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22.減税令

「一律減税令ですか?」


 私が第一妃宮に呼び寄せたエストラーダ侯爵が、眉をひそめて告げた。


 あれ? やっぱり難しいのかな?


「やっぱり駄目ですか?

 でも、ヴェラーニ公爵領の領民が重税で苦しんでるのを助けたいんです」


 エストラーダ侯爵が悩むように顎に手を当てた。


「いえ、私には殿下のお言葉を遮る権限は有りません。

 殿下がどうしてもとおっしゃるなら、それを止めることはできませんが……。

 しかし、今は皇帝陛下が遠征中です。それはご理解いただいてますね?」


 私は笑顔で頷いた。


「ええ、もちろんわかってるわ。

 税収を当てにしてるのでしょう?

 だから、当初の税収は確保しつつ、減税をしたいんです」


 戸惑う様子のエストラーダ侯爵が尋ねてくる。


「……どうやってですか?」


「えーと、精霊たちが倍くらい頑張ってくれるそうです。

 その分だけ、収穫は上がるはずですよ?」


 エストラーダ侯爵が驚いた様子で応える。


「倍、ですか……簡単におっしゃられますが、それは間違いないのですか?」


「精霊たちは嘘をつきませんから。

 『二倍頑張る』と言うなら、それは確かですよ?」


 困った様子のエストラーダ侯爵が、優しく微笑んだ。


「やれやれ、精霊巫女というのは恐ろしい存在だ。

 そう簡単に収穫を上げることができるなら、ウィンコット王国の堕落も早かったでしょうね」


 私は肩を落として応える。


「そうみたいですね。精霊樹に頼り切った国政になったのは、四百年前くらいからだそうですし。

 四百年間でどれだけの精霊が犠牲になったかなんて、考えたくもないです」


「しかしそうなると、『一律減税』というのは都合が悪いですね。

 通常の税率を維持している領土と重税を課す領土で、負担が変わってきます。

 ――となれば、『現状の税率に対して割合で減税させる』という手がよろしいかと。

 これなら、重税を課している領地ほど減税が大きくなります」


 ということは、税率が低いほど影響が少なくて、税率が高いほど影響が大きくなるのか。


 私は笑顔で両手を打ち鳴らして応える。


「わぁ、それならヴェラーニ公爵領を狙い撃ちにできそうですね!

 じゃあその方向で話をまとめてもらえますか?!」


 エストラーダ侯爵が難しい顔をして唸った。


「しかし……精霊巫女の力を詳しく知らない領主たちから、大きく反感を買いますよ?

 まず間違いなく、トリシア殿下が責任を問われることになります。

 実際の収穫高を見るまで、それは続くはずです」


 私はニコリと微笑んで頷いた。


「構いません。それで帝国の民が救われるなら、責められるくらいなんてことないです!

 そういったことは、慣れてますから!」


「……かないませんな、殿下には。

 良いでしょう。減税令の素案をまとめます。

 殿下にはそれに目を通していただき、修正点があれば指摘して頂きたい。

 修正点がなければ、そのまま承認を頂き布告する手筈を整えます。

 それで構いませんね?」


「はい! よろしくお願いします!」


 笑顔で頷いたエストラーダ侯爵が辞去して立ち去った。


 私もニコニコと微笑みながら紅茶を口にする。


 背後からキャサリンが不安げな声で告げる。


「殿下、あまり帝国貴族を侮ると痛い目を見ますよ」


「侮ってなんかいないわ。

 でも蔑まれるのも責められるのも、私は慣れてるの。

 何と言われようと、黙って受け流すだけよ?」


 キャサリンが小さく息をついて壁際に引っ込んだ。


 スコットも険しい顔で思い悩んでるみたいだ。


 みんな、心配性だなぁ。


 私は午後の紅茶を楽しみながら、近衛騎士たちをポーカーに誘った。





****


 第二妃宮を訪れていたベレーネが紅茶を口にしていた。


 シャイナが笑顔でベレーネに告げる。


「あなたはもう聞いた? 田舎娘が出した減税令の話。

 戦時中に減税をするなんて、馬鹿じゃ無いかしら、あの子」


 ベレーネは静かな微笑みで応える。


「ローラが直訴に来ていたから、その時に何か吹き込まれたのかしら。

 トリシアは政治も何も理解できていないみたいね」


「でも――これはチャンスね。

 あれなら間違いなくヴェラーニ公爵派閥から不満が出るわ。

 それを利用すれば、田舎娘を正妃から追い落とすぐらいできるわよ?

