゃない」
トリシアがため息交じりで応える。
「『みたい』じゃなくて、『暗殺』そのものでしょ?
いくら馬鹿な私でもそれくらいはわかるよ。
そんなに正妃の私を追い落としたいの?
このことは近衛騎士やエストラーダ侯爵に報告しておくから。
処罰があると思うけど、大人しく待っていてね」
立ち上がったトリシアに、シャイナも立ち上がって声をかける。
「待ってトリシア! 誤解よ?!」
「精霊たちは嘘をつかないし、いつもどこでも見てるんだよ。
シャイナさんが悪だくみしてたのも、全部教えてくれてる。
ベレーネさんと『まともじゃない方法で私に勝つ』って話してたんでしょ?」
蒼白になるシャイナを一瞥したトリシアは、そのまま中庭から出ていった。
周囲の令嬢たちがシャイナに尋ねる。
「どうなさるんですか、シャイナ殿下」
「……そんなの、わかる訳がないじゃない。
なんなのよ精霊って。
『いつもどこでも見てる』なんて、聞いてないわよ!」
癇癪を起しているシャイナの元に、近衛騎士たちが姿を見せた。
「トリシア殿下から事情は伺いました。
シャイナ殿下、暗殺未遂容疑であなたを捕縛させていただきます」
「――皇妃の私を、捕縛できると思ってるの?!」
近衛騎士の一人が厳しい表情で応える。
「皇后殿下暗殺は大罪です。
たとえ皇妃といえど、捕縛は免れません。
――おい、捕らえろ」
近衛騎士たち三人がシャイナを取り押さえ、縄で手を後ろ手に縛った。
「あんたたち! 第二皇妃の私にこんな真似をして――」
「もうそろそろ皇帝陛下がお戻りになられます。
シャイナ殿下の処遇は皇帝陛下がお決めになるでしょう」
暴れるシャイナを、近衛騎士たちが外に連れ出していく。
残った近衛騎士は、呆然としているお茶会の参加者たちに帰るように指示した。
場に残った近衛騎士はトリシアのティーカップを確保し、ため息をつく。
「トリシア殿下を暗殺など、できる訳がないのにな。愚かな女だ」
ティーカップに入った毒入りの紅茶を、近衛騎士は慎重に運びだした。