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荒野に咲く一輪の花

作者: 畝澄ヒナ

桜庭奈々子(さくらばななこ)、人生最大のピンチです。

「桜庭さん! お茶買ってきました!」

「桜庭さん! 今日も可愛いです!」

 気づいたら教室のど真ん中の椅子に座らされて、なぜか崇められてます。

 私、どうしたらいいんでしょうか……。


 お金もなく、頭も良くない私は、地元の有名な不良高校に入学してしまい、ものすごく後悔しています。

 ちゃんと制服を着ているのは私ぐらいですし、女子はなぜかクラスに私だけで、それはそれは本当に怖いとしか言いようがないです。

 そんな時、ついに事件が起きたんです。

「なあ、お嬢ちゃん。可愛い面してっけどよお、この高校に女が入学するってことの意味、わかってるよなあ?」

 わからないです。全然わからないです!

 教室で急に話しかけてきて、意味のわからないことを言われても困ります!

「まさか、わからねえとか言わねえよな?」

 必死に首を振ってるのに通じてないみたいです……。

「じゃあ、今からわからせてやるよ!」

「やめてください!」

 その瞬間、勝手に体が動いてしまって、気づいたら目の前で人が倒れていました。

「な、何なんだお前!」

 教室はもう大騒ぎです。不良さんの一人が怯えた様子で私を指差していて、何が何だかわかりません。

「やりやがったな、女だろうと容赦はしねえ!」

 今度はいっぱい人が襲ってきて、必死に抵抗していたら、みんな倒れていました。

「え?」

 どうしましょう、またあの『癖』が出てしまったみたいです。


 幼い頃から父には「強い子になりなさい」と言われてきました。

 小柄で弱々しい見た目なので、心配だったんだと思います。

 柔道、剣道、空手、合気道、弓道、なぎなた……。武道と呼ばれるものは全てやらされましたが、毎回最後にはこう言われるんです。

「私どもでは手に負えない、もう来ないでくれ」

 それで、父は困り顔で次の習い事を探すんです。

 なので私は、一度父に聞きました。

「先生たち、私のこと嫌いになっちゃったの?」

「違う、ただ強くなりすぎただけだ」

 父は私の頭を撫でながら、優しい声でそう言いました。当時七歳の私には、父の言っている意味が理解できませんでした。

 中学の時、一度だけ男の人に無理やり連れていかれそうになったことがありました。

「悪いようにはしないから、俺と一緒に行こうよ」

「や、やめてください!」

 でも、気づいたら目の前で倒れていて、警察に連絡したんです。

 事情聴取が終わって、父が迎えにきてくれました。

「お父さん、私、何かおかしいのかな」

「大丈夫、奈々子は強いから、心配するな」

 父は私を責めません。何があっても肯定してくれました。だから私は、心配をかけないようになるべく目立たないようにしてきたのですが……。


「桜庭さんはゆっくりしててください!」

「そうそう、俺たちが何でもやりますんで!」

 不良さんという人は、強い者に従うというのを聞いたことがあります。でも、なぜ私にここまでするんでしょうか。

「桜庭さんがリーダーを倒してくれたおかげで、俺たちは結構自由にやれてるっす。だから、桜庭さんに一生ついていきます!」

 あの中の、どなたがリーダーだったんでしょう……。

「桜庭さん! お茶買ってきました!」

 この短時間でもうお茶三本目です。緊張で喉が渇いているので確かにありがたいのですが、なくなる前に買ってくるのはさすがに怖いです。

「あ、あの、私の頼みなら、何でも聞いてくれるんですか?」

 本当はこんな立場を利用したくはないのですが……。

桜庭菜々子、良い事を思いつきました。

「もちろんです!」

「じゃあ、制服、明日からちゃんと着てきてくれますか?」

 不良さんたちはきょとんとしています。

「え、そ、そんなことでいいんすか?」

「はい。今は、それだけで大丈夫です……」

 私、この学校を改革します!

「お安いご用っす! おい、お前ら! 今の聞いたか?」

 クラスのみんなが私のほうを向いてます。

「桜庭さんの頼みなら!」

「何でもします!」

 良い方向に進んだみたいで安心しました。でも、やっぱりなんか怖いです。

 

 翌日から本当にみんな制服を着てきました。なんだか、雰囲気が違うので新鮮です。

「桜庭さん、これで大丈夫ですか?」

「も、もちろんです。あ、ありがとうございます」

 なぜか自然と笑顔になってしまいました。

 あれ、不良さんたちの様子がおかしいです。

「さ、桜庭さん……!」

「俺たちにお礼を言ってくれるなんて……!」

「しかも、可愛すぎる……!」

 不良さんたちの目がとろんとしてますが、大丈夫でしょうか。

 それはそうと、次はどうしましょう。

「桜庭さん! 次は何したらいいっすか?」

「えっと、次は髪型とアクセサリー、でしょうか」

 制服はちゃんと着ていても、赤や金の髪にピアスでは違和感ありありです。でも、さすがにそこまでは……。

「了解っす! 桜庭さんのお好みは何ですか? やっぱりリーゼントとか……」

 お、おかしいです! 余計におかしくなっちゃいます!