 ねぇベレーネ、あなたも一口噛まない?」


 ベレーネは微笑んだまま首を横に振った。


「私は遠慮しておくわ。

 そういう難しいことは、私にもわからないし」


「ハッ! よく言うわね、この女狐。

 あんたが見かけ通りの大人しい女じゃないことぐらい、お見通しなのよ?」


「あらそう? それは随分と買いかぶられたものね。

 私は後宮で第二側妃をするのが精一杯の女よ?

 追い出されないようにするのが、私の限界」


 シャイナがつまらなそうに鼻を鳴らした。


「しらじらしい……まぁいいわ。

 私は私で勝手にやらせてもらうから。

 あんたも、動けるようなら動きなさいよ?」


「そうね、それで正妃の座が手に入るとなったら、さすがの私も動くと思うわ」


 シャイナとベレーネの視線が交わった――互いが静かに微笑み合う。


 今は共闘しているが、いつかはこの二人も競争相手になる。


 それは互いが認識していることだ――少なくとも、シャイナはそう考えている。


 ――でも、それがあなたの限界よ?


 微笑んだまま紅茶を口に運ぶベレーネは、自分を見下してくるシャイナを静かに見つめ返していた。





****


 帝国議会は紛糾していた。


 減税令の影響が大きい領主たち、特にヴェラーニ公爵派閥が興奮して騒いでいる。


 ヴェラーニ公爵が怒りもあらわに声を上げる。


「皇帝陛下が前線で戦われているこのタイミングで減税を打ち出すなど愚の骨頂!

 トリシア殿下に正妃の資格なし!

 これで皇帝陛下が敗北すれば、取り返しのつかないことになるぞ!

 減税令を撤回させ、帝国を混乱に陥れたトリシア殿下には責任を取っていただくべきだ!」


 エストラーダ侯爵が呆れたように応える。


「だから、先ほども言ったはずだ。

 収穫高は昨年の五割増しになる。

 これは精霊巫女たるトリシア殿下のお力。

 そのお力は全ての領地をカバーする訳ではないが、皇帝陛下の戦況に影響は出ない」


「全ての領地をカバーできぬなら、全ての領地に対して何故減税令を出されたのか!

 そもそも、昨年の五割増しの根拠はどこにある?!

 精霊巫女とやらの力が幻想だったなら、我々は甚大な損害を被るのだぞ?!」


 エストラーダ侯爵派閥の貴族が声を上げる。


「貴公は皇后たるトリシア殿下のお力を疑うと言うのか!

 既に各地で豊作の兆候が確認できているのだぞ!」


「偶然かもしれんし、五割増しの根拠とはならん!

 そして我が領地では、そのような兆候など見られん!

 この目で確認できぬものを信用などできるか!」


 ヴェラーニ公爵派閥の貴族たちが、声を揃えてトリシアの責任を追及し始めた。


 国外貴族出身、新参者の皇妃――皇太后陛下の推薦があったと噂で伝わってはいる。


 皇帝陛下も、トリシアが帝国に来てから彼女に寵愛を独占させてもいる。


 通常ならトリシアに異を唱えること自体にリスクがあった。


 だがヴェラーニ公爵は『精霊巫女の力とやらで両陛下をたぶらかした』と論戦を展開。


 トリシアに『正妃の資格なし!』と主張し続け、一歩も譲らなかった。


 三か国戦役で、最も負担が大きかったヴェラーニ公爵派閥。


 彼らが消耗を回復させようと税率を上げるのは、仕方がない面もある。


 帝国の主力でもあり、彼らが無力化した状態で放置するのは帝国としても危険。


 それを理解しつつも、皇帝陛下不在の現状でヴェラーニ公爵派閥が武力を取り戻すのも危険と判断する貴族は多かった。


 未だ社交界にも姿を見せぬ、『出来損ないの正妃』。


 そんな彼女を非難するヴェラーニ公爵派閥を、押しとどめることができない。


 帝国議会は議題を進めることもできず、完全に機能を停止していた。


 ――やはり、こうなったか。


 エストラーダ侯爵が疲労感と共にため息をついた。


 これからヴェラーニ公爵は、さらなる手を打ってくるだろう。


 そうなればトリシアの立場は更に悪くなっていく。


 皇帝陛下が居れば、こんな時に鶴の一声で場を修め、必要な政策を決めていくのだが。


 それをトリシアに求めるのは、余りに酷と言えた。



 その日の帝国議会も、機能不全となったまま一日を終えた。


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