28 逃走継続
ラバキア平野北部 ラバキア街道上の112号戦車
帝暦1936年5月8日 02:20
全乗員を収容した112号車は、再度ラバキア街道を走っている。
「これで元の木阿弥ですね、少尉?少しは休めましたか?」
アシュカ・サイート先任曹長の嫌味とも労いともつかない言葉がヘッドフォンに伝わってくる。
「おかげさまでね。先任はどう、休めた?」
「私の方は色々、やることありましたから、少尉ほどでは」
今度は皮肉の色をやや強めてアシュカは言う。
ユーキは寝不足のせいで少しばかり苛立ちを覚えたが、それを顕すことはせずに大人の対応をしてのけた。
「何かあるまでは先任の出番はないから、いいよ、少しばかり寝てても」
「いえ、そういうわけにも」
にべもない返答はまたいら立ちの琴線に触れたが、今はそれどころではない。追跡者を逃れ、1メートルでも味方に近づかねばならなかった。
「んじゃ悪いけど、ウメザー軍曹に装填の指導やってもらってもいいかな。緊急時だし」
「もう済んでます。一応機構は理解してもらいました、装填は可能です。ベミリア軍曹ほどではないですが」
「あ……ありがとね。ウメザー軍曹、大丈夫?」
喉マイクで話しかけると、階下のナミ・ウメザー軍曹は肩越しに親指を上げて見せた。
ナミの呑み込みがいいのはも助けられる。アシュカもさすが、段取りがいい。
しかし……それにしても……
戦闘室の内部を見回して、ずいぶん様子が変わったことに、ユーキは慄然とする。
ベミリアの代わりにナミ、モモの代わりにユミナがそれぞれの席を占めている。
この先、それらの席の主がまた、代わることがあるのだろうか。そして、この席も……
確実なことは、何一つないのだ。
ユーキにできることは、可能な限り想像力を働かせて、最悪の状況に備えること。ただ、それだけだった。
112号車の貨物室では8人の兵士が、戦車の揺れに身を任せている。
決して狭くはないカーゴだが、床下にケガをした二人の少女が横たわっているせいで、何とはなしに手狭に感じる。
横になっているモモ・オゾンノ上等兵は太ももの貫通銃創で重傷、サーヤ・ハシカケ一等兵は最初のロケット攻撃で顔面を強打し、意識を失って久しい。二人とも衛生兵のユーリ・キャタガー一等兵がつきっきりで看護しているが、戦線復帰はむつかしいだろう。セラ・カワハヤ一等兵をはじめ、軽傷者はさらに多い。
カーゴ後方にあるガンポートから、狙撃兵のルカ・ミクロハ一等兵が後方を監視している。もちろん追跡者を警戒してのことだ。外は真っ暗でほぼ何も見えないが、それでもルカは暗闇を凝視し、何かに備えている。
彼女の本業は、たいていの狙撃手がそうであるように、猟人だった。
しかし、職業としての猟人ではない。
彼女の相手は狼。
羊を狙う狼を追い払う牧場の守り手だった。
夜。奴らはやってくる。
闇に紛れ、ルカはじっと待っている。やがて羊たちが騒ぎ出すと、ルカの出番は近い。破れた冊から暗い影が一匹、二匹と侵入してくるのが見える。狙いを定め、撃つ。大きな白い体が跳ね、残りの狼たちが逃げ出す。これまで何度となく繰り返してきたことだ。
戦争がはじまり、彼女は兵士となった。職業が変わった後でもやることは変わらない。
狼退治だ。
(何か見えるのかな?こんな暗いのに)
レイヤ・セイミ一等兵はそんな彼女を不思議そうに眺めていた。
「ねえねえアメイヤ、ルカが外見てるよ」
隣のシートに腰掛けるアメイヤ・トゥトゥ一等兵にそっと話しかける。
アメイヤはちらりとそちらを確認し、
「うん、見てるね」
と、軽く応じる。
「お外真っ暗でしょ?なにかみえるのかな?」
「ルカ、目いいからね。見えるんじゃない……」
相変らずふわっと答えるアメイヤ。どことなくぽやんとした印象の彼女だ。
「どうなっちゃうんだろうね、私たち」
「どうもならんよ、セイミ一等兵」
レイヤの言葉を引き取ったのは、ジュンナイト准尉だった。
「夜が明ける。迎えが来る。我々は合流し、本隊に帰参する。それだけのことさ」
「本当に、本当にそうなりますか?」
「ああ。だから貴様らは安心して任務を遂行するように。わかったな」
准尉はそういって二人に笑顔を見せた。




