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2.効率的な皇帝

 夜を徹して馬を走らせた私は、森の中に馬を止めて木の幹に座り込んだ。


 傍にある小川で馬に水を飲ませつつ、これからどうしようかと考える。


 持ち出したのは銀のブローチ、これを売れば少しの間は生活費になる。


 だけど、その後はどうしよう……。


 勢いで飛び出してきちゃったけど、行く当てなんてない。


 ともかく、昼間の移動は避けて夜に距離を稼がないと。


 私は空腹をごまかしつつ、膝を抱えながら目をつぶった。



 馬に顔を撫でられて目を開けると、当たりは夕暮れになっていた。


「起こしてくれたの? ありがとう」


 首を撫でてやると、馬が小さくいななく。


 だけどここじゃ、馬に乗る足場がない。


 仕方なく馬を連れ、森を出て街道を南に歩いた。


 確か、もう少しすると町があるはず。


 そこでブローチを売って食事を仕入れよう。



 やがて遠くに町が見えた。


 夜のとばりが降りて、あたりはほとんど真っ暗だ。


 精霊たちは光ってるけど、周囲を照らすような光じゃない。


 私は転ばないように慎重に歩いていた。


『――待ってトリシア! 誰か居る!』


 精霊の声に、慌てて目を配る。


 付近に人影は……ないように見える。


『違うよ! 町の入り口!』


 町に入り口に、人影?


 よく目を凝らしてみると、馬に乗った誰かが入り口を塞ぐように立っている。


 追手? だけど、周囲に逃げ場はない。


 それにお父様の部下なら、一人で追ってくることはないはずだ。


 それなら、私が目的じゃないかもしれない。


 意を決した私は、慎重に町に近づいて行った。





****


「どうして……あなたがここに居るの?」


 馬上の人物は、キーファー皇帝だった。


 町の入り口にかがり火がひとつ焚かれ、明々と彼の顔を照らし出している。


 冷淡な表情でキーファー皇帝がため息をつく。


「ようやく到着か。俺を待たせるとは良い度胸だ」


 私は固唾をのみ込んで応える。


「……なぜあなたが追いかけてきたの?」


「俺の妻だ。俺の物を俺が取り戻す。

 当たり前のことだろう」


 私はムッとしながら応える。


「私は物じゃないわ!

 トリシアっていう一人の人間よ!

 皇帝だかなんだか知らないけど、失礼な人ね!」


 キーファー皇帝が鼻で笑って応える。


「お前がどう認識しようと、もうお前は俺の第三側妃だ。

 勝手に逃亡されては俺の沽券に関わる」


「あなたの沽券なんて知らないわ!

 勝手な契約を結んで勝手に納得してるだけじゃない!

 私は何一つ納得してないんだから!」


 周囲に素早く視線を走らせる――他には誰も居ない。


 私は精霊たちに告げる。


「光をお願い! 大きくて眩しい光を!」


『任せといて!』


 精霊たちが強い光で発光した。


 辺りを昼間のような光が包み込む。


 目がくらんだ様子のキーファー皇帝の隙を突き、町の柵を利用して急いで馬に乗りこんだ。


「お願い、逃げて!」


 私の言葉に応えて、馬が東に向かって駆けだした。


 馬は街道を外れ、平原の中を突っ切っていった。


 たてがみにしがみ付く私の横から、楽しげな声が聞こえる。


「ほぅ、女だてらに馬具なしで馬を乗りこなすか。

 それに今の光、伝承にある精霊魔法か?」


 驚いて横を見ると、キーファー皇帝が余裕の笑みで並走していた。


 急いで精霊たちに告げる。


「もう一度光をお願い!」


『駄目だよ! こっちの馬の目も眩んじゃう! 危ないよ!』


「じゃあ、向こうの馬を説得して!」


『それもむりー! あの子、あの人が大好きみたい!

 こっちのお願いを聞いてくれそうにないわ!』


 キーファー皇帝が楽し気な笑みをこぼしながら告げる。


「今のは精霊たちとの会話か?

