03 乗客
ラバキア平野北部 ラバキア街道にほど近い森の112号戦車
帝暦1936年5月7日 15:20
「邪魔するよ、少尉」
112号戦車のカーゴルームに通じる幅狭い通路から、天井装甲にごつごつ頭をぶつけながら、肩をあらわにしたタンクトップに、規定外のガンベルトという、装備点呼の際に査閲官が卒倒しそうないでたちでやってきたのは、装甲擲弾兵分隊長、ジュンナイト准尉だった。
装甲擲弾兵とは、このグランシュタイゴン公国特有の兵科で、一口で言うと機械化歩兵である。
四六年式攻城戦車は「攻城」を冠する通り、敵陣を陥落せしめることがこの戦車の主任務であることから、陣地占拠には欠かせない随伴歩兵の存在こそが、この戦車を攻城戦車たらしめているはずなのだが、戦車兵にとって見れば、装甲擲弾兵などという連中は、名前ばかり奮ってるお荷物としか思えないのであった。
一方の装甲擲弾兵もまた、戦車兵を「戦場タクシーの運転手」と見ているフシもあり、両者の協力関係も、あまり良好とはいえないものがあった。
「あ痛てっ!ったく狭いねえ戦車ってのわ」
あんたがデカすぎるのよ、と心のなかでつぶやいてから、ユーキは准尉を見下ろした。いつも見上げてるジュンナイトの頭が下に見えるのが、ちょっとうれしい。
「なにか用?こっち取り込み中なんだけど」
「じゃ、簡単に済ますわ。部隊の行軍はいつ?」
「『時機を見て適宜』って答えじゃご満足しないかしら?」
「もちろん」
ジュンナイトは即答し、続けた。
「あのさ……ぶっちゃけ迷子でしょ?」
「迷子?迷子ちゃうわ!」
「じゃあ何で小一時間もこんなトコ止まってんのよ!あたしら歩兵はねえ、こんな油臭い棺おけにとじこめられるってのは、5分だって我慢ならないんだからね」
「ふん、戦術的理由ですよーだ。あのさあこの際いっとくけど戦車の中じゃ指揮権は私にあるんだからね!准尉」
「もちろんその通りであります、少尉殿。ただね、さっきの直撃でうちのも二人ばかり怪我しちゃってんのよね。ユーリに診させてるけど、できればちゃんとしたとこに後送したいんだよ」
「あーもー、後送たってどっちが後ろかわかんないのよ!」
「ちょ、やっぱり迷子じゃん!ふざけんなー!」
「ちょい、大人気ない」
ユーキのブーツをつかみかけたジュンナイトの腕を、よこから細い腕がつかんだ。
いきり立つ准尉を制したのは、いつの間にか床面におりていたアシュカ・サイート曹長だった。准尉とは頭一つ身長が違う。
「でしょでしょ!アシュ、いってやってよ」
「間違えた。二人とも、だ」
陶器のように整った表情を1ミリも崩さずにアシュカは言ってのけた。
「少尉も少尉です。搭乗歩兵さんにも状況は随時伝達しないと兵車連携の原則にもとります。そのへんいいですか?」
「……はい」
「ジュンナイト准尉も。ヨウダ少尉とはいえさすがに上官殴ったら、私としては見過ごせませんからね」
「とはいえってなによ!とはいえって!」
ユーキは声を荒げるだけだが、ジュンナイトはアシュカの腕の力のあまりの強さに驚き、やや冷静さを取り戻していった。
「悪かったね。ただあたしらとあんたら、いってみりゃ運命共同体なんだからさ、積荷なんて思わないでちょっとは気にしてもらってもいいんじゃない?それを言いたかったのさ」
「別に積荷扱いはしてないけどね。まあ気をつけるよ。……ごめんね」
「わかってくれりゃいいんだ」
ジュンナイトはすこしは溜飲を下げた様子でうなづいた。
「んじゃあたしは戻るから。あ、そうだ、少尉」
准尉が肩越しに親指を後ろに向けた。
「もし迷ったんなら、来た道を戻るってのも手だよ」
「なるほど!……いやいや迷子じゃないっつーの」
「あは、まあそういうことにしておこう。なんかあったら知らせてよ」
「うん。わかった。あ、そうそう、悪いけど銃眼に人配置しといてくれないかな、一応全周囲警戒で」
「了解、少尉」
軽い敬礼を残し貨物室に戻るジュンナイト准尉の背中をみおくりながら、ユーキはほっとため息をついた。
まったく、指揮官なんてなるもんじゃないわ。責任ばっか重くって見返りひとつありゃしない。
声に出ないため息をつくと、操縦席から不安げにこちらを見あげるミャオと目があった。そうだよな。私は、戦車長だ。
「よし、全車進発」
ふっとひと呼吸おき、ユーキ・ヨウダ少尉は指揮官としての職責を奮い立たせていった。
「来た道を、戻る!」