09 狙撃手たち
ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中
帝暦1936年5月7日 16:50
「発砲光!」
観測手のレイア・オゾンノ兵長がさけんだ。
「ッガァ!」
ヒルカモタリは短くうめき、レイアと地面に伏せた。ほぼ同時に凄まじい破裂音が響き、やや離れた所に着弾したのがわかった。
レイアは必死で耳を抑える。なんとか悲鳴をあげずに済んだようだ。身を隠していた倒木に小石やら木片やらがバリバリ当たっているのがわかる。ヒルカモタリはすぐさま体勢を立て直し叫んだ。
「盲撃ちじゃ、こっちは見えとらん!」
「もう一回、もう一回やりますか?!」
「場所変えるど!こっちじゃ」
マシラの様に素早く踵を返し、ヒルカモタリは藪の中に消えていった。
全くいつも!せっかちなんだから!レイアは生真面目に周囲の痕跡、ここに二人が潜んでいた跡を消すと、ヒルカモタリの後を追った。
「あ!やられた!」
キラコ・トモスマ兵長が狼狽えた声を上げた。
「大丈夫、当ってない」
カーリン・フジョ兵長は落ち着いている。
ヒルカモタリ達のいるあたりに弾着があったのは見えていた。しかしカーリンは彼女たちが無事なのを直感している。
街道から少し外れた繁みに身をひそめているキラコとカーリンは、ヒルカモタリたちとは道を挟んだ反対側にいるので、爆風を感じることはなかった。
「キラちゃん、こっからやるよ」
「え?あ、はい」
キラコは観測用の単眼鏡を構え直す。レンズの中には移動してくる敵戦車の巨体。物おじしない巨象がゆったりと迫ってくるようだった。あれをやっつける?キラコには到底無理なことに思えたが、仕事だ。やるしかないのだ。彼女の任務、スポッターとしてカーリンをサポートしなければならない。
「距離820。16時から微風。目標前進中、距離810」
キラコが怯えを押し殺して情報を伝えると、カーリンがゆっくりスプリンセントを構えた。
「テンチャさん、テンチャさん」
キホ・マヌアー兵長がテンチャ・マザキ兵長に小声で呼びかける。
「始まっちゃってますよ!どうするんですか?」
テンチャ・マザキ兵長は樫の木にもたれかかり、黙って目をつむっている。まさか寝てないよな?キホは訝しんだ。
ライフルの銃声が3発聞こえ、すぐに戦車砲の着弾音がした。そしてまた2発の銃声。交戦が始まっているのは明らかだ。
「テンチャさん!っんもう!」
ヒルカモタリやカーリンと同型のスプリンセントを支えにして瞑目し、身じろぎ一つしない。
全くどうすりゃいいんだろ。子供のおもりはどうにも向かないんだよな。5歳も年下の僚友を見下ろし、キホは嘆息した。