表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

20.マリオネット

 第三妃宮の私室で、ベレーネが静かに机に向かっていた。


 丁寧に手紙を書き綴り、封蝋をしてから侍女に手渡す。


「これを配達して頂戴」


「かしこまりました」


 侍女が宛名を見て、わずかに目を見開いた。


 そのまま侍女が辞去していくのを見送り、ベレーネはソファに腰かける。


 紅茶を口にしながら、ベレーネが笑みをこぼした。


 ――何の策もなしに宮廷に来るなんて、ローラも案外馬鹿なのね。


 キーファーが宮廷に居る間にトリシアを訪ねても、追い返されるのが落ちだ。


 そんな程度もわからないほど、恨みで目が曇っているのだろう。


 最近の帝国軍の動きを見れば、遠征準備をしているのは明らか。


 どこに攻め込むかは知らないが、今動かせるのは帝国騎士団くらいだ。


 となれば、近いうちにキーファーは宮廷から居なくなる。


 ――手を打つなら、厄介な見張りが居なくなってからよ? ローラ。


 彼女に送った手紙で、策を与えてある。


 馬鹿なローラでも、これで役割を悟って見事に踊ってくれるだろう。


 たとえ自分が利用されるとわかっても、トリシアを蹴落とせるならば彼女は乗ってくる。


 あとはシャイナの動きが気になるが、ローラの動きを見れば支援に動き出す公算が高い。


 彼女はローラほど馬鹿ではない。


 シャイナはシャイナで、己の役割をきちんと果たすはずだ。


 ――これで私も第一側妃かしら。


 残る相手はシャイナ一人。


 蹴落としても良いが、放置してキーファーの寵愛を分け合うのでも構わない。


 後は生まれた子供に競わせれば済む話だ。


 正妃となるシャイナの子と第一側妃となるベレーネの子。


 どちらが嫡子として相応しいかは、教育次第だろう。


 ――そのためにも、まずはトリシアを潰さないとね。


 一か月以上、キーファーの寵愛を独占し続ける女。


 彼女を潰さなければ話が始まらないのだ。


 ベレーネは周囲の何もない空間に目を走らせてほくそ笑む。


 たとえ精霊たちが見ていようと、手紙なら内容がトリシアに伝わることはない。


 これからの動きを計算しながら、ベレーネはお茶請けのクッキーを口に含んだ。





****


 ローラは宮廷から届いた封筒を確認していた。


 差出人の名前はない。封蝋は皇室共有のもの。


 この封蝋を許されているのは、皇族関係者に限られる。


 誰かはわからないが、宮廷内の誰かがこの手紙を寄越したらしい。


 改めて手紙に目を通し、ローラは喜びに打ち震えていた。


 ――これなら、トリシアを叩き潰せるわ。


 シャイナかベレーネか、あるいはジェフリー大公か。


 誰の思惑かはわからないが、乗ってやろうと心に決めていた。


 立ち上がったローラが侍女に尋ねる。


「お父様はどちらに?」


「はい、書斎におられるかと」


「では書斎に行きます」


 手紙を手にしたローラが、軽やかな足取りで書斎に向かう。


 念のため、ヴェラーニ公爵とも相談して策を確認しておく必要がある。


 父親の協力がなければ、この策は成功しないのだから。


 復讐に燃える瞳で微笑むローラは、勝利を確信し私室を後にした。





****


 夕食の席で、キーファーが私に告げる。


「準備が整った。明日から遠征に出る。

 トリシアは身の回りに充分気をつけて欲しい」


「うん、わかったわ。

 キーファーも怪我をしないように気をつけてね?」


 彼が自信に満ちた笑みで応える。


「俺がウィンコット王国の弱兵に傷を付けられる?

 馬鹿なことを言うな。

 お前こそ、俺が居ないからと男を連れ込むなよ」


「まぁ! そっちこそ馬鹿なことを言わないでよ!

 私がそんなことをする女に見えるって言うの?!」


 お互いが見つめ合った後、フッと笑い合った。


 これは彼なりの冗談なのだろう。


 私が浮気をしないのと同じくらい、自分は怪我をする訳がないと宣言したのだ。


 『それなら安心できるだろう?』と、彼の微笑みが言っている。


 ――最近、なんとなくキーファーの考えが読めるようになってきた気がする。


 二か月近く添い寝してるからかなぁ?