「あ、その、校則に沿った髪型と色でお願いします……」

 また不良さんたちがきょとんとしています。

「そんなのでいいんすか?」

「むしろそのほうがいいです」

 恐ろしいぐらい言うことを聞いてくれるので、本当に怖いです。


 翌日、みんな誰かわからないくらい大変身していました。もう普通の男子高校生です。

「桜庭さん! 大変です!」

 あれから喧嘩なんて起きてないのに、そんなに慌ててどうしたんでしょう。

「他校の奴らが、カチコミに来ました!」

 え? カチコミ? そ、それは何語ですか?

「あいつら、俺たちの見た目が変わって、今ならいけるって思ったんですよ、きっと」

「俺たちもなめられたもんだぜ、やってやろうじゃねえか」

 ああ、だめです! 喧嘩は……!

「だめです!」

 急に大声をあげちゃったので、静まり返ってしまいました。

「でも、このままじゃやられますぜ?」

「わ、私が行きます……」

 本当は行きたくなんかないですが、喧嘩はもっと嫌です。

「桜庭さんが、直々に……」

「あいつら、終わったな」

 なぜかみんなの顔が青ざめてます。そんなに私が心配なんでしょうか。

「桜庭さん、どうかほどほどに」

「い、行ってきます」

 外に出ると、グラウンドに不良さんたちがいっぱいいました。

「おいおい、誰かと思えば女一人だぜ?」

 なんかすごい笑ってます。怖いです。

「お嬢ちゃん、悪いけどそこどいてくんない?」

「い、嫌です! 喧嘩なんかさせません!」

 動きたくても、怖くて逆に動けないんです……!

「じゃあ、ちょっと痛い目見てもらうぜ」

 ち、近づいてきました!

「やめてください!」

 どすん、と大きな音がして目を開けたら、襲ってきた人が倒れてました。

 またまた『癖』が出てしまったみたいです。

「リーダーに攻撃を当てた……?」

「そんな、俺たちでも当たったことねえのに」

 不良さんたちが驚いてます。そりゃそうですよね、いきなり倒れたらそうなりますよね。

「もういい、全員かかれ!」

 ああ、この人数は抵抗しても無駄みたいです。いい加減、覚悟決めないとですね。

「はあ、困った人たちには帰ってもらいます」

 大きく息を吸って、呼吸を整えて、周りをよく見ます。

 人数はざっと数えても百人で、武器は持っていないみたいですね。

「まあそんなもの、あっても意味ないですけど」

 あ、思わず口に出してしまいました。

「何だよこいつ、向かっても向かっても、攻撃一つ当たらねえ」

「くそ、女のくせによお!」

 またです。女、女って何回も。

「たかが女一人だぞ?」

「本当にかすりもしねえ。それどころか、一発でこのダメージなんて、この怪力女が」

 怪力女? 私のどこが、ですか。

 武道は人を傷つけるためにあるものではないです。私は身を守っているだけなのに、その言い方はあんまりです。

「私だって、望んだわけじゃありません」

「は?」

「私だって、普通の女の子です!」

 はあ、はあ、やっと終わりました。

 不良さんたち、みんな仲良く寝ちゃったみたいですね。ただのみねうちだったのですが。

「桜庭さん……!」

「ほどほどにって言ったのに……」

 クラスのみんなが駆けつけてきてくれました。

「もうこれで、喧嘩は起きないですよ」

 また自然と笑顔が……あれ、不良さん?

「さすがです、桜庭さん……!」

「俺たちのために、いや、平和のためにやってくれたんすね……!」

「それにしても、可愛すぎる……!」

 この人たちの褒めすぎる性質、どうにかしないとですね。


 また学校に平穏が訪れました。私は変わらず、崇められています……。

「桜庭さん! 次は何したらいいっすか?」

「桜庭さん! お茶買って来ました!」

 こ、この人はお茶しか買ってこないです。私一ヶ月でもう五十本目です。

「今度は、お勉強しましょう」

「べ、勉強っすか」

 さすがに、だめでしょうか……。

「桜庭さんが言うなら仕方ねえ、お前ら、明日から教科書持ってこい! ノートも忘れんなよ!」

「教科書とノートなら新品で残ってるぜ!」

 急にやる気がすごいです。

「桜庭さん、勉強って具体的にどうやるんっすか? 俺たち、そういうの全部諦めてきたんで」

「えーっとですね、まず明日の授業の予習をして、授業をちゃんと聞いて、終わったらその授業の復習をするっていうのが『勉強』です」

 不良さんたちが固まってしまいました。

「や、やってみるっす!」

 本当はできなかっただけで、みんな根は真面目なんですよね。


 翌日の授業、先生は目をまんまるにしていました。

「これは、なんの冗談だ?」

 誰一人休むことなく、教科書を開いて、真面目にノートを取っている姿は、もう進学校の生徒並みです。

「先公! 早く授業続けろよ!」

「そうだ! 俺たちは『勉強』がしたいんだ!」

 なんか変なデモみたいになってます。なんだか、楽しいです。

 中間テスト、期末テスト、授業を重ねるたびにみんなの成績は上がっていきました。

「成績表渡すぞー」

 一つのイベントみたいに、教室は興奮に包まれていました。

「俺、三学期オール五だぜ!」

「うわ、やっぱり英語苦手だわー」

 こんな会話、不良学校では絶対聞きません。

 最終的にこの学校は、偏差値七十五の進学校になりました。

 私の学校改革、成功したみたいです。

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