12.勝負の夜
午前中、私はいつも通りスコットとチェスを打っていた。
ルールは教えてもらったけど、さっぱり勝てない。
「これでチェックメイトですな」
「――え?! いつの間に?!」
スコットが微笑みながら告げる。
「ですから、ハンデを付けないと勝負になりませんよ」
「ハンデを付けるなんて、最初から負けてるようなものでしょ!
ああもう! 次はカードをやりましょう!」
チェス盤を片付けて、他の近衛騎士も混じってポーカーを開始する。
「しかし、トリシア殿下は余裕ですな。
今夜は正念場だと言うのに遊びに興じられるとは」
「今さらジタバタしても始まらないわ。
あとは出たとこ勝負でキーファーの立場が悪くならないようにするだけよ」
他の近衛騎士がチップを置き、「レイズ!」と告げる。
スコットと私も「レイズ!」と告げてチップを場に置く。
もう一人の近衛騎士は「こりゃ無理だ、フォールド」と賭けを降りてきた。
残った三人が顔を見合わせる。
スコットが「レイズ」と告げ、さらにチップを増やす。
残った近衛騎士が「……フォールド」と告げ、カードを場に伏せた。
私はニコリと微笑んで告げる。
「それじゃあ私はコールよ――エースのフォーカード。
スコットは?」
スコットがため息をつきながら手札をさらした。
「フルハウスです。殿下の勝ちですね」
近衛騎士の一人が、呆れたように告げる。
「なんで殿下ばかり良い手が入るんですか。何かしてますか?」
私はチップをかき集めながら応える。
「私、昔から運が良いのよ。
この手のゲームで負けたことがないわ」
スコットが苦笑交じりで告げる。
「その強運、今夜に活かせると良いですな」
「どうかしら? 社交界なんて、運だけで生きていける世界じゃないでしょう?
私は大人しく、息をひそめておくわ」
結局ポーカーでは、私が全員のチップを巻き上げて終わった。
昼食を食べたあと、私は夜会の支度を開始するためにクローゼットに向かった。
****
夕方になり、私を迎えに来たキーファーが顔をしかめた。
「……やはりそのドレス、他の物にしないか」
「これ以外はもっと質素なドレスよ?
それでも構わないなら着替えるけど」
キーファーがため息をついて告げる。
「いや、いい。無理を言った。
――行くぞ、トリシア」
差し出された肘に手をかけ、並んで歩いて第四妃宮を出る。
馬車に乗りこむと、周囲を近衛騎兵たちが固めた。
総勢二十人、相変わらず多いなぁ。
私はキーファーに尋ねる。
「今日はどこの貴族の夜会なの?」
「ヴェラーニ公爵派閥が開く、定例夜会だ。
ローラの父親、と言えばわかるか?」
あー、そういうことか。
急に夜会だなんておかしいとおもったけど、ローラさんの差し金ってことかー。
「じゃあローラさんも参加するの?」
キーファーが鼻を鳴らして応える。
「するだろうな。お前を陥れる気でいるだろう。
シャイナもおそらく参加する」
えーと、ローラさんとシャイナさんと、あとは……。
「ベレーネさんだっけ? あの人は?」
「今回は知らん。動向を聞いていないからな」
ふーん、キーファーが私のところに入り浸っても不満に思わないのかな。
そんな訳、ないよねぇ。
こういう時、派手な動きをしない人の方が怖い気がする。
スコットが打つチェスの手も、気付かない駒がいつの間にか追い詰めて来てたりするし。
私は鼻息も荒くキーファーに告げる。
「今日はきちんとローラさんたちに納得してもらわないとね!
そのためにも、キーファーも皇帝の自覚をもって行動してよね!」
「……お前こそ、第四皇妃の自覚をもって言動を慎めよ?
その恰好では、何を言っても説得力がないからな」
ぐ、それは言わない約束じゃない?
ドレスがないのは私のせいじゃないし。
私は周囲を飛び回る光の玉に告げる。
「精霊さん、今夜も助けてね」
『まかせてー!』
と言っても、精霊たちにできることはそんなに多くないんだけど。
ウィンコット王国と違って、私は皇妃。キーファーの妻なんだし。
夫に恥をかかせないよう、なるだけ頑張ろうっと!
