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24.形勢逆転

 ヴェラーニ公爵は苦戦していた。


 一時は帝国議会の空気を掌握した手応えがあった。


 社交界の噂も手伝い、トリシアの立場は皇帝陛下でもかばいきれない寸前まで追い込んだはずだ。


 あのままなら、ウィンコット王国へ攻め込んだ帝国軍の敗北すら有り得た。


 そうなれば間違いなく、トリシアは責任を取らされ正妃から降りる――あるいは、この世からも。


 だがある日突然、中立派の貴族たちがエストラーダ侯爵派閥に味方し、擁護し始めた。


 『精霊巫女の力は確かだ』と言い切り、収穫期には昨年の五割増しの収穫があると熱弁した。


 数でいえば、議会の七割が敵に回ったと言える。


 それだけでなく、前線への補給部隊の承認もトリシアの名前で決済されていく。


 話し合いなどろくにされていないはずなのに、予定通りの兵站が確立していた。


 完全に予定外の状況にヴェラーニ公爵は苦悩する。


 ――何が起こったというのだ?!


 ヴェラーニ公爵派閥領周辺の領主たちも、妙に強気の取引を開始した。


 まるで公爵派閥の台所事情を見抜いているかのように、足元を見る値段で軍事力を借りていく。


 『ヴェラーニ公爵が貸してくれないなら、エストラーダ侯爵から借りるだけ』と言い切られると、相場より安い値段でも応じざるを得ない。


 もはや今年の収穫は絶望的――ヴェラーニ公爵派閥の領地はどこも、日照り続きで農耕地が甚大な被害に遭っていた。


 このままでは領民の食料すら確保できない。


 なんとしても資金を手に入れ、周辺から食料を買い付ける必要があった。


 だが買い付ける時にも、相場を上回る値段を提示される。


 苦しい台所事情が続き、派閥からも『精霊巫女に逆らったからだ』と囁く声が聞こえ始めた。


 これがトリシアの独断専行なら止めなければならない。


 だが彼女を止められるのは皇帝陛下か皇太后陛下、いずれかだ。


 どちらもヴェラーニ公爵が直談判をできる状況にない。


 そもそも、彼女の巫女としての力を否定するヴェラーニ公爵が『巫女の力を使うのを控えてくれ』と言えば、全てがご破算になる。


 徐々に派閥から離脱していく貴族たちを睨み付けながら、公爵は今日も帝国議会で一人、気を吐いていた。





****


 第一妃宮で、私はエストラーダ侯爵から話を聞いていた。


「――という訳で、予定通りヴェラーニ公爵を追い詰めていますね。

 ですが、やり過ぎは感心しませんな。

 ほどほどで日照りを止めた方が良いでしょう」


 私は苦笑を受けべながら応える。


「いえ、本当に私は何もしてないんですよ。

 たぶん、精霊たちが公爵のやることを見て見限ったんだと思います。

 精霊たちにお願いしてみますけど、収穫期には間に合わないかも」


 エストラーダ侯爵が目を見開いて驚いていた。


「なんと……彼の行いが悪いのは昔からです。

 それが何故、急に精霊たちが見限ることになったんですか」


「それはその~、『私に意地悪をしたから』じゃないかな……」


 精霊たちは『精霊巫女に対する敵意』に敏感だ。


 彼らが言うには『とっても居心地が悪くなる』らしい。


 ヴェラーニ公爵みたいに私を敵視する人の土地は、それだけ居心地が悪いのだろう。


 だからお願いしても、精霊たちが土地に戻ってくれるかはわからなかった。


 エストラーダ侯爵が眉をひそめて悩んでいた。


「しかし、ヴェラーニ公爵の軍は帝国軍主力ともいえる兵士たちです。

 このまま公爵の兵士が衰弱してしまえば、帝国軍も脆弱になってしまいますよ」


「ん~、このままだと多分、公爵領の領民が逃げ出し始めると思うんですよね。

 周辺領主たちで、彼らを吸収できませんか?

