表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wandernder Panzer ~戦場の少女たち~  作者: 出雲 笛筒
第1章 樹海にて
6/30

06 二の矢

 ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中

  帝暦1936年5月7日 15:40


「ううん……」

 草むらに消えていくヒルカモタリ兵長の背中を見おくりながら、ミュコセキー中尉は小さく唸った。

「大丈夫なのでしょうか……」

「は、ご懸念ごもっともですが、腕は確かです」

 ツダマ・リイナ上級軍曹は上官の気が変わらない様にと、力強く言ってのけた。

 なにしろほっといたら全隊着剣、歩兵突撃!などと言いかねない隊長だ。今はなるたけ手を打って、部隊の安全を確保しなければいけない。それが副官たる自分の任務だと、上級軍曹は確信していた。

 実際にスリットが狙えるかなんてのはどうでもいい。実現可能に思わせることが肝要。ヒルカモタリがいてくれてよかった。などとリイナが思っていると、

「うん、まあいいでしょう。でも保険はかけておかないといけませんね」

「え?保険、ですか?」

 リイナの顔に不安がよぎる。また妙なことを言い出さなければいいが。

「カーリン・フジョ兵長をここへ」

 ミュコセキーが通りすがりの兵に声をかける。

 カーリン・フジョ?リイナの知らない名だ。

 しばらく待つと、先程の兵士が一人の兵卒を連れて戻ってきた。

 やや背の高い少女が、二人に敬礼する。

 彼女もまたヒルカモタリ同様狙撃兵である事は、持っているスプリンセント狙撃銃から明らかだった。保険ってこの事だろうか?肩にあたる程度の短い黒髪が印象的な背の高い少女は、どことなく所在なさげに立っている。

「さっきの戦車、見ましたね?」

 無表情にうなずくカーリン。

「カリン。あなたの腕なら、あの戦車の覗視孔スリット、狙えますよね?」

 カリンと呼ばれたカーリン・フジョ兵長は少し首を傾げてから答えた。

「停まっていれば、7割」

「動いているときは?」

「2割」

「20パーセントですか。謙遜にしては悪くない数字ですね……」

 中尉は少し笑って、リイナに言った。

「上級軍曹、この子も使います」

 

 フジョ兵長が持ち場に戻ってから、リイナは隊長に尋ねた。

「隊長とは知己だったんですね、彼女。フジョ兵長でしたか」

「カリン……カーリン・フジョとはフジクで、同じ部隊でした」

 フジク市攻防戦、この戦役でも屈指の激戦地であった事をリイナは知っていた。

「生き残りはあの子と私、そしてもうひとり。200人の中隊が3人だけに」

 返す言葉もなく口をつぐむ上級軍曹。

「軍曹、あなたのお考えは正しいと私も思います。あの重装甲に通常の攻撃は通りますまい。スリットから乗員を狙うのは、私達も使ったことがある手です。私とカリンは『ミンチメーカー』とよんでいたものです」

「ミンチメーカー?」

「跳ね回るのですよ。跳弾が。戦車の装甲内部をね」

 中尉の表情はいささかも変わらない。

「上級軍曹、今一度、我々の状況を確認しておきましょう。ご承知の通りあまりよくありません」

 中尉と上級軍曹。もともとは同じ部隊ではなかった。さらに言うならば、現在中尉の指揮下にある十数名全員が、部隊も出自もバラバラである。

 ニガタ市街を後背に望むオチト湾上陸作戦。防衛側のセルコヴァ軍は、物量で勝るグランシュタインゴン公国軍の前に大敗を喫し、ニガタ市は放棄された。

 敗走するセルコヴァ部隊の一部をまとめたのがミュコセキー中尉であり、ツダマ上級軍曹であった。

 ミュコセキーは第15狙撃兵連隊、ツダマは第3騎兵大隊と所属はバラバラだったが、道路に仁王立ちになり、逃げ出そうとする兵士の首根っこを捕まえ、片っ端から自分の部隊に編成している中尉をみて、部下のヒルカモタリともどもに指揮下に入ったのだった。正確には逃げ損ねてしまったわけだが、こうなった以上仕方ないとツダマ上級軍曹は割り切っていた。

 そして、自分より上位がいない、というやや消極的な理由で、副官役を担っていたのがリイナ・ツダマ上級軍曹だった。

 砲兵や工兵といった戦闘兵科ならならまだしも、コック、書記といった非戦闘職まで、あらゆる兵種が、行き場をなくしミュコセキーの指揮下に集まっていた。

 かくいうツダマも、元はといえば大隊の主計係で、この急ごしらえの部隊に純粋な戦闘員は少ない。しかもここまでにこの小グループからも落後兵が相当数でている。戦闘集団と呼ぶには、質的にも量的にも、あまりにお粗末な一団だった。

「このまま国へ帰れば、良くて敗残兵。最悪の場合、敵前逃亡として……」

「それを避けるには手土産……いや、なにかしらの戦果が必要だと」

「全くご理解のとおりです、上級軍曹。なんとしてもあれ、あの怪物を仕留めないと。わかりますね」

「はい……」

「使える手段は全て使う。たとえそれが非常なものだとしても、です」

 リイナ・ツダマ上級軍曹は彼女の言葉が、修辞でも誇張でもなく、本心であることを理解するようになっていた。

 だから中尉が最後につぶやいた言葉にも、さして驚きはしなかった。

「怪物には、怪物を……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