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14.けじめ

「朝でございます。ご起床ください」


 キャサリンの声で目が覚める。


 キーファーはもう目が覚めてるみたいだけど、まだ私を抱き締めていた。


「ちょっとキーファー、手を放してよ」


「……もう少し、このままでいさせてくれないか」


 どうしたんだろう? 今朝は甘えん坊だなぁ。


 キャサリンがいつもの表情で告げる。


「皇太后陛下から皇帝陛下に、朝食後に顔を見せるようとの通達がございました」


 キーファーが驚いたようにキャサリンに振り向き、尋ねる。


「……母上が?」


「はい、『昨晩の始末をつけたい』とのことです」


 キーファーが少し考えこんだ。


「……ローラもその場に来るのか?」


「伺っておりません」


 私はキーファーに尋ねる。


「昨晩の始末って、どういうこと?」


「おそらく、ローラと騎士の処遇を決めるのだろう。

 『その場に俺たちも来い』と、そういうことだと思う」


 そっか、お義母様は『後は任せろ』って言ってたっけ。


「そうとなったら、早く朝食を食べて第一妃宮に行こうか!」


 私は元気に起き上がり、身支度を整えるためにクローゼットに向かった。





****


 キーファーと一緒に第一妃宮に向かう。


 一階の応接間に通されると、部屋の中にはローラと騎士風の貴族男性も来ていた。


 お義母様が私たちを見て頷く。


「これで全員揃ったわね。

 ――まずローラ、あなたの口から言えることを言いなさい。

 いつから関係を始めたのかしら」


 ローラさんが青い顔で目を伏せながら応える。


「……殿下が三か国遠征を終えられてからです」


 お義母様が騎士風の貴族男性に尋ねる。


「オーサー子爵令息、それは本当?」


 騎士風の貴族男性――オーサー子爵令息が迷うように頷いた。


「……はい、間違いありません」


 お義母様が私に振り向く。


「この二人は嘘を言ってると思う?」


 私は宙を舞う精霊たちに尋ねる。


「ねぇ、この二人はいつから仲が良いのかな」


『えーとね、三年くらい前から!』


『”夫婦”になったのは、結構最近みたいだよ?』


 私は頷いてお義母様に応える。


「嘘を言ってる訳ではないみたいです。

 でも、親しくなったのは三年前からだって、精霊たちが言ってます」


 キーファーが獰猛な笑みでオーサー子爵令息を睨んだ。


「ほぅ……俺が遠征中から距離を縮めていたと、そう言うことか。

 俺が帝都を留守にしている間に、ローラに近寄ったんだな?」


 オーサー子爵令息が慌てて首を横に振った。


「違います! 私からではなく、ローラ殿下から――」


「ポール! 何を言い出すのよあなたは!」


 ローラさんが金切り声で叫んだ。


 お義母様が鷹揚に頷いた。


「キーファーが遠征中に親密になり、その間は肉体関係を自重していたということね。

 その程度の節度を守る頭はあるということかしら」


 ローラさんが悔しそうに唇を噛み締めていた。


 キーファーが私に尋ねる。


「トリシア、他にわかることはあるか」


 私は再び精霊たちに尋ねる。


「何か知ってることはある?」


『えーとね、いつもキーファーが来た翌日にポールが来てたよ!』


『ローラったら、”あなたじゃないと満足できないの”って言ってたわ!』


 帝国の妖精たちがぺらぺらと秘密をしゃべっていく。


 私は精霊たちの言葉をそのまま告げていった。


「――ですって」


 キーファーの笑みに怒りがにじんでいく。


「……その言葉、間違いないのか」


「精霊たちは嘘を言わないもの。

 聞いた言葉はその通りに伝えてくれるわ」


 お義母様がにこやかに頷いた。


「これはもう、ローラとオーサー子爵令息には極刑しかないわね」


 私は慌てて声を上げる。


「お義母様?! 命を奪われるほどの真似はしてないんじゃない?!

 子供を作って偽ったわけじゃないし、まだ取り返しがつくはずですよ?!」


 キーファーが怒りを押し殺した声で告げる。


「こうも皇帝の顔に泥を塗ったのだ。

 極刑以外では皇室の名誉が傷つけられる」


「キーファーまで?!

 せめて、宮廷から追放するぐらいで許してあげられないの?!

 命を奪うなんてやり過ぎよ!」


 キーファーが悩むように眉をひそめる。


 私が訴えれば、キーファーも考えを改めてくれそうだ。


 お義母様が小さく息をついた。


「ともかく、あなた方も一度座って落ち着きなさい。

 ――エルザ、この二人に紅茶を」


 侍女の一人が頭を下げ、紅茶を入れ始めた。


 私たちはお義母様の正面のソファに座り、じっとその顔を見つめる。


 ……優しい人だと思ったんだけどな。


 こんな簡単に人を殺す判断ができちゃうなんて。


 帝国の精霊たちは、なんだか悲しそうな色をしている。


 秘密を漏らさないあたり、まだお義母様に懐いてはいるみたいだ。



 私たちの前に紅茶が給仕された。


 私たちはお義母様に促されるように、紅茶に手を――ん? 紅茶の周りで精霊たちが警戒色を出してる?


