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16.正妃の座

 ヴェラーニ公爵派閥の夜会から一週間、社交界は『空席の正妃に誰が収まるか』という話題で持ちきりだった。


 順当に考えれば第一側妃のシャイナが正妃となる。


 だがそれならば、即日そのことが布告されるはずだ。


 一週間も空席のままになっていることが、『ただ事ではない』と言っているようなものだった。


 第二側妃のベレーネの可能性は低い。


 順当にシャイナが繰り上がるか、意外にもトリシアが正妃に抜擢されるか。


 この三週間、皇帝の寵愛はトリシアが独占しているという噂も駆け巡っている。


 お披露目もしていない新参者の第三側妃が、まさかの正妃繰り上がり――それは一部で賭博の対象となるほどの盛り上がりを見せていた。



 そんな中、宮廷から全国の貴族へ布告が出された。


 一週間後、新しい妃であるトリシアのお披露目をするというものだ。


 地方領主が馳せ参じるには厳しい布告期間、参加できるのは帝都貴族と周辺領主だけだろう。


 それでも強行されるスケジュールを見て、貴族たちは『トリシアの正妃が濃厚ではないか』とさらに噂が広まっていった。



 これに気分を害されているのがシャイナだ。


 第一側妃、正妃不在の後宮で最も力を持つ妃。


 だと言うのに、誰一人『シャイナが正妃になる』と考えていない。


 シャイナの派閥貴族たちも、言葉を濁している様子でそれが窺える。


 それが一層腹立たしく、室内で侍女たちに当たり散らす日々を送っていた。


 ――トリシア、今に見てなさいよ?!


 シャイナが腹心の侍女に命じる。


「トリシアの弱点を探りなさい。

 必ず隙はあるはずよ。

 何としてでもあの女の化けの皮を剥がしてやるわ!」


 腹心の侍女――ジェシカが頭を下げて下がった。


 ジェシカはシュタインバーン王国から連れてきた侍女頭だ。


 忠誠心なら疑うべくもない。


 シャイナはトリシアを蹴落とす策謀を巡らせながら、爪を噛んだ。





****


 私は姿見で新しいドレスを確認しながらため息をついた。


 真っ赤なベルベットのドレスとか……派手じゃない?


 宝飾品もあちこち付けられて、体が重たいし。


 リンディとか、こんな服をいつも着てたのか。


 案外体力あるんだな?


 私の横でキャサリンが真顔で告げる。


「お気に召されましたか」


「え? ああ、うん……綺麗だけど、重たいね。

 それにこんな贅沢なドレスを作る余裕、今の帝国にあるの?

 無理せず、最低限のドレスでいいんじゃない?」


「そのような訳には参りません。

 今度の夜会は特別な場。

 きちんと皇妃として威厳を示す服装が求められますので」


 そっか、私のお披露目だもんねぇ。


 ヴェラーニ公爵派閥の夜会では一度姿を見せたけど、ちょっとだけで帰ってきたし。


 あのときみたいなリネンのドレスじゃないから、馬鹿にはされないだろうけど。


「はぁ~重たい! 脱いでいい?!」


「かしこまりました」


 キャサリンが指示を出すと、侍女たちが私のドレスを脱がしにかかる。


 髪の毛も整え、これまた新しい部屋着へと着替えた。


 こちらはサテンのドレスで、ベルベットよりは軽いけどあちこちに刺繍やレースが施してある。


「……部屋着なのに贅沢じゃない?」


「とんでもございません。

 皇妃なら当然の身なりかと存じます」


 そうか、『当然』なのか。


 民衆が苦しんでるって話を聞いてるのに贅沢をするのは、心苦しいなぁ。


「まぁいいわ。部屋に戻ります」


 私は侍女たちを従え、クローゼットから外に出た。





****


 夕方になると、キーファーが今日も第四妃宮へやってきた。


 私の姿を見て、彼が満足そうに頷く。


「ようやく皇妃らしくなったな」


「何よ?! 今まではそうじゃなかったっていうの?!」


「ありていに言えば、その通りだ」


 くっ! ストレートに言ってくれるなぁ?!


 そりゃあウェスト公爵家でも馬鹿にされるようなリネンのドレスだったけどさぁ。


 帝国の妃としては相応しくないってのもわかるけど……もう少しこう、言い方ってものがね?


 キーファーが私の肩を抱いて告げる。


「そう不満気な顔をするな。

 『似合っている』と言っているだけだ」


「ならそう言って?!

 でも、私はこんな服じゃ落ち着けないよ」


「慣れろ。お前は正妃になる女だろうに」


 私は唇を尖らせて応える。


「そりゃあそうなんだけどさぁ。

 私に本当に正妃が務まるの?」


「『務める』のだ。

 精霊巫女として、帝国に貢献すればいい。

 そして宮廷内で力を示し、権威を強めろ」


「そんなこと、できないってば?!」


 キーファーがフッと笑って告げる。


「わかっている。お前には向いていないとな。

 だがそれでも、派閥を作り発言力を強めろ。

 それがお前の身を守ることにつながる」


「自衛しろってことね……。

 近衛騎士たちじゃダメなの?」


 私の問いかけに、キーファーがため息で応える。


「権力争いに近衛騎士は口出しできん。

 そこは自力で対応しろ。

 俺が宮廷に居る間は守ってやれるが、いつも居られるとは限らん」


「……どこかに出かけるの?」


「ヴェラーニ公爵派閥が戦力を出せない今、俺が宮廷の戦力を率いる可能性が高い。

 何かあれば、俺は遠征に出なければならんだろう。

 ――お前は俺が不在の間に浮気などするなよ?」


「そんなもんするかー! 