 全員は無理でも、少しでも多く」


 国内に軍事力を貸し付けるといっても、そんな機会が頻繁にある訳じゃない。


 一方で収穫が全滅するとなれば、定期的に食料を買い付けないといけない。


 収支は大赤字、そのうち公爵領が困窮するのは間違いない。


 そうなれば食べられなくなった民衆は隣接する領地に逃げ出す。


 しかもただの領民じゃない。帝国軍主力の兵士になれる領民だ。


 吸収できれば、周辺領主の武力を補強することができるはず。


 エストラーダ侯爵もその考えに思い至ったみたいだ。


 真剣に考えてから口を開く。


「……そう簡単に戦力を吸収できるわけではないでしょう。

 しかし野獣退治の依頼にかこつけて、やってきた部隊を買収するのは面白いかもしれません。

 部隊単位で吸収出来れば、戦力として取り込む目もあります。

 なにより今のままでは、公爵の私兵たちが野盗に身を落とす危険性が高い。

 それを訴えていけば、周辺領主たちが兵士の買収に応じる公算は充分にあるかと」


 なんだかよくわからないけど、民衆を隣接領地で取り込めるってことかな?


「じゃあその方向で検討してみてください。

 私も精霊たちにお願いをするだけしてみますから」


 エストラーダ侯爵が頷いて立ち上がり、第一妃宮から立ち去った。


 私は小さく息をついてソファに身をうずめる。


 政治の世界って、大変だなぁ。





****


 キーファーはデミトリ川手前の本営テントで、斥候からの報告を聞いていた。


「ウィンコット王国軍は既に体力が限界に近い模様です。

 脱走兵の対応に苦慮している様子が見られました」


 将校の一人が楽し気に微笑んだ。


「向き合って布陣し、二か月が経過しました。

 そろそろ敵の兵站が尽きる頃合いではありませんか。

 食事もままならない中、長雨にさらされては体調も崩すでしょう。

 逃げ出す体力があるだけ、まだ元気な方ですな」


 キーファーが頷いて応える。


「俺の読みでは、とっくに相手から降伏交渉を言い出してくると踏んでいたのだが……。

 予想以上にウィンコット国王は決断力がないらしい。

 このまま衝突しても、両軍が無駄に被害を出すだけだろう。

 敵陣営に『降伏交渉に応じても良い』と伝令を出せ」


「はっ!」


 斥候が本営テントから辞去していった。


 それを見送った将校が、テントの外を見ながら告げる。


「しかし……この一か月、我が軍の布陣する場所では雨が降りませんな。

 なぜ川のあちらとこちらで、こうも天気が違うのか。

 兵たちは助かりますが、極端すぎて不気味ですらあります」


 キーファーが腕にはめたブレスレットをかざしてニヤリと笑った。


「これのおかげだ」


 別の将校がブレスレットをしげしげと見つめた。


「これは……ウィンコット王国の護符ですか。

 これに雨を止める力があるとおっしゃるので?」


「一か月前、補給部隊がトリシアの伝言と共に持ってきた。

 彼女の祈りが込められているそうだ。

 精霊たちが悪天候を抑え込んでくれているのだろう」


「はぁ……精霊巫女の力ですか。

 トリシア殿下と言えば、減税令による混乱はどうなったのでしょうな。

 一か月前から補給部隊が計画通りに運用されているようですが。

 減税されている中、この量を前線に送るのは難しいのでは?」


 キーファーが護符を眺めて応える。


「……おそらくだが、精霊巫女の力を駆使したのだろう。

 収穫高をさらに上げる方策を思いつき、それを実行しているはずだ。

 どうにか領主たちにそのことを納得させられれば、物資の供出にも応じるだろう。

 あとはウィンコット王国軍が素直に降れば、一か月後には帝国に戻れる」


 帝国からの報告書で、減税令のあらましは確認していた。


 あれならヴェラーニ公爵派閥の反発は激しいものになるはずだ。


 だが現在のところ、彼らが反乱を起こしたという報告はない。


 彼らの反抗する力を削いでいると見るべきだろう。


 ――トリシアの奴、いっぱしの皇后らしくなったか?


 ヴェラーニ公爵派閥が力を落としているとなれば、帝国軍の再編も検討しなければならない。


 公爵派閥が瓦解していれば、離反した領主たちを取り込めばよい。


 そうでなければ、公爵の失態を探し出すか作り出すかして、彼の責任を追及する。


 領地を削り取り、領民を奪って周辺領主に分け与える。


 周辺領主の中から、新しい武闘派領主が現れれば御の字だが……そこまでは虫が良すぎるか。



 キーファーは帰国後の政策を見据えながら、テーブルの上にある地図――その王都の位置を睨み付けた。


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