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1.政略結婚からの逃亡

 枯れかけた大木の前に跪き、祈りを捧げる。


 ――精霊王様、精霊たちをお守りください。


 大木――精霊樹から小さな光の玉が飛び出てきて、私の周囲に集まってきた。


 私は光の玉――精霊たちを見て、密かに微笑む。


 年老いた大司祭様がため息をついて告げる。


「また駄目か。やはりトリシア様は精霊巫女として出来損ないということか」


「申し訳ありません……」


 私は形だけの謝罪で頭を下げる。


 不機嫌そうな大司祭様が私に告げる。


「もういい、帰りなさい」


「はい」


 私は肩を落とし、落ち込んだ振りをしながら大聖堂を後にした。





****


 帰り道、馬車の中で精霊たちの笑い声を聞く、


『ありがとうトリシア! 今日も助けられたよ!』


「どういたしまして。

 みんなが助かって、私も嬉しいわ」


 精霊たちは他の人には見えないらしい。


 だから他人が見ると、今の私は独り言を呟く危ない子だ。


 同乗している侍女も、怪訝な顔で私を見ている。


 いつものことだから、もう口出しすることもないみたい。


 私は精霊巫女――本来、精霊樹に王国の実りを祈願する存在だ。


 我がウェスト公爵家は、代々精霊巫女を輩出してきた家柄だった。


 十歳の時、初めて精霊樹の前で祈らされ、精霊たちが精霊樹に吸い込まれるのを見てしまった。


 あの悲痛な叫び声を聞きたくなくて、以来私は精霊樹に『精霊を助けて欲しい』と祈り続けている。


 その日以来、精霊樹はどんどん力を失っていった。


 十歳の頃は青々とした大樹だったのに、十六歳の今では枯死寸前だ。


 作物の実りも年々落ち続け、今では各地で災害も起こるのが当たり前になった。


 だけど、そんなの他の国と同じ条件になっただけ。


 精霊たちを犠牲にして楽をしようだなんて、間違ってると思う。



 馬車が公爵家の別邸に戻ると、第一王子のパトリック殿下の馬車が見えた。


 丁度帰るところのようで、妹のリンディが見送りをしていた。


 私の姿を見ると、二人の表情があからさまに侮蔑の色を含んだ。


「あら、誰かと思ったらトリシアじゃない」


 私はムッとしながら応える。


「リンディ、年下なら相応の言葉遣いをしなさい」


 パトリック殿下が鼻で笑って肩をすくめた。


「公爵令嬢として何一つ恥ずかしくないリンディに、意見を言えるほどトリシアは立派なのかい?」


 私は何も言い返せずに黙り込んだ。


 貴族令嬢として必要な作法も教養も、私はリンディにはるかに及ばない。


 それどころか『貴族令嬢失格』とまで講師に言われてしまったぐらいだ。


 リンディは一歳年下だけれど、彼女が『お姉様』と呼んでくれたこともない。


 家族からすると、私は『公爵家の恥さらし』らしい。


 貴族令嬢としても、精霊巫女としても役立たず――それが周囲の評価だった。


 楽し気に言葉を交わすリンディとパトリック殿下を残し、私は一人で屋敷の中へ戻っていった。





****


 次の週末、お父様の言いつけで王宮の夜会に出席することになった。


 リンディは公爵家の贅を凝らしたドレスに身を包んでいた。


 大きな宝石の突いたイヤリングにティアラ、ネックレスまで。


 高級生地をふんだんに使ったドレスを得意げに着こなすリンディが、私のドレスを見て鼻で笑う。


「トリシア、良く似合ってるわよ?」


「……どうもありがとう」


 私は質素なリネンのドレスに身を包みながら応える。


 宝飾品なんて一つも付けていない。


 いいけどね、過ごしやすい服だし!


 パトリック殿下にエスコートされるリンディとは別の馬車で、パートナーもなく一人で乗りこむ。


 二台の馬車は王宮のホールに向かって緩やかに走り出した。



 馬車の中で精霊たちが慰めてくる。


『その服も綺麗だよ、トリシア!』


「あら、ありがとう。嬉しいわ」


 精霊たちは嘘をつかない。


 彼らが褒めてくれるなら、本当に私に似合っているのだろう。


 侍女も居ない馬車の中で、私は精霊たちと楽しい時間を過ごしていった。





****


 王宮のホールには、大勢の貴族たちが集まっていた。


 先に来ていたお父様が私たちを見つけ、手招きをする。


 リンディとパトリック殿下が悠々と、私はその後ろからゆっくりとお父様に近づいた。


 お父様が私たちに告げる。


「今夜はめでたい夜だ、お前たちはここで待機しなさい」


 リンディは笑顔で応える。


「はい、お父様!」


 めでたい夜? 何があるんだろう?