 キーファーにすら体を許さないのに、他の男性に許すわけがないでしょう?!」


 彼の手が私の顎を掴む。


「……まだ俺に体を許す気になれんか」


「だって……長女が生まれちゃったら手放さないといけないし。

 我が子を手放すなんて、簡単に決断できないよ」


「だが、母上もそう長くは待たないだろう。

 お前が子供を作らないままなら、ローラたちが今度こそ極刑となる。

 早く覚悟を決めておけ」


 そうやって、他人の命を盾にとって?!


 私はため息交じりで応える。


「お義母様もキーファーも、どうしてそうまで私に子供を産ませたいのよ……」


「正妃が嫡子を生むのが最も健全だ。

 側妃が男子を生んでも、正妃が後から男子を生むと後継者争いに発展しやすい。

 何より今の俺は、シャイナともベレーネとも夜を共にする気になれん」


 ……一途なのは嬉しいけど、私にそこまでの価値なんてないと思うけどなぁ?


 なんでキーファーは私にそんなに拘るんだろう。


 私が尋ねようとすると、キャサリンが横から告げる。


「夕食の支度が整いましてございます」


 キーファーが私の肩を抱いてダイニングテーブルへ誘導していく。


 質問するタイミングを逃したか。


 私は小さく息をついて、夕食の席へ着いた。





****


 夜会当日、私は再び重たいドレスと宝飾品で身を固めていた。


 キーファーが私をエスコートしながら告げる。


「いいか、お前は余計なことを口走るなよ。

 育ちの悪さが出るからな」


「――ちょっと! 仮にも公爵令嬢に酷い言い草じゃない?!」


「その物言いが公爵令嬢らしくないと言っている。

 いいか、練習した挨拶以上のことを口にするな」


 私はムッとしながらキーファーの後をついて行く。


 そりゃあ、公爵家でも『出来損ない令嬢』とか言われてたけどさぁ。


 教養だって足りてないけど、だからって『しゃべるな』ってのは酷くない?!



 第四妃宮を出て、宮廷に入り大ホールへ向かう。


 宮廷でも一番大きなホールには、急な招集なのに大勢の貴族たちが駆けつけていた。


「うわ、なんでこんなに居るの……」


「大方、『お前が正妃になる』という噂でも聞き付けたのだろう」


 だからって、こんなに集まるの?


 貴族社会ってわからないことだらけだ。


 私たちが姿を見せると、周囲の貴族たちが真っ直ぐ私を見てくる。


 ……知ってるぞ、この視線。品定めをする目だ。


 キーファーは真っ直ぐ壇上に向かい、中央で足を止めた。


 そのままホールの貴族たちに向かうと、楽団が演奏を止める。


「よくきてくれた諸君。

 今日は俺の新しい妃を紹介する。

 ウィンコット王国、ウェスト公爵家の令嬢トリシアだ」


 キーファーに促され、私は一歩前に出る。


 ニコリと微笑みを浮かべ、練習を思い出しながら口を開く。


「トリシアですわ。

 皇帝陛下の妃として、これから身を粉にして帝国に尽くす所存です。

 みなさん、よろしくお願いしますわね」


 パラパラとまばらな拍手が起こった。


 ……うん、知ってる。私の所作に品がないって言いたいんでしょ!


 私が一歩下がり、キーファーが声を上げる。


「噂で聞いてる者も居ると思うが、正妃だったローラとは離縁し、宮廷から放逐した。

 俺の新しい正妃には、このトリシアがなる。

 諸君も以後は、そのように彼女に接せよ」


 大ホールをざわめきが包み込んでいく。


 拍手ひとつ起こらず、貴族たちは顔を見合わせ小声で話し合っていた。


 キーファーが不機嫌そうに眉をひそめて告げる。


「どうした? 俺の正妃に何か不満があるのか?

 あるならばこの場で述べろ」


 威厳のある貴族が不機嫌そうに手を挙げた。


「我が娘ローラではなく、そのような田舎の小娘が正妃ですと?

 皇帝陛下はお目が曇られたのか!」


 キーファーが冷たい笑みで応える。


「不義密通を犯す女など、正妃に置けるものか。

 貴様は娘の命が奪われなかっただけ、トリシアに感謝しておけ。

 彼女が助命を母上に嘆願したからこそ、ローラは未だに生きているのだ」


 大ホールのざわめきが大きくなっていく。


 『あの皇帝陛下が?!』とか『まさか皇太后陛下まで?』とか、戸惑う声が聞こえてきた。


 キーファーが再び大きく声を上げる。


「トリシアはウィンコット王国の精霊巫女、精霊と通じ力を借りることができる女性だ。

 彼女の力があれば、帝国に豊かな実りを授けることもできる。

 今後はトリシアの力を軸に、帝国の国力を立て直していく。

 彼女をないがしろにすることのないよう、諸君も気をつけておけ」


 戸惑う声が上がる中、キーファーが片手を挙げた。


 楽団が演奏を再開し、私たちは壇上から降りていった。


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