『駄目だよ、トリシア! このお茶には何か入ってる!』


『後ろの女性が、薬を入れてるのを見たわ!』


「……それは、キーファーのお茶も?」


『そうだよ!』


 私はティーカップに口を付けようとしたキーファーの手を掴み、彼を見て首を横に振った。


「ダメよ、キーファー。それを飲んでは」


 戸惑うキーファーが私に尋ねる。


「どうした? なにがあった?」


「精霊たちが『薬が盛られてる』って教えてくれたの。

 あなたのお茶は、たぶん体が動かなくなる薬じゃないかしら。

 私のお茶は――考えたくないけど、命を奪うものなの? お義母様」


 私の視線を受けて、お義母様が困ったように微笑んだ。


「あらあら、見破られてしまったわね。

 あなたの精霊巫女としての力、こんなに厄介だとは思わなかったわ」


 ――やっぱり、そうなのか。


 私は悲しい気分でため息をついた。


「私はそんなにキーファーにとって、害ある存在ですか?」


「そうね、冷徹な皇帝であろうとするキーファーを邪魔する存在よ。

 今この場で必要なのは、ローラとオーサー子爵令息の命を奪うこと。

 それでこそ宮廷の秩序、引いては帝国の秩序が保たれるの。

 それを助命嘆願だなんて、あなたには皇妃としての自覚が足りないわ」


 私はお義母様を睨み付けて応える。


「致命的な事態になったわけじゃないわ!

 少し名誉が傷つけられたぐらい、なんだっていうの?!

 この程度の不名誉、飲み込む度量がなくて何が皇帝よ!」


 お義母様は微笑みながら告げる。


「わずかな傷すら許せるものではないわ。

 帝国において皇帝は絶対の存在。

 それを揺るがす存在は、叩き潰さなければならないのよ」


 キーファーが困惑しながら口を開く。


「……母上。

 ローラを処刑するのも、トリシアを処刑するのも帝国に不利益を与えます。

 今ヴェラーニ公爵派閥を敵に回すのは時期が悪い。

 トリシアも、精霊巫女としての力で帝国の国力をこれから増していくのです」


 お義母様が静かな目で私を見つめた。


「それは本当? 国力を増やすって、どういうことかしら」


 私はおずおずと応える。


「精霊たちが多い土地は実りが多くなります。

 私の周囲には精霊たちが集まりやすいんです。

 彼らに頼めば、帝国領土の豊作を意図的に作ることも可能だと思います。

 ――ね、そうだよね精霊さんたち」


『そうだね! 僕らでできる範囲なら、協力するよ!』


『ウィンコット王国からも、少しずつ精霊たちが移動してきてるわ。

 これから数か月を駆けて、帝国が豊かになっていくわよ?』


「――だそうです。

 私の命を奪えば、精霊たちも帝国から去っていきます。

 元から居た帝国の精霊たちだけは残るでしょうけど」


 お義母様が私を見つめて考え事を始めた。


 紅茶を口にしたお母様が、小さく息をつく。


「そう、そういことなのね。

 それならローラの命を助けるために、交換条件があるわ。

 ――トリシア、あなたが正妃になり、世継ぎを生みなさい。

 それに応じるなら、ローラとオーサー子爵令息の命を助けます」


 私は思わず立ち上がって応える。


「そんな?! 私が正妃なんて、務まりませんよ?!」


「帝国の生産力を上げられるなら、民衆の支持は得られるでしょう。

 あなたが精霊巫女であると大々的に布告を出します。

 あなたの子供が次世代の皇帝となるなら、この国にも精霊の加護が期待できるんじゃない?」


「精霊巫女は、一世代に一人だけなんです!

 そして長女が生まれたらウィンコット王国に戻すという契約があったはず!

 代々、精霊巫女は長女が受け継ぎやすいんです!

 帝国が次世代の精霊巫女を手に入れる可能性は低いですよ!」


 お義母様がため息をついて応える。


「それでも、あなたが現役の間は精霊巫女の恩恵があるのよね?

 ヴェラーニ公爵を抑え込むにも、その力を捨てるのは惜しいわ。

 ローラはもう正妃として不適格。代わりの正妃を作る必要があるの。

 でもシャイナもベレーネも、今ひとつ格が不足しているのよ」


「――だからって、なんで私なんですか?!」


 お義母様の目が厳しく私を見据えた。


「あなたが一番若いからよ。

 若い分、子供を作る可能性も一番高い。

 そして精霊巫女でもあるあなたは、他の二人よりも格が上と見ることもできる。

 だからあなたは早く子供を作ってしまいなさい」


「嫌ですよ?! 子供を作って長女だったら、ウィンコット王国に引き渡さなきゃいけないんですよ?!」


「じゃあ、ローラたちを見殺しにするのね?

 あなたが引き受けないなら、二人を処刑してシャイナが繰り上がって正妃になるわ。

 ヴェラーニ公爵に対しては――キーファー、あなたが対処しなさい」


 私が急いで割って入る。


「待ってください! 正妃だけなら引き受けます!

 それでなんとかローラさんたちを助命できませんか?!」


 お義母様が私を見つめたまま黙り込んだ。


「……いいわ。今は正妃だけで納得してあげます。

 でも正妃なら、嫡子を生む義務がどれほど重いかも理解しなさい。

 男子なら引き渡す必要もないのでしょう?

 長女を諦めるくらい、早く覚悟しなさい」


「お義母様……」


 私の肩をキーファーが優しく叩いた。


「これが限界だ。

 今はそれで納得するしかない」


 私はためらいながら頷いた。


 まずはローラさんたちの命を救わないと。


 子供の件は……なんとかごまかせないかなぁ。


 ため息をつく私を、横に立つローラさんが燃えるような眼差しで睨んでいた。


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