 『独り言を呟く君の悪い女』と聞いていたが、そうか精霊と話していたのか」


「うるさいわね! なんで付いてくるのよ!」


「言ったはずだ、お前は俺の物だと」


「私も『知らない』と言ったはずよ!」


 言い争う私たちの周囲を、いつのまにか複数の馬が並走していた。


 私を囲むように並走する馬が、道を塞ぐように囲いを狭めてくる。


 私の馬はスピードを落としていき、やがて馬の足が止まった。


 周囲の人たちを見る――どこかの騎士のようだ。


 いったいどこに隠れてたんだろう。


 騎士の一人が馬を下り、私の馬にロープを巻き付ける。


「陛下、こちらを」


 ロープの先端を受け取ったキーファー皇帝が、満足気に頷いた。


「ご苦労、では帰るぞ」


 私は周囲を取り囲まれながら、キーファー皇帝にロープを引かれ、近くの町に引き返した。





****


 宿屋の一階にある食堂で、遅い夕食を食べる。


 温かいスープとパン、それに焼いた鶏肉を私は夢中でお腹に詰め込んだ。


 丸一日近く、何も口にしてない。


 私は作法も忘れて、美味しい食事に夢中になった。


 向かいに座るキーファー皇帝がフッと笑った。


「公爵令嬢のはずだが、作法が悪いな」


「――余計なお世話よ。食事は美味しく食べればそれでいいじゃない」


「そうか、そんなに美味いか。

 庶民の料理をそれほど美味そうに食う令嬢など、初めて見たぞ?」


 私は一瞬怯んでから応える。


「……それも、どうだっていいじゃない」


 公爵家では、私だけ食卓が別だった。


 食事も分けられ、たぶん食べて居たのは使用人の食事だ。


 今と比べて、大して違いがある訳じゃない。


 むしろ温かいだけ、この宿屋の食事の方が美味しく感じた。


 キーファー皇帝が冷たい笑みを浮かべながら告げる。


「なるほど、家で冷遇されていた、というところか。

 『出来損ないの公爵令嬢』とは聞いていたが、それほど家族に疎まれていたのか?」


 私はそれには応えず、スープにパンをひたして口に運ぶ。


 周囲に居る騎士の一人が、声を荒げて告げる。


「おい、貴様! 陛下の前で無礼だぞ!

 たかがウィンコット王国の公爵令嬢の分際で何様のつもりだ!」


 ビクッと私の肩が震え、思わず身が竦んだ。


 キーファー皇帝が黙って立ち上がり、いきなり剣を抜き放った。


 私を責めたてた騎士の首に剣を突き付けたキーファー皇帝が静かに告げる。


「貴様こそ何を勘違いしている?

 トリシアは既に我が妃。帝国第四皇妃だ。

 次に同じ無礼を働けば、貴様らといえど命はないと思え」


 真っ青になって頷いた騎士が可哀想になって、思わず声をかける。


「大切な部下なんでしょ? 私を侮辱したくらいで命を奪っちゃダメよ。

 私は良いの。蔑まれてるのは慣れてるし、妃が分不相応なのもわかってるもの。

 そんな傲慢だと、いつか人心があなたを見放すわよ?」


 キーファー皇帝が剣を鞘に納め、ストンと椅子に腰を下ろした。


「トリシア、お前は随分と面白い性格をしているな」


「どうもありがとう。よく言われるわ。

 キーファー皇帝は冷たい人なのかしら」


「冷血漢とはよく言われるな。

 目的のために最も効率の良い手を選んでいるだけだが、どうにも誤解があるようだ。

 ――それと俺のことは、キーファーと呼び捨てて構わんぞ?

 側妃とはいえ妃、その程度の特権は認めている」


 私はため息をついてからキーファーを見つめた。


「じゃあキーファー、ひとつ忠告しておくわ。

 要望を伝えるのにいちいち刃を向けたら駄目よ。

 そんなことじゃ、あなたを恐れる人が増えるだけ。

 恐怖で本当に人が付いてくることはないわよ?」


 キーファーはテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて笑みをこぼした。


「忠告か、俺に忠告をする人間も久しく見ていないな。

 いいだろう、心の片隅には置いておいてやる」


「片隅じゃなく、中央にどっかり置いておきなさいよ。

 皇帝なら恐怖政治が如何に非効率かなんて理解してるでしょう?」


「俺はまだ若いからな。

 従わない貴族や兵士もそれなりに居る。

 奴らを黙らせるには、力を見せつけるのが一番だ。

 逆らえば命がない――それを悟らせるのが最も効率が良い」


 私は思わず頭を振って肩をすくめた。


「だから、それじゃいつか身を滅ぼすわ。

 遠回りでも味方につけて、向こうから協力するようにしていかないと。

 若いからこそ、時間をかけるやりかたを選んでみたら?」


「……一応、覚えておいてやる。

 だがトリシアよ、お前は俺の側妃になることを受け入れたのか?」


「受け入れるも何も、逃がすつもりがないのでしょう?」


 キーファーがニコリと楽しそうに微笑んだ。


「よく理解しているな。

 ウィンコット王国の精霊巫女――そんな女を妃とした。

 代償にいくつかの支援を要求されたが、その程度は安いものだ。

 帝国のため、貴様の身を捧げるがいい」


「お断りよ! 精霊巫女なんて、私の代で途絶えればいいのよ!」


 キーファーが楽し気な笑い声を上げた。


 彼に見守られる夕食を過ごすと、私は宿屋の一室へと案内された。


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