08 死神の矢
ラバキア平野北部 ラバキア街道上の112号戦車
帝暦1936年5月7日 16:40
戦闘のないときの装填手ほど暇なものはないな。
日の傾きかけた街道を前方警戒しながらべミリア・タナワ軍曹は思っていた。
喬木に阻害されていた通信も回復し、大隊本部の指示どおりラバキア街道を集合地へ向かう。
車長は指示、ミャオは操縦、モモもなんだかんだ忙しそうにしてるし、曹長は……まあピリつくのが仕事か。
それにしても……さっきの攻撃は危なかった。べミリアは思い返している。
凄まじい音と振動が左側から一気に押し寄せ、べミリアは一瞬気が遠くなった。すぐに側面に攻撃を受けたことを悟った。
今からたった一時間ほど前の出来事。全くの奇襲だった。
「退避!森へ退避!」
ヨウダ少尉の叫び声が聞こえ、隣のミャオがパニクりながらも、なんとか戦車を街道脇の林道と思しき空間に逃げこませることに成功したのは奇跡にちかい。
「アシュ!大砲!牽制、牽制!」
「砲塔、砲塔旋回できない!」
サイート曹長の悲壮な返答。
「マジで!?いいや!攻撃任せる!脅しで撃ちまくって!モモちゃん本部連絡!」
ワレ攻撃受レリ!ワレ攻撃受レリ!モモが無線に向かい金切り声を上げている。
混乱は相当なものだった。だが、ヨウダ少尉は興奮しながらも適切に指示していた。これもまた、べミリアには意外だった。
ピカピカの階級章を襟につけた士官学校出たての新品少尉に何ができるんだろう?そう思っていた。いざというときはサイート曹長がなんとかするだろう。
ところが予想に反し、ヨウダ少尉はなんだかんだで部下を統制し、敵の奇襲という危機を脱することに成功したのだった。
ただ、ユーキがボヤック一等兵への指示を完全に忘れていたせいで、サイート曹長に上から蹴っ飛ばされるまで、パニック状態のミャオは前進ギアをいれっぱなしだったので、敵の追撃がない事を知ってからも、戦車は灌木を踏み倒しながら、森の中をかなり進んでしまっている。
ヨウダ少尉はなかなか認めようとはしなかったが、「迷子」になったのはそのあたりだ。
まあでも、結構頑張ってるじゃない。
ちょっと評価変えなきゃいけないかな。
べミリアは誰にも見られないように、少し微笑んだ。
その時……
カンッ
?
なんだろう?
装甲板になにかあたっている?
べミリアは訝しんだ。
カンッ
まただ?
木でもあたってんのかな?
何気なく、スリットから外を覗こうとした。ほんと、何気なく。
その刹那。
「だめ!べミリアさん!」
ミャオが叫ぶ。
ベミリアは自分のうかつさを呪った。重装甲の戦車の唯一の弱点、防弾とはいえガラスをはめ込んだだけのスリット。
狙われた?いや、狙えるの?
おずおずと見あげベミリアは戦慄する。厚さ5センチを誇る防弾ガラスは濁ったようにひび割れている。ひしゃげた黒い物体がその中に埋まっていた。
ベミリアの背筋がぞくりと震える。これはヤバい。凄腕の狙撃手が外にいる。ベミリアは自分が死神の鎌を逃れたことにすら気づかず、ただひたすら戦慄した。
「スナイパー!スナイパー!」
ミャオの警告の声が車内に響く。
「装填!弾種榴弾!」
アシュカの指示は早かった。おかげでベミリアはショックから迅速に立ち直り、すぐさま公国軍人としての職務を思いだした。
弾種榴弾!と空元気を絞り出すように復唱し、弾薬棚から取り出した緑色の弾薬を主砲後尾に押し込む。訓練通りの、洗練された機械的な動きを見せることができた。アドレナリンが全身を駆け巡り、やや興奮の色を載せてベミリアは叫んだ。
「装弾よし!」
「アシュ!目標、距離ヒトセン、道路左の繁み!」
ユーキが叫ぶ。
「だからあ!砲塔廻んないって!」
みんな焦っている。思わず上官にタメ口になってしまうアシュカ。
「あっそうか!いいや!てっ!」
ユーキが言うか言わないかのうちに、アシュカが撃発ペダルを踏みしめ、120ミリ砲から榴弾が放たれた。ドゴンという轟音とともに車体が振動する。