 一緒に居る時間が長いと、夫婦って似てくるのかな。



 夕食が終わると、リビングのソファでキーファーに抱え込まれた。


「……ちょっと。なんで今日は抱え込むのよ?」


「数か月は会えなくなる。

 今のうちにお前を味わっておきたい」


 寂しがりなんだから……。


「皇帝がそんなで、示しがつくと思ってるの?」


「お前の前以外でこんな姿など見せはしない」


 私は周囲に目を走らせた。


 侍女たちはこちらを見ないように目を逸らしてくれている。


 だけど聞き耳は立てているのか、にやけ笑いを噛み殺してるようだ。


「まったく、そんな有様できちんと戦争に勝てるのかしら。

 こんな甘えん坊が指揮をするんじゃ、心配になってきちゃうわ」


「部下たちが優秀だからな。

 俺が敢えて陣頭指揮を執る必要は、おそらくないだろう。

 それでも、必要ならば前にも出るがな」


 血の気が多い皇帝だなぁ。


 でも前の戦争はそれで勝ってきたみたいだし、実力は確かなのだろう。


「ウィンコット王国の民衆を虐殺なんてしないわよね?」


「貴族たちも、なるだけ殺すことはしない。

 征服した後、領主が居なくなると面倒だからな」


 それなら故郷の家族たちも生き残りそうだなぁ。


 ウェスト公爵家に武官は居ないし。


 リンディたち、今頃何をしてるんだろう。


 私は遠い故郷に想いを馳せつつ、キーファーの抱き枕に甘んじていた。





****


 ウィンコット王国、第一王子の執務室でパトリックは書類を眺め、ため息をついた。


 毎日のように領主たちから減税と救済の嘆願書が届く。


 『善処して欲しい』と書き添えて書類を国王に回すよう指示した。


 帝国からの支援はまだ届かない。


 先方からは『災害が当初の見込みより激しく、物資の調達に時間がかかっている』と返ってきていた。


 たしかにトリシアが王国を去ってから、災害は悪化する一方だ。


 大雨で川が氾濫し、農耕地の多くが被害に遭っている。


 長雨でぬかるんだ山が崩落し、塞がった道も数えきれない。


 かと思えば、雨季にも関わらず雨が一滴も降らない土地もあった。


 日照りで農作物が枯れ、その土地の収穫は絶望的だ。


 もはや王宮ですら夜会を開くどころではなく、貴族たちは酒だけを談話室で酌み交わしている。


 民衆も悪天候で暴動を起こすどころではなくなっているのが幸いと言えた。


 民衆の間でも、国王が精霊の巫女を帝国に売り渡したことが知られるようになっている。


 何も手を打たない王室に対する反感は高まる一方のようだ。


 長雨が続く空を窓越しに見上げるパトリック王子の元に、兵士が駆け込んできて声を上げる。


「殿下! 帝国です!」


 パトリック王子が喜色を溢れさせて振り返った。


「おお! とうとう支援が届いたか!」


 だが兵士は青い顔で応える。


「いえ、帝国からの宣戦布告です!

 現在帝国軍が国境を突破し、南下しつつあると報告が入りました!

 数はおよそ一万! 軍旗から、キーファー皇帝自ら攻め込んできているとのこと!」


「なん……だと?

 ――婚姻同盟はどうした?!

 トリシアが嫁いでいるだろうが!」


「帝国から『婚姻同盟を破棄する』との通告がありました!

 現在、辺境の領主たちが応戦していますが、『至急、応援を送って欲しい』と!」


 困惑するパトリック王子が兵士に尋ねる。


「父上は何と言っている?!」


「はっ! 国王陛下も混乱なさり、要領を得ません!

 王妃殿下の指示で、『パトリック王子の指示を仰げ』と命じられました!」


 ――私にそんなことを言われても、私だって困る!


 混乱しそうになる自分を抑え、パトリック王子が告げる。


「至急、兵を集めろ!

 辺境はもう間に合わん!

 だが長雨で河川が氾濫し、帝国軍も進軍が遅れるはずだ!

 デミトリ川の手前に陣を敷き、帝国軍を迎え撃て!

 指揮はグローバス将軍に任せろ!」


「はっ! かしこまりました!」


 兵士が敬礼をして応え、足早に立ち去っていった。


 パトリック王子は脱力感を覚え、机に両手を突く。


 ――帝国が、宣戦布告だと?


 こうなれば、王命で兵を招集するしかない。


 相手が一万なら、まだ数で上回ることはできる。


 父親を説得するため、パトリック王子は意を決して執務室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