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15.情報戦

 ヘレンが告げる。


「キーファー、あなたはトリシアを第四妃宮に送り届けなさい。

 ローラたちの処遇は後で報告させます。

 ――それと、近日中にトリシアをこの第一妃宮に転居させなさい」


「……はい、わかりました。

 行くぞ、トリシア」


 キーファーがトリシアの肩を抱き、応接間から立ち去っていく。


 その背中を、ローラが憎しみを込めて睨み付けていた。


 そんなローラに、ヘレンが冷たく告げる。


「ローラ、あなたは正妃の身分を剥奪し、宮廷から追放します。

 あとはオーサー子爵令息と婚姻でもなんでも好きになさい」


「――そんなこと、お父様がお許しになりませんわ!」


 ヘレンが静かな目でローラを見据えた。


「ヴェラーニ公爵が許そうが許すまいが、これは皇室の――ひいては帝国の決定です。

 文句があるなら、己の行動を顧みて反省することね。

 正妃の身分で不義密通など、いったい何を考えているのか」


 返す言葉もないローラが唇を噛んだ。


 ローラの周辺はヴェラーニ公爵家関係者で固めている。


 秘密が漏れる事など、無かったはずなのだ。


 それがトリシアのたった一言で身の破滅まで追い込まれてしまった。


 ――この恨み、必ず晴らしてやるわ!


 唇から血を流すローラに、ヘレンが告げる。


「何をしているの?

 もうここはあなたが居ていい場所ではありません。

 荷物はヴェラーニ公爵家に送り届けますから、あなたは今日中に宮廷を立ち去りなさい」


「……失礼いたします」


 ローラは頭を下げて応接間を辞去していった。


 その後ろをオーサー子爵令息が追いかける。


「ローラ様、どうなさるおつもりですか」


「どうもこうもないわ。

 皇太后陛下にこれ以上睨まれたら、本当に命がない。

 大人しく家に戻るしかないじゃない」


 ローラは怒りを足に込めながら、第一妃宮の私室へと向かって歩いて行った。





****


 ベレーネが住む第三妃宮を、シャイナが訪れていた。


 応接間で向かい合う二人は、静かに紅茶を口に運ぶ。


「……ローラが宮廷を追い出されるそうね」


 シャイナの言葉に、ベレーネが目を見開いて応える。


「あの皇太后陛下が、ローラの命を許したというの?