 周囲を見回すと、どうも貴族たちの視線が私たちに注がれている気がする。


 ……それにしても、収穫が落ちて災害も起こってるっていうのに、貴族の夜会は贅沢だな。


 その分を庶民に負担をかけてると考えると、馬鹿らしく思えてくる。


 こんな贅沢をする余裕があれば、領民を助ければいいのに。


 壇上に国王陛下が現れ、声を上げる。


「本日は皆に知らせることがある。よく聞いて欲しい。

 我が息子、パトリックとウェスト公爵家リンディの婚約が決まった。

 彼女は後の王妃となり、我が国を導いてくれるであろう」


 周囲から割れるような拍手が鳴り響いた。


 そっか、リンディはパトリック殿下と婚姻するのか。


 ……あれ? でもそうなると私がウェスト公爵家を継ぐのかな?


 公爵家は代々、女系が血統を受け継いできた。


 次の精霊巫女を排出するため、外から婿を取るのが習わしだ。


 だけど『公爵家の恥さらし』に家を継がせるなんて、あるんだろうか。


 お父様の様子を見ると、なんだか嬉しそう――これは、何かある?


 国王陛下が更に大きな声で告げる。


「もう一つ! 今日は大事な報せがある。

 ――キーファー皇帝、こちらへ!」


 壇上に黒い甲冑を着た男性が現れた。


 背が高く黒髪の男性は、冷たい表情で周囲を眺めていた。


 国王陛下と男性が並び立った時、拍手が鳴りやんだ。


 妙な緊張感を感じる。


「こちらにおわすキーファー皇帝とウェスト公爵家トリシアとの婚姻も決定した!

 クロムウェル帝国とはこれより、婚姻同盟を結ぶ!

 国内の混乱も、以後は帝国の助力を得て治まっていくだろう!」


 こんどはまばらな拍手が周囲から鳴った。


 私は呆然と国王陛下と男性――キーファー皇帝の顔を見つめる。


 今、『婚姻が決定した』って言った?


 婚約を飛び越えて、いきなり婚姻?


 混乱する私に、お父様が小声で告げる。


「婚姻の条件は『長女が生まれたらウェスト家に養子に出すこと』だ。

 お前はキーファー皇帝四人目の妃として、務めを果たしてこい。

 出来損ないのお前でも、皇帝の慰みものぐらいはできるだろう」


 私は頭を殴られたような衝撃を受けた。


 長女を公爵家に戻す? 四人目の妃?


 何より最後は、親が子供に言う言葉?!


 私は皇帝の側妃として生きて、しかも娘を取られなきゃいけないの?!


 あまりにひどい条件に、私は目の前が真っ暗になっていた。





****


 その日の夜会を、私は覚えていない。


 気が付いた時には屋敷に戻っていて、真っ暗な部屋でベッドに倒れ込んでいた。


 頭の中を国王陛下の言葉がぐるぐると回る。


 ――いくらなんでも、こんな待遇は許せない!


 私は侍女たちが周囲に居ないことを確認し、こっそりとネグリジェを脱いだ。


 クローゼットから一人でも着られる服を探し、いそいそと着込んでいく。


 結局リネンのドレスか。まぁ着やすいからなぁ。


 周囲を飛び回る精霊たちに小声で伝える。


「ねぇ、誰か見張ってないか見て来てくれない?」


 光の玉が扉を抜け、しばらくして戻ってくる。


『誰も居ないよ!』


 私は頷いて告げる。


「誰かに見つかりそうになったら教えてね」


 私はできるだけお金になりそうな小物をポケットに入れ、そっと扉を開けて部屋を飛び出した。





****


 裏口からそっと外に出て、精霊たちの導きに従って馬屋に向かう。


 精霊たちが馬に告げる。


『ちょっとトリシアを乗せてあげてよ!』


 馬が小さくいなないた。


 柵を外し、周囲を足場に馬に跨る。


 馬具も付けてない馬に乗るのは、何年振りだろう。


 『貴族令嬢らしくない』なんて、よく怒られたっけ。


 私がたてがみに掴まると、馬は静かに歩きだした。


 公爵家別邸の外に出た馬は、静かに加速していく。


 精霊たちは楽しそうに笑い声をあげながら、私の周囲を飛び回っていた。


『やったね! 脱出成功!』


『でも気をつけて! 振り落とされないでね!』


「わかってる! 逃げられるだけ逃げてやるわ!」


 私を乗せた馬は、帝国とは反対側――南に向かって駆けていった。


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