****
夜会会場前に着いたトリシアたちが馬車から降りる。
周囲に居た貴族たちが、その貧相なドレスを嘲笑うかのように視線を投げかけた。
皇妃が庶民のようなリネンのドレスを着る――醜聞と言っても過言ではない。
トリシアは気にしないように努めつつ、キーファーにエスコートされながらホールに入っていった。
近衛騎士たちは壁際に控え、ホール中央へトリシアたちが進んでいく。
辺りを見回すトリシアに、遠くから近づいて行く赤いドレス姿の女性――ローラだ。
ローラは騎士風の貴族男性にエスコートされつつトリシアに近づいて行った。
「陛下、よく来てくださったわね」
その声に振り向き、キーファーが不機嫌そうに応える。
「お前が呼んだのは俺じゃなく、トリシアだろうに。
挨拶をするならトリシアにしろ」
「あら、呼んだのはお父様よ?
私はお父様に呼ばれたから参加しているだけ。
それに――トリシア? 第四皇妃のことかしら?」
トリシアの前で、これ見よがしにローラが周囲を見回した。
「……それらしい方はおられませんわね。
それとも、陛下が連れられている庶民の小娘がトリシアなの?
まさか、そんな訳がありませんわよね」
トリシアは表情を殺して黙り込んでいた。
キーファーが怒りを見せながら口を開く。
「ローラ、お前でもトリシアを馬鹿にすることは許さんぞ」
「どう許さないのかしら?
若い小娘に熱を上げて、毎日通い詰める陛下は年下がお好きなの?
それとも皇帝の義務もお忘れになったのかしら」
不機嫌そうなキーファーが告げる。
「義務とはどういう意味だ」
ローラがニコリと微笑んで応える。
「それはもちろん、私と世継ぎを作ることですわ。
それとも、もう小娘相手じゃないと興味を持てなくなってしまわれたの?
私は毎晩、陛下を思って寂しい思いをしてますのに……」
涙を流してハンカチで拭うローラを見て、周囲から非難の目がキーファーに注がれる。
そこに白いドレスを着たシャイナが近づいて行き、ローラの肩を叩いた。
「あなたは悪くないわローラ。
悪いのは全て、陛下を狂わせたトリシアよ。
男狂いのトリシアに、陛下も近衛騎士も取り込まれてしまったのよ」
ムッとした様子のトリシアが声を上げる。
「ちょっと! いきなり不名誉な言いがかりはやめてくれない?!」
シャイナが蔑む眼差しをトリシアに向け、扇子で口元を隠した。
「あらあら、お口の利き方がなってないわよ? お嬢ちゃん。
大人しく国元に帰った方が良いんじゃなくて?
それとも帝国軍人の味を覚えて、離れられなくなってしまったの?」
「だから! そういう根も葉もないことを言わないでくれる?!」
ローラが涙を流しながら告げる。
「もう社交界中の噂ですわ。
第四妃宮の中では、毎日近衛騎士たちがトリシアの相手をしていると。
昼間は近衛騎士、夜は陛下――あなたは本当に男好きなのね」
苛ついた様子のキーファーが口を引き結んでローラを見据えた。
それを見たローラがクスリと微笑む。
「あら、私を責めるの? 噂を口にしただけの私を?
陛下に私を責める筋がございまして?
妻を二週間も放置する陛下に、言える言葉がありますの?」
「……確かに、お前には寂しい思いをさせた。
そこは私が全面的に悪いと反省しよう」
ローラが勝ち誇ったような笑みで告げる。
「それで、陛下はどうなさるつもり?
トリシアのところに通うのをやめてくださる?」
キーファーが苦悩で顔をしかめた。
そのまま何も言わないキーファーに、シャイナが告げる。
「あら? 陛下は皇帝の義務を放棄なさるの?
世継ぎはトリシアと作られるのかしら。
誰の子かもわからない子供を、世継ぎとしてお育てになるの?」
トリシアが大きく息を吸い込み、吐き出した。
「……私を侮辱するだけなら構わない。
でも近衛騎士やキーファーを侮辱するような物言いは看過できないわ!」
ローラが楽し気な笑みで告げる。
「看過できないなら、どうすると言うのかしら。教えてくださらない?」
トリシアがローラを睨み付け、彼女をエスコートする騎士風の貴族男性を指さした。
「キーファー、気にすることはないわ!
ローラさんはあなたが来ない日になると、この騎士と夜を過ごしてるんだもの!
寂しいわけがないわよね!」
その言葉に、ローラの顔が青ざめた。