 いったいなにがあったのかしら……」


「わからないわ。

 皇帝陛下も皇太后陛下も、正妃の不義密通をお許しになる方じゃない。

 何かあるとしたら――トリシアかしら」


 ベレーネが困惑しながら眉をひそめる。


「あの新参者に、そんな力があるというの?」


「詳しくは知らないんだけど……ウィンコット王国の精霊巫女らしいのよ、彼女。

 昨晩も精霊がどうとか言っていたし。

 何か特別な力があるのかもしれない」


 シャイナの憂鬱な表情を見て、ベレーネが考える。


 ありえない判断をキーファーとヘレンが下した。


 それだけの力をトリシアは持っているのだろう。


 ならば、ベレーネが取る手は一つしかない。


「急用を思い出しましたわ。

 悪いのだけれど、これで失礼するわね」


「……そう、わかったわ」


 ベレーネと共にシャイナが立ち上がる。


 侍女に送り出されるシャイナを見送ると、ベレーネが告げる。


「第四妃宮へ出かけます」


 侍女と近衛騎士が付き従い、ベレーネは応接間を出ていった。





****


 第四妃宮に来たベレーネは、近衛騎士たちに行動を阻まれていた。


「陛下から『誰であろうと通すな』と言われております」


 ベレーネが微笑みながら告げる。


「第二側妃が第三側妃を訪ねる――その意味がわからない訳ではないでしょう?」


 近衛騎士がそれでも真顔で応える。


「文句がおありなら、皇帝陛下に直訴してください。

 陛下の許可がなければ皇太后陛下であろうと通すなとのお達しです」


 ――そう、そこまで。


「わかったわ。

 それじゃあ、トリシアに伝えて頂戴。

 『ローラのことで話したいことがある』って。

 私は宮廷の談話室で待ってるわ」


 近衛騎士は応えず、黙って立っていた。


 ベレーネは微笑みながらその場から立ち去り、宮廷へと向かう。


 この誘いの対応次第で、彼女の今後も読める。


 格上の妃から呼び出されて、無視できるようなら彼女は要注意だ。


 皇帝陛下の寵愛と、場合によっては正妃の座すら奪いかねない。


 誘いに乗ってくるなら、ローラの処遇に関して詳しいことを聞き出せるだろう。


 どちらにしても情報が手に入る。


 悠然と立ち去るベレーネを見送った近衛兵が仲間に告げる。


「……どうする?」


「伝えない訳にはいかないだろう」


「では俺がトリシア殿下に伝えに行く」


 頷く仲間を残し、近衛騎士が第四妃宮へと入っていった。





****


 私の元に、外を守っている近衛騎士がやってきて告げる。


「さきほど、ベレーネ殿下がお見えになっておりました。

 『ローラ殿下のことで話したいことがあるから、宮廷の談話室で待つ』とのことです」


「え?! ベレーネさんが?!

 なんだろう……ローラさんのことで?」


 私よりローラさんとの付き合いは長いだろうし、彼女のことが気になってるのかな。


 昨晩はベレーネさん、夜会に来てなかったし。


 彼女は第二側妃、私よりも格上だ。


 そんな人が私の妃宮を訪れて、『話したいことがある』なんて。


 私は難しい顔をしてるスコットに尋ねる。


「この場合、私はどうしたらいいの?」


「……ベレーネ殿下の誘いを断れば、トリシア殿下のお立場が悪くなります。

 ですが皇帝陛下より『外には出すな』と厳命されてもおります。

 殿下を行かせるわけには参りません」


 そっか、キーファーはそんなことを言ってたっけ。


 私のドレス、まだ新調できてないしなぁ。


「会いに行かなくても、本当に大丈夫なの?

 それに私、ローラさんの話なら聞いておきたいんだけど」


 私の背後からキャサリンが声をかけてくる。


「殿下は間もなく正妃となるご身分。

 現時点で悪評が経とうと、問題ではありません。

 今はお気になさらず、支度が整ってからお話になればよろしいかと」


 そっか、キャサリンがそう言うなら、そうした方がいいんだろう。


「じゃあ、ベレーネさんに伝えて来てくれる?

 『また今度お話しましょう』って」


「かしこまりました」


 お辞儀をしたキャサリンが、部下の侍女に指示を伝えた。


 彼女が足早に部屋を辞去していった。


「――ふぅ。宮廷生活って楽じゃないわね。

 気を回すことが多すぎるわよ」


 スコットがフッと笑みを作った。


「その宮廷で正妃となられる殿下は、今後皇帝陛下に次ぐ権威をお持ちになります。

 これからは更に大変になられますぞ?」


「うえぇ~……それは嫌だなぁ」


「それはそうと、殿下の番ですよ。

 チェックがかかっていますから気をつけてください」


「――おっと、そうだった!」


 私はチェス盤に向き直り、次の手で頭を悩ませ始めた。





****


 談話室で待つベレーネの元に侍女が訪れて告げる。


「トリシア殿下からの伝言です。

 『また今度お話しくださいませんか』とおっしゃられていました」


 紅茶を飲んでいたベレーネが微笑んで頷いた。


「そう、わかったわ。

 トリシアには『今日のことは気にしないで』と伝えて頂戴」


「かしこまりました」


 辞去していく侍女を無視し、ベレーネが再び紅茶を口にした。


 ――そう、私を無視できるのね。


 これはそれだけの寵愛、そして今後の立場が約束されていると見ていいだろう。


 ローラの不義密通は、既に噂が駆け巡っている。


 空席になる正妃にはシャイナが繰り上がるかと思っていたが、これはトリシアが席を埋める可能性が高そうだ。


 昨晩の一悶着で自分も繰り上がるかと思えたが、新参者が正妃となる公算が高い。


 これではベレーネ自身の面子も潰れるというものだ。


 ――では、新しい正妃とは『仲良く』やっていきましょうか。


 周囲に敵しか居ないトリシアは、話し相手が乏しいだろう。


 その数少ない話し相手として懐に潜り込み、彼女を出し抜く機会を探る。


 考えをまとめたベレーネも立ち上がり、談話室を後にした。


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